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第十七話:公爵家のプライドという名の呪い

 ヴァレンシュタイン公爵家の歴史は、王国の建国史そのものだ。

 数百年前の乱世、始祖たる武将が周辺国を次々と破った伝説は、今なお「公爵家は戦えば負けなし」という盲信となって一族を支配している。だが、時代はとうに変わっていた。馬と剣の時代は去り、銃火器、装甲車、電気通信が戦略の根幹を成す近代へと移行している。日常生活もまた、鉄道や家電の普及によって劇的な変化を遂げていた。

 新王アルベルトが進める「身分不問の社会改革」は、公爵にとって耐え難い屈辱だった。

 公爵家を差し置いて男爵令嬢のリナを妃に迎え、シオンのような若造を重要ポストに据える。その怒りの矛先は、婚約を破棄された娘のエリスにも向けられ、彼女への風当たりは日増しに激しさを増していった。

 孤立無援の屋敷で、父公爵から執拗な叱責を受けるエリス。だが、そんな彼女を家の者たちは憐れみ、陰ながら支えていた。

「お嬢様、どうかお気を確かに」「これを食べて、少しでもお休みください」

 震える手で差し出される温かい茶や、物陰からかけられる短い励ましの言葉。彼らもまた公爵の威圧に怯えながら、それでもエリスへの真心を捨てなかった。

(……この人たちを、お父様の暴走の巻き添えにするわけにはいかない)

 自分を想ってくれる優しい彼らを、滅びゆく公爵家と心中させるわけにはいかない。その強い責任感が、エリスにペンを走らせた。

 シオンとの手紙のやり取りは簡単ではなかった。公爵がノーザン男爵家を目の敵にしているため、学園の元生徒会の仲間に仲介を頼み、季節の挨拶に紛れ込ませて届く一通。シオンの気遣いに対し、エリスは常に気丈に振る舞い続けていた。

 また、リナ王妃から届く度重なるお茶会の誘いも、公爵はその都度破り捨てた。それがリナによる「不敬を誘う平和的な挑発」であることを見抜けないほど、公爵の余裕は失われていた。

 そしてある日、エリスは父が企てる反乱の陰謀を知ってしまう。

 もはや、迷っている時間はなかった。エリスは自ら公爵家を滅ぼす作戦を立案した。それは、かつてシオンから学んだ「実務」の知識を総動員した、残酷なまでに見事なものだった。

 父一人にすべての罪を着せ、家の者や領民には誰一人として血を流させない――。

 だが、この緻密な計画を実行に移す力は、自分にはない。

 エリスは確信していた。この「実務の刃」を振るえるのは、今や新進気鋭の文官となったあの人しかいない、と。

「……さようなら、ヴァレンシュタインの『人形』だった私」

 長く美しかった髪を肩の高さに切り、重苦しいドレスを脱ぎ捨てる。

 侍女から借りた動きやすい洋服に着替えた彼女の瞳には、古い家を終わらせ、大切な人々を守り抜こうとする鋭い光が宿っていた。


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