第十六話:三年後の再会とエリスの決意
前回までの裏主人公はリナでしたが、今回からはエリスが裏主人公です。
あの衝撃的な卒業パーティーから、三年の月日が流れた。
アルベルト様は先代国王の崩御に伴い新国王として即位し、リナ姉さんもまた、その隣に並び立つ王妃となった。前代未聞の男爵令嬢との婚姻が実現したのは、当時病に伏せていた先代に代わり、アルベルト様が実権を握りつつあったという政治的空白期ゆえの強行突破だったと言われている。
一方、僕はといえば、今日も書類の山の中にいた。
国家の中枢を担う重要プロジェクトチーム。僕のような若造かつ低位貴族の男爵令息が配属されるのは異例中の異例だったが、アルベルト様との「コネ」があるおかげで、目立ったいじめに遭うことはなかった。
配属から数年。それなりに仕事に信頼を勝ち取り、僅かながらやり甲斐も感じ始めている。……こんなこと、アイツ(国王)には口が裂けても言わないけれど。
カリカリと、万年筆のペン先を走らせる。手元にあるのは、男爵領時代にリナ姉さんから貰ったあの万年筆だ。いまだに現役で、僕の指に一番馴染んでいる。今の僕の給料なら新しい物を買うこともできるのだが、何となくこれを使い続けている。
あの日以来、エリス様とは定期的に手紙を交わしてはいたものの、直接会う機会は一度もなかった。そんなある日の夕暮れ。
「――シオン様」
一人の女性が、荷物を抱えて僕の執務室を訪ねてきた。
僕は驚きに目を見開いた。そこに立っていたのは、公爵家令嬢、エリス・ヴァレンシュタイン様だった。
相変わらず息を呑むほど綺麗な人だったが、その様子は以前とは一変していた。重厚なドレスも、風にたなびいていた長い髪もない。彼女は肩の高さまで髪を切り、おそらく侍女の私服であろう簡素な洋服を身に纏っていた。
その瞳に宿っているのは、逃亡者の怯えではなく、すべてを懸けた者の「覚悟」だ。
「……エリス様。一体、どうされたのですか」
「お話しに参りました。父……ヴァレンシュタイン公爵が、武力蜂起の準備を始めています」
彼女の口から語られたのは、隣国と密通し、武器を買い込み、新王に不満を持つ貴族たちを煽って王都へ攻め込むという、あまりに杜撰な反乱の陰謀だった。戦費は王宮の財産を掠め取ることで賄うという皮算用。王軍に勝てる見込みなど万に一つもないが、ひとたび火の手が上がれば、街は破壊され、多くの無辜の血が流れることは明白だった。
「私はこの三年間、シオン様に習った帳簿の知識を独学で磨き続けてきました。そして、公爵家の財政が慢性的な赤字に陥っており、借金をしてまで武器を買い漁っている事実を突き止めました」
エリス様は、抱えていた書類を机に広げた。そこには、公爵家の娘だからこそ知り得た物流や交通の急所、そしてインフラ面の脆弱性が緻密に分析されていた。
「反乱の火が灯る前に、公爵家を解体します。誰の血も流させない。それが、私の考えた作戦です」
かつて僕が彼女に教えた「数字」という武器。
彼女はそれを、自分の家を終わらせるための「非情な実務」へと昇華させていた。僕は、震えるような敬意と共に、彼女が差し出した計画書を手に取った。




