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第十五話:卒業パーティー 〜婚約破棄、そして〜

 巨大な扉が左右に開かれ、オーケストラの調べがホールに満ちた。

 先頭を行くのは、アルベルト殿下とエリス様だ。殿下はいつになく真剣な、氷のような無表情で前を見据え、その腕に縋るエリス様は、今にも崩れ落ちそうな悲しげな顔をしていた。

 一方、僕の腕を掴むリナ姉さんは、周囲の貴族たちに完璧な「天使の微笑み」を振りまいている。これから起きる社交界の大地震など露知らず、純粋に卒業を祝う無垢な乙女――そんな「役」を、彼女は完璧に演じていた。

 ファーストダンスが始まった。

 姉さんはまるで童心に帰ったかのように、軽やかに、天真爛漫に僕の手を取って踊った。

「シオン、もっと楽しく踊りなさいよ。今日は最高の日なんだから」

「……不吉な予感しかしないよ、姉さん」

 ふと、視界の端で踊る主役のペアが目に入った。

 エリス様は泣いているようだった。アルベルト殿下が、ダンスの最中に彼女の耳元で何を囁いたのか、僕には想像することしかできない。けれど、一曲が終わった瞬間、エリス様が殿下に捧げた深く、あまりにも長いお辞儀は、それが「決別」の儀式であることを物語っていた。

 目が合った。

 呆然と立ち尽くすエリス様と。

「ほら、行ってきなさい」

 リナ姉さんが、僕の背中をポンと叩いた。彼女自身は、迷うことなく殿下の方へと歩き出し、一瞬で「いつものラブラブな二人」の空気を形成してみせる。

 僕は、一人残されたエリス様の前に立ち、不器用に手を差し出した。

「……僕と、踊っていただけませんか?」

「はい! 喜んで」

 エリス様の返事は、弾けるように早かった。

 夢のような時間だった。彼女の指先の震え、微かな白百合の香り。政争や陰謀、姉の狂気から切り離された、僕たち二人だけの静かな旋律。このまま時間が止まればいいと、実務家である僕が、生まれて初めて「非効率な願い」を抱いた瞬間だった。

 パーティーの終盤。演壇に立ったアルベルト殿下は、会場の全ての視線をそのカリスマ性で掌握すると、爆弾を投下した。

「――最後に、諸君に報告がある。私は本日をもってエリス・ヴァレンシュタインとの婚約を解消し、ここにいるリナ・ノーザンを私の唯一の妻、王太子妃として迎えることを宣言する!」

 会場が凍りついた。

 婚約破棄どころではない。順序を全て飛ばした「結婚宣言」。しかも相手は、爵位の末端に連なる男爵家の娘だ。旧時代の貴族たちが怒りと驚愕でどよめく中、僕は真っ先にエリス様を見た。

 意外なことに、彼女の表情はスッキリとしていた。

 殿下が慣例を守って彼女と入場したのは、公爵家の面目を最小限に守るための、彼なりの「最後のけじめ」だったのだろう。それを、彼女は気高く受け入れたのだ。

 翌日、王宮の事務処理スピードは、異常な速さで回転した。

 書類上でも、殿下とエリス様の婚約破棄、そしてリナ姉さんとの婚姻が正式に受理された。

 僕たちの学園生活は、こうして終わった。


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