45話
「会見は後日。日程は追って知らせるとマスコミの奴らに伝えろ!」
天城悠生は直属の部下に対し、後日、会見を開くことを伝え、社長室に入る。
独自のコネで雇っていた別の部下には、人払いを依頼していた。
暫くの間は、1人で考えることが出来る。
その間に、何か解決策‥‥‥無事に逃げ切る方法がないか模索していた。
「畜生!‥‥‥何故こんな事にっ‥‥‥」
デスクを拳で叩きつけるが、それでも怒りは治まらない。
部下から緊急の情報を得た後、直ぐに情報規制を命じたが、既にマスコミに情報がリークされた後であった。
その事実は、各種マスメディアによる報道が裏付けとなっている。
‥‥‥とにもかくにも会社へ向かい、対応策を練ることしかできなかった。
「どいつもこいつも、私の癇に障ることを‥‥‥」
過去の不正について暴かれた事に加え、数日前から妻の香蓮が急遽本家に戻っていた。
親族間の話合いとの理由であったが、どこかきな臭いものを感じる。この事も、悠生の苛つきに拍車を掛けていた。
(やはり、蓮の事を怪しまれているのか‥‥‥?)
失踪した蓮について、香蓮には海外の支社へ出向させたと説明していた。ほとぼりが冷めたら、改めて話をするつもりであった。
「‥‥‥幹久の奴めっ‥‥‥その娘までも‥‥‥私の邪魔をするかっ‥‥‥!」
かつて友人であった黒羽幹久の亡霊を引き連れて、その娘である詩音が天城悠生の牙城を崩さんとしている。
悠生は只々、”憎い“という感情しか浮かばない。
「黒羽‥‥‥詩音っ‥‥‥!」
忌々しい名前を、呪詛のように呟く。
あまりの怒りの強さに、詩音とともに近づいてくる男の正体には、まだ気が付いていなかった。
◇
各局の報道陣が、社内に入っていった天城悠生の反応を見ようと敷地外で待機をしていた。
その団体をよそに、黒服の人間が車で横切りながら敷地内へ入る。
会社の人間も報道陣も知らない、天城悠生の手駒だ。
天城悠生の指示により、今後の対応を考えるため、話し合いの場に招集されていた。
燃え上がってしまった過去を消すことには多大な労力が必要だ。
だが、延焼を防ぐための手段を取らない訳にはいかない。
天城悠生が、この瞬間における最適解を出していた事には間違いは無かった。
天城悠生が招集した黒服は、社長室へ向かう。
社内には驚くほど人が少ない。最低限の人間以外はいないからだ。それも片手で収まる程度。
‥‥‥このような状態になった原因は、1人の金髪の女性が深く関わった事によるものだが、それは極少数の人間しか知らない。
その事情を知る数少ない人間‥‥‥黒服の2人は、ほぼ無人となっている通路を歩き、社長室の前に辿り着いた。
‥‥‥一息付く。
そして、天城悠生の待ち構える室内へ歩を進めた。
室内の一番奥。
格調高いデスク。その向こう側に天城悠生が座している。
一瞬、表情を明るくするが、招集した人数よりも少なすぎる事実を認め、困惑する。
そして、サングラスを掛けている黒服に声を掛けた。
「お前たち、どういう事だ!火急の用件と伝えた筈だっ?!」
席を立ち、2人の黒服に怒号を飛ばす。
その怒号を受けても2人は萎縮するどころか、反応すらしない。
「貴様ら‥‥‥一体、何が‥‥‥?!」
「‥‥‥天城悠生」
背の低い方の黒服が、主の名前を呼ぶ。
「貴様は‥‥‥?」
見たことのない黒服に怪訝な表情を浮かべる。
見たところ、子どもにしか見えない‥‥‥いや、女だ。
相手をはっきりと認めた瞬間。
天城悠生の心の奥底から、警鐘が鳴り響く。
‥‥‥黒服の女から、かつて友人であった男の気配を感じた。
その女は、ゆっくりサングラスを外し、天城悠生を怨みの籠もった瞳で射抜く。
「‥‥‥ようやく、ここまで来たぞ。天城悠生」
「貴様は誰だっ‥‥‥!!」
怨嗟の声を上げながら、天城悠生のもとへ歩みを進める。
女が近づく度に、悠生の全身から冷たい汗が吹き出す。
―――かつての友人に酷似した瞳。
―――かつての思い人の面影を残す顔。
「‥‥‥まさか?!」
事ここに至り、天城悠生は全てを悟る。
目の前の女が、自分を破滅させる、と。
「お前が殺した、黒羽幹久と琴音の娘‥‥‥」
「黒羽‥‥‥詩音だ」
「天城悠生。貴様と私達の過去の清算を、今ここで果たす!!」
ようやく出会うことの出来た宿敵に対し、憎悪と執念に満ちた刃先を突きつけた。
「なっ‥‥‥一体、何が目的だっ?!」
「復讐だ」
「何ぃ?!」
「貴様の、社会における立場は既に壊した‥‥‥後は貴様に引導を渡すだけだ」
椅子から転げ落ち、後退る悠生を壁に追い詰める。油断なくナイフを構え‥‥‥
「生きながら‥‥‥死ぬまで苦しみ‥‥‥」
「‥‥‥死ぬまで私に怯えて生きろっ!!」
「ひぃっ‥‥‥?!」
詩音がナイフを天城悠生の肩に突き刺す直前。
‥‥‥運命が、詩音の復讐を阻んだ。
「‥‥‥かはっ‥‥‥?!」
「詩音さんっ!!」
天城悠生を目の前に、ナイフを取り落とす。
身体が言うことを聞かない。
胸を抑えながら、膝から崩れ落ちてしまう。
「‥‥‥畜生‥‥‥こんな、もう少し、なのにっ‥‥‥」
ままならない呼吸を必死に整えようとするが、上手くいかない。
全身に汗が吹き出し、目の前が白みがかる。
「‥‥‥‥‥‥はっ、はは、ははははははっっ?!」
「間抜けがぁっ!‥‥‥見た所、貴様は半死人のようだな?!」
天城悠生は詩音の異変を見て、相手が”死“に足を踏み入れていることに気が付く。
体勢を整えながらデスクの引き出しを開き、小さな箱と拳銃を取り出した。
「‥‥‥詩音さんっ!危ないっ!!」
天城悠生の行動を先読みした眞は、詩音の元へ駆けつける。
「‥‥‥まずは貴様からだっ!!」
猛烈な勢いで近づいてくる眞に向けて、拳銃の引き金を引く。
―――銃声。
「ぐっ‥‥‥うぉおおおおおっ!!天城ぃっ!!」
「何だこいつ?!撃たれても、来るかっ!?」
肩を撃ち抜かれても全く怯まず近づいてくる眞に対し、続けざまに銃を撃つが、外れてしまう。
‥‥‥眞の剣幕に圧され、手元が狂う。
「くっ、来るなぁっ‥‥‥!」
「天城ぃぃっ!!」
詩音から持たされていたナイフを取り出し、悠生の肩に突き刺す。
分厚い肉と骨を突き刺す感触とともに、ぶちぶちと神経を断ち切る。
「ぐぁああああああっ!!」
「ぐぅっ‥‥‥ぁあああああっ!!」
痛みで怯んだ拍子に、引き金が引かれた。
銃弾が、眞の足の肉を削ぐ。
灼熱感とともに激痛が襲ってきたが、それを無理矢理ねじ伏せる。
「くっ、糞がぁあっ!!」
詰め寄る勢いを無理矢理崩された眞は、その場に倒れ込むように体勢を崩す。
一方、悠生は痛みと出血のある肩を押さえながら部屋から逃げ出した。
「待っ‥‥‥いや、詩音さんっ?!」
床に倒れ込んでいる詩音に駆け寄る。
「はぁっ‥はっ‥はぁっ‥はぁ‥はぁっ‥‥‥」
固く目を閉じながら、苦しそうに呼吸をしている。‥‥‥今迄よりも症状が重い。
「詩音さんっ‥‥‥目を開けて下さいっ!」
必死に呼びかける。
その言葉が通じたのか、詩音の呼吸が次第に落ち着く。
「はぁっ‥はあっ‥‥‥はぁ‥‥‥‥‥‥‥‥まこと、か?」
「そうです、眞です!‥‥‥詩音さん、大丈夫ですか?!
「‥‥‥はぁっ‥‥‥はぁ‥‥‥ああ、なんとか、まだ、死んでないさ‥‥‥」
「‥‥‥良かった」
眞の必死な呼びかけに対し、軽口を叩く詩音。
顔色は悪いが、身体を起こそうとする程度には気力が戻っていた。
「‥‥‥詩音さん‥‥‥」
覚束ない腕で、身体を起こそうとしている詩音を支え、眞は声を掛け続ける。
「止めるな‥‥‥と、言いたいが‥‥‥私は、もう、動けない様だ」
「‥‥‥っ?!」
自嘲しながら微かに腕を動かす。
あまりにもか弱い動き。ナイフを振るうほどの体力すら残されていない。
「‥‥‥‥‥‥せっかく、眞に助けて貰って‥‥‥ここまで‥‥‥天城悠生の喉元に、迫ることが出来たのにっ‥‥‥‥‥‥無念だ‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
瞳を閉じて、無念の表情を浮かべる。
声も震え、目元からは光るものが見えた。
だが、詩音には復讐を果たすことが出来ない無念よりも、優先するべきものがあった。
‥‥‥気が付いていた。眞の肩と足から流れる血を。
出血量から、早めに治療を施さないと生命に関わる類の外傷であると判断したからだ。
「‥‥‥眞、私の事はいい。‥‥‥それよりも眞が‥‥‥ここで助けを‥‥‥」
「‥‥‥それは聞けません。詩音さん」
「なっ、何をっ?!」
眞から断固とした拒否の言葉を聞いた直後、詩音の身体が眞によって持ち上げられる。
腕の中に詩音が抱え込まれるような姿勢。
今迄されたことのない行動に、詩音は戸惑いを隠せない。
「‥‥‥後もう少しで、天城悠生の命脈を断てる。‥‥‥なら、決着を付けに行きましょう」
「ばっ‥‥‥馬鹿かっ?!そんなことよりも眞がっ‥‥‥」
持ち上げた時に力が入ったのか、肩からの出血が増える。
肩から先、服の色が赤一色となり、その夥しい出血量に詩音は青ざめてしまう。
「別に構いません‥‥‥それよりも、詩音さんに伝えておきたい事があります」
「‥‥‥‥‥‥まこ、と?」
呆然としている詩音に、眞は告げる。
優しく、力強く‥‥‥本心から。
「最期まで、詩音さんの傍にいると決めたんです‥‥‥なら、死ぬ時も一緒ですよ」
「ご両親の仇を‥‥‥詩音さんの復讐を‥‥‥全て、終わらせましょう」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
眞の覚悟を目の当たりにし、詩音は言葉を失う。
―――――この瞬間。
ほのかに抱いていた、或る感情を‥‥‥はっきりと自覚した。
「‥‥‥‥‥‥ありがとう‥‥‥」
万感の思いを込めて感謝を告げる。
だが、まだ終わってはいない。これからが本番だというように、眞が詩音に発破を掛ける。
「詩音さん、掴まっていて下さい。‥‥‥貴女が、天城悠生に止めを刺すんです」
「ああ、頼む‥‥‥」
詩音は眞の肩に手を回し、振り落とされないようにしっかりと抱きつく。
この時に自覚した気持ちと温かさを、詩音は忘れたくなかった。




