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だらしのない復讐者と共犯者になった男 〜INDE ”VENGEANCE“ DAY〜   作者: 岩波備前
『大火』

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44話

朱鷺の工房。

仕事の依頼のために、朱鷺の元へ訪れていた。


「‥‥‥と、言う訳だが‥‥‥」


「う、うん‥‥‥いいよ、受ける‥‥‥」


天城悠生への復讐を果たすためには、朱鷺の協力が必要であった。そのため、言い値で良いと前置きをしたうえで依頼をした。


朱鷺も、今回の依頼が詩音の悲願であることは分かっている。

それに、本業の偽装にまつわる依頼であったため、朱鷺なりの適正価格で受けると返答していた。


「すまんな‥‥‥依頼料は後日、指定の場所へ振り込む」


「い、良いって、ことよぉ‥‥‥それで、詩音ちゃん‥‥‥」


「何だ?」


依頼の話しが纏まった後、朱鷺が詩音に尋ねてきた。


「‥‥‥な、なんだか、お、男の人の匂いが‥‥‥するん、だけど?」


「ん?‥‥‥‥‥‥気のせいじゃないか?」


心当たりのある詩音は、そこはかとなく誤魔化した。


「‥‥‥‥‥‥すんすん」


「‥‥‥」


「あ••••••な、何で、逃げるの?」


「‥‥‥何となくだ」


くんかくんか、と犬のように匂いを嗅いできた朱鷺から身を離す。


匂いの嗅ぎ合いなんてお互いに慣れているはずのに、と訝しむ朱鷺。

そして、直ぐに1つの可能性に思い至る。


「‥‥‥も、もしかして‥‥‥あの、男の人?‥‥‥眞、とかっていう‥‥‥」


「‥‥‥まあ、男と言ったら、あいつしかいないな‥‥‥一緒に生活しているから匂いが付くのは当然だろう?」


眞の強い希望で下着は別にしているが、他の洗濯物は一緒に洗っている。

それで匂いが付いた可能性があると詩音は考えていた。


「‥‥••••••••ねぇ、詩音ちゃん」


「何だ?」


「‥‥‥••••••やったの?」


「やってない」


朱鷺は輪っかにした指の間に、もう片方の指を抜き差しする。


•••••••それの意図する所を直ぐに理解し、詩音は即答する。


「‥‥‥‥‥‥じゃあ、何で?」


朱鷺も半分冗談で言っただけだが、もう半分の疑念は拭いきれない。


「寝る時に膝を借りただけだ‥‥‥それ以外、何もしていない」


意外としつこい追求をかわすために、心当たりを正直に答える。


その答えを聞いた朱鷺は、一瞬、きょとん、とした表情を浮かべるが、直ぐにおののきの表情へと変わる。


「し‥‥詩音ちゃんが‥‥‥お、おと、男の人の‥‥‥ひっ、膝に‥‥‥?」


「‥‥‥‥‥‥別に普通ではないか」


いつもよりもどもる朱鷺に圧されながらも、詩音は冷静に返答した。


「あの、詩音ちゃんが」


「女の子にしか興味の無い、真性ガチの子が?」


「‥‥‥‥‥‥」


ずいっ、と顔を近づけて来る朱鷺の圧に押される形で少し後退する。


「‥‥‥‥‥‥やっぱり、やったんだ」


「何でそうなるんだ‥‥‥」


「‥‥‥‥‥‥詩音ちゃん、取られちゃった‥‥‥」


「‥‥‥‥‥‥」


涙ぐみながら、めそめそし始めた朱鷺に対し、詩音はそのまま抱きしめる。


ついでに首筋を甘噛みしたり、お尻の方から前の方へ手で撫でてみたりする。


「あひゃんっ?!‥‥‥あぁっ‥‥‥やっぱり、詩音ちゃんが一番良いよぉ••••••」


「‥‥‥うん、やはり興奮するな‥‥‥」


とろん、とした表情で腰をもぞもぞ動かし始めた朱鷺をよそに、詩音自身もこの状況に興奮を覚えることで、どこか安心感を抱いていた。







事務所に戻った詩音は、天城悠生を追い詰める為の準備が出来たことを伝えた。


決行は一週間後。

その時に備えて、眞と詩音はいつも通り、穏やかな日々を過ごすことにした。


「そういえば、詩音さん。実は四条さんからお店の鍵を渡されているんです」


四条の手紙と一緒に同封されていた店の鍵を詩音に見せる。

手紙を受け取ってから、落ち着いた時に、詩音と四条の失踪について話をしていたが、その時には既に知っていたようであった。


『マスター••••••いや、四条なら何処へ行っても生きていけるから心配しなくても良い』


詩音も杉沢と同じ意見であった事は良く覚えている。


その事について、以前から気になっていた事を尋ねる。


「四条さんとは、いつから付き合いがあったんですか?」


「••••••祖父に引き取られてから、少し後だ」


「長い付き合いだったんですね••••••」


詩音の話から推測すると、20年近く付き合いがある様だ。それは家族と言っても差し支えはないと思う。


「四条は流れ者でな••••••まあ、私が言えた義理では無いが••••••昔、祖父に命を助けて貰ったとか何とかで••••••その縁もあってこの街に来たそうだ」


「自分の仕事に嫌気が差したからと、何処ぞの組織から逃げてきたそうだが••••••まあ、昔からあんな感じでな••••••」


「暫くこの街に居るかと思えば、いつの間にか、何処かへ行く••••••そんな生活を繰り返していたんだが、6年位前に店を開くと言い出してな••••••それが『バリオス』だ」


「祖父が死んだ後、1人で生活を始めた私を何かと気遣ってくれた••••••あんな奴だが、居なくなると••••••••••••寂しいものだな」


話をしながら歩いていたら、いつの間にかバリオスの前に着いてしまった。


預かった鍵を使い、扉を開ける。


「••••••変わらないな」


「••••••そうですね」


四条が街を離れる前と変わらない店内。

店内は整理整頓されており、生物などは全て処理されている。しかし、酒だけはそのままだ。


「ここで、詩音さんと初めて出会いました」


「ああ、そうだな」


「懐かしい、と言える程の時間は経っていませんが、あの頃が••••••遥か遠くにあるように感じられますよ」


「••••••」


短い間ではあるが、眞の人生の中で、一番濃い日々であった。今後も忘れる事は無いだろう。


「また••••••3人で、酒を飲み交わしましょうね••••••」


「••••••••••••それは、楽しそうだな••••••」


「ええ、きっと。楽しいと思います」


昔日の残照を目に焼き付けながら、店を出る。


••••••全てが終わるまでは、バリオスは休業だ。

そんな気持ちを込めて、鍵を閉める。


「帰りましょうか、詩音さん」


「ああ、そうだな••••••私達には、これからやる事がある••••••全てが終わったら、またここを訪れよう」


「••••••••••••はい」


••••••思い出と夢が、1つずつ増えた。

それらに思いを馳せながら、2人は事務所への道を歩き始めた。







決行前夜。


「いよいよですね」


「ああ、ここに来るまで長かったが‥‥‥これで、奴も終わる‥‥‥ごほっ、ごほっ‥‥‥」


「‥‥‥詩音さん‥‥‥」


ここ一週間で乾いた咳が増えてきたように感じられる。本人はそこまで体調は悪くなっていないと話していたが、それでも眞の心配は変わらない。


「大丈夫だ‥‥‥咳き込んだだけさ‥‥‥体調もそれなりに良い。後は明日に備えるだけだ」


「‥‥‥‥‥‥全てが終わったら‥‥‥お祝いに、あの時のお酒を飲みませんか?」


眞は詩音の共犯者になると決めた夜の事を思い出す。その時に飲ませて貰った酒と煙草の味が忘れられなかった。


そして、これからも‥‥‥忘れたくない。


「あの時?‥‥‥ああ、あの酒か。良いだろう、最期に飲む酒としては悪くないな‥‥‥」


「‥‥‥最後に、したくないですよ」


眞の思い描く酒に思い当たり、納得する詩音。

あまりにも自然に”最期“と言う為、眞は思わず反論してしまう。


「‥‥‥‥‥‥なあ、眞」


「何でしょうか?」


「‥‥‥‥‥‥私の共犯者になってくれて、ありがとう‥‥‥眞がいなければ、私は何も出来ずに‥‥‥惨めに死んでいくところだった」


眞の方へ向き直り、深々と頭を下げる。

詩音の誠意を素直に受け取ることにした眞は、正直な気持ちを吐露する。


「‥‥‥そんな‥‥‥いえ、そう言ってもらえると、嬉しいです」


「‥‥‥‥‥‥私の共犯者になってくれと言った時の事を、覚えているか?」


「‥‥‥ええ、覚えていますよ」


その時の酒と煙草と同様に、詩音の言葉や表情も忘れてはいない。


「‥‥‥報酬のことなんだが」


「いえ、詩音さんの復讐が、そのまま俺の復讐になるんです。••••••それで十分ですよ」


元より、報酬目的で詩音に協力していた訳ではないので、報酬の話をされても困惑するばかりだ。


「‥‥‥そうか、それにしても、また『俺』に戻っているな」


「はは‥‥‥何だか、こっちのほうが気が楽になりました‥‥‥気になるようなら戻しますが‥‥‥」


長年、仕事の際には一人称を変えていたが、詩音を追いかけた時から、もはやどうでも良くなっていた。

詩音に対し、自然体で接していたいという気持ちが、無意識の内に出ていたからだ。


「いや、それでいい。それが、本来の眞なんだろう‥‥‥自然が一番良い」


「では、このままで‥‥‥」


「敬語も使わなくても良いんだが‥‥…」


「すみません、これは中々‥‥‥」


詩音相手に砕けた話し方をすることは、やや抵抗感がある。こればかりは矯正に時間が掛かりそうだと自覚はしていた。


「まあいいさ、楽な方を選べ‥‥‥それでだ、話を戻すが報酬を渡そうかと思う‥‥‥」


「いえ、それは‥‥‥」


「が‥‥‥実は今回の件で殆ど金が残っていなくてな‥‥‥すまん」


「良いですよ、また、依頼で稼げば良いんですから。••••••当然、詩音さんもですよ?」


詩音は、今回の計画で残金を使い果たしてしまった事に対して後悔は無いが、そのために眞に対する報酬が払えないことについては歯がゆい気持ちがあった。


そんな詩音に対する、眞の配慮もしっかりと伝わっていた。

また、一緒に働いてくれる。それが分かるだけでも、詩音の心は軽くなる。


「‥‥‥稼ぐことには異論は無いが‥‥‥でも、約束した以上は、破るわけにもいかん」


その言葉を最後に、詩音は考え込んでしまう。


眞にはそのように見えたが、実際はこれから行うことに対し、覚悟を決めていただけであった。


「‥‥‥‥‥‥なあ、眞」


覚悟を決めた詩音が眞に声を掛ける。


「はい」


「一回しか言わないぞ‥‥‥」


「はい、聞きます」


大切な事だろうと思い、聞き逃さないように居住まいを正す。


「‥‥‥‥‥‥私って、可愛いのか?」


「‥‥‥••••••ええ、とても」


予想とは違った言葉に内心動揺しつつ、正直な気持ちを伝えた。

本人へ伝えることは恥ずかしいが、伝えなければ後悔すると考えていた。


「‥‥‥‥‥‥具体的には?」


「全部ですね。こうして傍にいられるだけでも、嬉しいくらいには」


一度言葉にしてしまえばせきを切ったかのように言葉が出てくる。

本心なので、今度は動揺しない。


「‥‥‥‥‥‥なら、ちょっと顔を貸せ」


「‥‥‥はい?」


「••••••早く」


「‥‥‥?」


背の低い詩音に合わせるためには、全体的に身体をかがめないといけない。眞にはその行動の意図が分からない。

だが、そんなことよりも詩音の希望に沿う方を優先し、素直に従うことにした。


「‥‥‥••••••ほら」


詩音が胸元の下着ごと腹の方へ引き下げる。

左右に開くシャツ。勢いよく躍る谷と、広がる谷間。

そのせいで見えてはいけない部分もはっきりと見えてしまう。


風呂場で見たものと同じものが目に映る。

男の悲しい性。目が離せない••••••


「詩音さっ?!‥‥‥んんっ!!?」


‥‥‥意識が逸れた、その一瞬。


瞳を閉じた詩音の顔が、目の前に広がる。

唇に生温かく、柔らかいものが重なった。


「‥‥‥‥‥‥」


「‥‥‥‥‥‥続きは、全部終わってからだ」


顔を離した詩音は、頬を紅く染めながら悪戯っぽく笑う。

••••••先の無い身だが、眞が喜ぶことなら受け入れる覚悟をしていた。


「‥‥‥‥‥‥」


「‥‥‥‥‥‥男に、こんな事するの‥‥‥初めてなんだぞ?」


唇を指でなぞりながら、ぽつりと呟く。

‥‥‥不思議と嫌悪感は無かった。


「‥‥‥‥‥‥」


「‥‥‥おい‥‥‥気、失ってるのか?」


”詩音の初めて“という付加価値のついた口付けに

、動揺を通り越して頭が真っ白になってしまう。


これほどの衝撃は、眞が大人になった瞬間にも経験はしたことは無かった。


「まったく、仕方が無い奴だ••••••‥‥••••ふふっ」


物言わぬままソファに座り込む眞に背中を向けながら、詩音は優しい微笑みを浮かべていた。


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