表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
だらしのない復讐者と共犯者になった男 〜INDE ”VENGEANCE“ DAY〜   作者: 岩波備前
『大火』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/51

43話

「葉月さん、ありがとうございました」


「冷泉家の協力、感謝する‥‥‥」


「いえ、詩音さんの事は他人事ではありません。‥‥‥冷泉家当主として、全面的に協力させて下さい」


「‥‥‥とても、心強いです」


「それに‥‥‥何かあれば、そのまま天城製薬を傘下に加えることが出来ますからね」


「‥‥‥‥‥‥流石です」


冷泉葉月の手腕に舌を巻く。

詩音への協力を惜しまず、それでいて得を取る。

若くして当主の座に就くことが出来た訳だ、と驚く。


「‥‥‥‥‥‥それにしても‥‥‥」


「‥‥‥‥‥‥何だ」


「‥‥‥‥‥‥とても、仲が良さそうですね」


ぴったりと、隣同士で座る2人を見て、葉月は優しく微笑む。


「‥‥‥そうですか?」


冷泉家にいることで緊張している眞は気が付いてはいない。


「‥‥‥‥‥‥」


「まあ、口にするのは無粋ですから」


「?」


「‥‥‥‥‥‥眞、行くぞ」


「あ、はい‥‥‥では、失礼します」


隣にいた詩音が先に屋敷を後にする。

帰りの車内でも同じ。何も喋らない。

怒っている訳でもなく、不機嫌な様子はない。


事務所に戻った後も変わらない。


‥‥‥筈であった。


「‥‥‥詩音さん?」


「‥‥‥何だ?」


「‥‥‥近くないですか?」


ようやく眞は気が付く。

距離が縮まり過ぎていると。


「普通だ」


「‥‥‥普通では、ないと思います」


詩音はそう呟いた後、口を閉じる。

眞はそんな詩音に戸惑いを隠すことが出来ない。


「‥‥‥‥‥‥」


「‥‥‥‥‥‥」


ぴったりとくっつくように、隣で座る詩音に言葉を返す。


肌の柔らかさや熱を感じるうえ、眞の位置から詩音の身体を見下ろす形になってしまった。

事務所ではいつもと同じ格好。楽だから、とシャツのボタンも好き勝手に外している。

つまり、まじまじと眺めてはいけない部分がはっきりと見えてしまう。


「‥‥‥‥‥‥別に、不満はないだろう?‥‥‥どうせ先の無い身だ。勝手にさせろ」


「いや、それはそうなんですが‥‥‥詩音さんは、気にならないんですか?」


「ならないから、そう言ったんだ。‥‥‥くどいぞ」


「それなら、良いんですが」


「それに、悪い気分ではないだろ?」


眞の肩に頭を乗せる。髪のたなびきとともに、ふわっ、と女性特有の香りがした。


「‥‥‥‥‥‥」


「これも‥‥‥普通の事なんだろうな‥‥‥」


少しだけ寂しそうに言いながら、詩音はソファの上で丸くなり始める。‥‥‥頭は眞の膝の上に。


「‥‥‥詩音さん?」


「具合が悪い。少し寝る。眞の膝を貸せ」


「‥‥‥はい」


仰向けになり、頭を眞の膝に預ける。

完全に寝る姿勢に移る。


「‥‥‥‥‥‥」


暫くはそのままぼんやりしていたが、次第に足元から寝息が聞こえてくる。

具合が悪い、というのは事実なのであろう。薄っすらと汗が滲んでいるが、顔は少し青白い。


(‥‥‥先が無い‥‥‥か)


詩音の何気なく言った言葉が、眞の心に重くのしかかる。


視線をずらすと、詩音の胸がゆっくりと上下に動いている。

黒いものに包まれた肌色の深い谷や、その質感に対しては今は何も考えることが出来ない。

ただただ”生きている“と言うことだけ。


(‥‥‥‥‥‥息も、鼓動も、体温もある。今は生きているのに‥‥‥)


生きている、それを膝の上で感じ取るだけで切ない気持ちになる。


無意識の内に、詩音の頭を撫でてしまう。

壊れ物を扱うかのように、優しく、丁寧に。


(‥‥‥今迄、報われることの無かった詩音さんが‥‥‥どうして死ななければいけないんだよ‥‥‥)


詩音と似た人生を送ってきた眞には少しだけ分かってしまう。

本人には絶対に言うことは出来ないが、苦労だらけの人生であったのではないか。


(最期を看取る時‥‥‥きちんとお礼をして‥‥‥今迄頑張ってきたことを褒めてあげようか‥‥‥)


子どもに対する対応かもしれない。

でも、大人であっても褒められることに対して悪い気はしない筈だ。

少なくとも、詩音は眞を助けることが出来たのだから。


禄に手入れのされていない髪に触れる度に、普通の人生を送っていたらここまで荒れる事も無かっただろうと思う。

普通の女性らしく、身だしなみに気をつけて、公私ともに充実させる。

生き方はそれぞれであるが、詩音にもその可能性はあったのだ。


「‥‥‥‥‥‥可愛いなあ」


すやすやと眠る詩音の顔を見ていたら、無意識の内に素直な感想が出てしまった。


「‥‥‥‥‥‥‥おい」


「あっ、すみません。起こしてしまいましたか?」


ぱちっ、と目を覚ました詩音に謝罪する。具合が悪いのか、先程とはうってかわって顔に赤みが出ている。


「大丈夫ですか!?」


「‥‥‥‥‥‥今の言葉」


「えっ?‥‥‥」


「それに、頭も‥‥‥」


「あっ!ごめんなさい‥‥‥つい‥‥‥嫌でしたよね?」


眞は思わず手を離す。女性に対して髪を触ることは良くない。特に特殊な感性をもつ詩音は、ことさらその傾向が強いだろうと容易に想像がついた。


「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」


不機嫌になっている。眞はそう感じた。


「••••••えっと、離れましょうか?」


申し訳なさで、そんな提案をする。


「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」


舌打ちをしながら詩音は身体を起こす。

••••••非常に機嫌が悪い。


「あの、何か買ってきましょうか?」


いたたまれなくなり、その場を離れようとする。詩音にとっても、自分は居ないほうが良いだろうと考えがあっての事だ。


「‥‥‥‥‥‥‥‥‥買いに行かなくてもいいし、怒ってもいない‥‥‥」


赤いままの顔を逸しながら、小さく返答した。


「あの、顔が‥‥‥」


「しつこいぞ、馬鹿」


「‥‥‥‥‥‥」


それ以上何も言わないことにした眞は、これからの動きを確認するために、静かにPCと打ち合わせを始めることにした。


一方、デスクに戻った詩音は、髪の白い部分をくるくると指に巻きつけながら考え事にふける。


「‥‥‥何で、眞に‥‥‥••••変だ、私‥‥‥」


詩音の機嫌を損ねないように集中し始めた眞には、その呟きが届くことは無かった。







「‥‥‥依頼か?」


「ああ、今度は大きい仕事だ」


詩音は比奈を喫茶店に呼んでいた。

仕事の依頼をする場所としては人目が多いかもしれないが、かえって怪しまれなくて済むというメリットがあった。それに、珈琲が美味い。


「‥‥‥天城製薬の不正を暴く」


「‥‥‥‥‥‥分かった、依頼を受けよう」


比奈は“依頼を受ける”と即答する。

少しはもったいぶるかと考えていた詩音は、逆に驚いてしまった。


「‥‥‥良いのか?」


「‥‥‥ああ、詩音には世話になったから」


当たり前だ、と言いたそうな表情で返事をする。

そんな比奈を見て、少しだけ笑いそうになってしまった詩音は、冗談で誤魔化そうとした。


「義理堅い奴だな‥‥‥なら、今度私と‥‥‥」


「帰るぞ?」


「冗談だ‥‥‥ごほっ‥‥‥」


「‥‥‥どこか悪いのか?」


「‥‥‥ああ、肺がな」


「‥‥‥本気で帰るぞ?」


「‥‥‥ふふ、冗談だ。では、依頼の内容に入ろうか‥‥‥」


冗談、と受け取ってくれる比奈がありがたい。

変に気にされてもやりにくいだけだと、詩音は考えていた。


空気を変えて、詩音と比奈は当日の動きについて打ち合わせをする。

そこまで複雑な事を依頼する訳では無いので、打ち合わせと依頼料についての話を含めて、短時間で終わった。


2人で珈琲をすする。

静かな空間の中、先に沈黙を破ったのは詩音であった。


「••••••なあ、1つ聞いても良いか?」


「何よ?」


「‥‥‥‥‥‥私って‥‥‥可愛いのか?」


「‥‥‥‥‥‥」


「あ、こら、待て」


珈琲の残るカップを置き、その場を立ち去ろうとする比奈を止める。


「‥‥‥‥‥‥馬鹿か、お前?」


「自分でも馬鹿だとは思っている。だが、私にとっては大事な事‥‥‥なのかもしれないんだ」


俯きながら呟く詩音の姿を見て、溜息をつきながら席に戻る。


「‥‥‥‥‥‥男でも出来たか?」


「‥‥‥そんな訳が‥‥‥」


顔を上げながら否定する。


「あの、眞、とかいう男でしょ?」


「‥‥‥‥‥‥ぅ‥‥‥」


再び俯く。

先程とは違い、僅かに頬が朱に染まる。


「‥‥‥‥‥‥可愛いと思う••••••」


以前の詩音からは考えられない反応を見て、比奈は素直な感想を述べた。


「‥‥‥‥‥‥なら、良いんだ」


「何処が可愛いか、言ってやろうか?」


「‥‥‥‥‥‥」


無言で答える。

それを肯定と取った比奈は言葉を続けた。


「まず、小さい」


「‥‥‥馬鹿にしているのか?」


むっ、とする詩音。それを気にせず、言葉を続ける。


「‥‥‥顔が良い」


「‥‥‥まあ、そう言われることは、ある」


詩音は男女問わず、似たような事を言われ慣れている。これについては比奈も文句は無い。事実を述べているだけだ。


「胸がでかい」


「‥‥‥‥‥‥こんなには、いらないんだが」


「‥‥‥‥‥‥」



腕で持ち上げる詩音を見て、舌打ちをする。

だが、詩音はその意図が分かっていない。

その反応が更に比奈を苛つかせるが、珈琲を飲み、とりあえず冷静になる。


「髪は‥‥‥まあ、地雷‥‥‥っぽいね」


「いつから危険物になったんだ。私は」


「まあ、あながち、間違いでは無いでしょ?」


一際大きい房になっている白髪を、指で弄びながら文句を言う。


比奈の言葉の意味が分かっていない。

それが分かったので、適当に相槌あいづちを返す。


「あとは‥‥‥素直じゃなさそうなところかな」


「‥‥‥‥‥‥けなしているのか?」


「ギャップ、という奴だよ‥‥‥知らないのか?」


「ギャップという言葉は知っている。だが、それが何だ?」


「‥‥‥‥‥‥詩音は、そのままでいい‥‥‥」


物を知らなさ過ぎると思った比奈は、投げやりに言い放つ。


••••••ただ、そのままでいい、という言葉は本心から出たものだ。


「‥‥‥まあ、大体は分かった。なら、その逆‥‥‥悪い部分は?」


「全部」


「‥‥‥は?」


「今言ったこと、全部」


「‥‥‥‥‥‥」


ジト目でコートの内ポケットに手を入れ始めた詩音に対し、弁解するように言葉を掛ける。


「待て、別に馬鹿にしている訳じゃない。今言ったことが悪い部分になりうる可能性はあるけど、詩音の場合は良い方へ傾いているんだよ」


「••••••何が言いたい?」


「だから、詩音はそのままで良いんだ。••••••飾らず、自然にしていれば、普通に可愛い」


「そうか‥‥‥それが一番楽で良いな」


自然にしていればいい、という比奈の言葉に安心したのか、腕組みをしながら小さく頷く。


自分なりの答えを得た詩音は席を立ち、比奈へ向けて頭を下げた。


「感謝する‥‥‥」


「‥‥‥驚いた、詩音でも感謝することがあるんだね‥‥‥」


「お前達は、人を何だと思っているんだ‥‥‥」


憮然ぶぜんとした態度で溜息を付く。


「‥‥‥私は帰る。次に行く所があるからな‥‥‥」


「そう、なら依頼の日に、また会いましょう」


「ああ」


詩音が外に向かおうとした所、背中の方から比奈の声が聞こえた。


「‥‥‥‥‥‥それと、詩音の男にも、宜しく言っておいて」


「‥‥‥‥‥‥」


比奈の冷やかしを無視して、足早に外へ向かう。

その行動は、比奈には照れ隠しのようにしか見えなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ