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だらしのない復讐者と共犯者になった男 〜INDE ”VENGEANCE“ DAY〜   作者: 岩波備前
『大火』

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41話

『幸せになりなさい』


幼い頃の悠生が親に言われた言葉。


『しあわせって?』


『‥‥‥例えば、悠生がいて、母さんがいて、私がいて‥‥‥それでいて毎日ご飯を食べて、夜はよく眠る。‥‥‥お金を稼ぐことも必要だな。病気もしない、遊びも楽しむ。そして、大切な人と一緒に生活を送る。‥‥‥そういった事を、当たり前に出来るようになる。それが幸せというものさ』


『‥‥‥わからないなあ』


『今はそれでいい、いずれ、分かるようになるさ』


普段口数の少ない父親が、幼かった頃の悠生に語った言葉。

言葉の意味は分からなかったが、とても大切な事であったとは思う。


幼かった悠生は『幸せ』になるために、自分が出来ることを精一杯頑張ることにした。







『なあ、悠生。高校を卒業したら進路はどうするんだ?』


『無難な大学に進む。まだ、どの大学とは決めていないが』


『そうか、実は俺も同じだ。ただ、家の事もあるから、薬科大学に進むかもしれないな』


『そういえば、幹久の家は‥‥‥薬を作るとかって言ってたか?』


『ああ、うちの親父がそんな事を言い始めてね。それで他のところから薬に詳しいっていう研究者を集めているらしいんだ。俺も、何か手伝いが出来るといいなと思ってな』


『目的があるのは良いことだな』


『そうだな。有り難い』


高校を卒業したあと、悠生は国内でも上位に位置する大学に進み、友人も同じく有名な薬科大学に進学していた。


大学を進学してからも度々交流はあり、悠生の知り合いから研究者を紹介してもらうこともあった。逆に、友人からも薬品や医療分野の研究員や社員などの人脈を得るなど、持ちつ持たれつの関係であった。


そんな中、友人の通う大学に訪問する機会のあった悠生は、1人の女性に出会う。


‥‥‥人生に1度あるかないかの衝撃。

この人と一生を添い遂げたい、幸せにしたいという感情が起こるほどの女性を見つける。

最初は他愛のない話から。それから徐々に仲を深めていき、いつしか気のおけない友人関係となっていた。

大学の違いがあるとはいえ、その交流は卒業まで続く。


『悠生、実は私‥‥‥好きな人が出来たの』


『‥‥‥え?』


『多分悠生も知っているとは思うけど‥‥‥黒羽幹久さん』


『‥‥‥‥‥‥ああ、幹久か。あいつは良い男だよ。俺が保証する。お目が高いな。絶対に、逃がすなよ?』


『‥‥‥ありがとう。そう言って貰えると、嬉しい』


悠生はこの時ほど、自分の選択を悔やんだ事は無かった。

数年後、幸せな家庭を築こうとしている2人に出会う機会があったが、その時の言葉で、悠生の人生は歪んでしまった。


『実はね‥‥‥あの時、悠生に応援してもらえなかったら、私。幹久さんと一緒になれなかったと思う』


『幹久さんも忙しい時期だったし、これからもっと忙しくなるみたいだったから‥‥‥だから、思い悩んでいたんだけど、悠生。貴方に背中を押されて、その勇気が湧いたの‥‥‥本当に、ありがとうね』


好きだった女性からの感謝の言葉。


『悠生。君のおかげで会社も軌道に乗りそうだよ。嘘でも無いし、これは事実なんだ。君が安西くんを紹介してくれて、本当に助かった。ゆくゆくは彼に重要なプロジェクトを任せようかと思っているくらいだ。‥‥‥‥‥‥本当に、ありがとう』


長い付き合いのある、友人からの感謝の言葉。


結婚を控えて、幸せな2人。

友人の会社が軌道に乗ったら、結婚するそうだ。


そんな2人を見て。

悠生は、自分の人生を後悔した。


『私は、こんなものを見たくは無かった‥‥‥』


『たった一度、選択を間違えただけなのに‥‥‥』


『ただ、幸せになりたかった‥‥‥』


『‥‥‥‥‥‥‥‥‥幸せに‥‥‥?』


2人と別れたあと、悠生は1人考える。


自分は幸せになれなかった。

友人も、好きだった人も幸せになった。


それは、不公平ではないか?


『幹久が‥‥‥あいつが私の幸せを奪った‥‥‥なら、奪い返せばいい‥‥‥』


黒い感情を土壌に、歪んだ考えが芽吹く。その考えは次第に生長し、ある結果を実らせる。


『‥‥‥‥‥‥復讐だ‥‥‥』


『私から幸せを奪ったあいつに‥‥‥』







復讐の道を選んでから、悠生の行動は早かった。


大学で培った人脈を最大限活用し、とある製薬会社の令嬢に取り入ることが出来た。

悠生はそれほど惹かれた訳ではない。

ただ、金と力があった。それに令嬢自身も若く、美しかった。

それ以上に、令嬢のほうが悠生に惹かれていた。

偏執的。といってもいいかもしれない。ただ、そうなるように、悠生が仕向けたきらいはある。


悠生は令嬢‥‥‥天城香蓮あまぎかれん。その女性と一生を共にする約束を交わした。

‥‥‥その証も、それから直ぐに出来た。







天城悠生は幸せになる資格は十分にあった。運命的ではないにしろ、自分を愛してくれる、生まれの良い女性が傍にいる。婿の立場とはいえ、天城製薬の幹部として金も地位も権力もほしいままに出来る。

まさに理想的な人生。


だが、悠生はそれでも足りなかった。

その野心の強さが、周りを引きつける結果となった。


きっかけは、自身の会社に務めていた部下と顔を合わせた時。1人の女性が気になった。

幸か不幸か。その女性は、悠生の手の届かない場所にいる、思い人によく似ていた。


『君、名前は?』


『‥‥‥赤城千早あかぎちはやといいます』


『赤城君、宜しく頼むよ』


『‥‥‥はい』


最初は仕事上の付き合いから。

赤城の方も、悠生に気が合ったのだろう。仕事以外でに付き合いも多くなり。徐々に親密な関係となっていった。


‥‥‥悠生は過去の過ちは繰り返さない。

その気持ちが根底にあるためか、あってはならない過ちを犯してしまう。


『‥‥‥‥‥‥子どもが?』


『‥‥‥‥‥‥はい。3ヶ月を‥‥‥過ぎました』


『‥‥‥‥‥堕ろせないのか』


『‥‥‥‥‥‥‥‥はい』


3ヶ月を過ぎた場合でも堕胎は可能だが、母体にリスクがある。

だが、それ以上に赤城の『産みたい』という気持ちの大きさが勝っていた。


『‥‥‥‥‥私には、妻がいる』


『‥‥‥存じております』


『‥‥‥それでも、産むのか?』


『‥‥‥‥‥‥はい、1人で、育てますから』


『‥‥‥‥‥‥分かった。支援は、しよう』


『‥‥‥‥‥‥ありがとう、ございます‥‥‥』


千早と出会って1年。

仕事を辞した彼女は、暫く後に1人の子どもを出産した。







数年間の間、悠生は妻の香蓮と長男の3人で家庭を築いていた。

仕事も順風満帆。香蓮もそんな夫を献身的に支え、長男も健やかに育っていった。


一方、別の家庭にいる千早とその息子の世話も欠かすことは無かった。

だが、それにも限界はあった。


2つの家庭を行き来する。そんな生活に破綻が生じていた。







『あなた、最近何処かへ行くことが多いのでは?』


『仕事の都合上、挨拶に回らなればいけない会社もあるんだ。場合によってはそのまま打ち合わせも必要だから、何日か宿泊することもあると説明してあるだろう?』


『‥‥‥私は会社の事は分かりません。貴方を信じて、口出しをしないようにしています。ただ‥‥‥』


『ただ‥‥‥何だい?』


『‥‥‥‥‥‥あまり、私と蓮から離れないで下さい‥‥‥』


『‥‥‥ああ、分かっているよ』


悠生は香蓮を抱きしめながら囁く。

表立って言うことは無いが、香蓮は部下であっても他の女性が近づくことを良くは思っていない。

寧ろ、“許さない”といってもいいくらいであった。

香蓮には嫉妬深い性質に加えて、勘が鋭い部分もある。

そんな妻がいる悠生は、次第に千早の元から足が遠のいていた。







『これからは、あまりここには来れなくなる』


『何故、ですか?』


『‥‥‥妻が、勘付いている』


『‥‥‥』


『分かってくれ‥‥‥』


『‥‥‥‥‥‥でも、私には、貴方しかいないんです‥‥‥』


縋りつくように身体を寄せる千早。

思い人に似ていると思ってはいたが、付き合いが長くなるにつれ、思い出の中の彼女との乖離が激しくなっていた。

‥‥‥似ているのは顔と身体だけ。それ以外の部分は、似ても似つかない。

それ以上に、悠生の人生で初めて得た感情を、千早にはまったく感じてはいなかった。


(重い女だ‥‥‥)


千早とその息子を負担と感じるまでに、そう時間はかからなかった。

それに、悠生には目的があった。‥‥‥決意を固めてから、少しずつ進めていた事。


長い間、子どもに恵まれていなかった友人夫婦に、子どもが出来たらしい。

それは、悠生が長らく待ち望んでいたこと。


友人‥‥‥黒羽幹久から、幸せを奪う。

ただ、その一心で。これまでの生活を築いてきたのである。


それを実行に移すために、あと数年はかかる。

そのための足掛かりとして、自身に課された重りを外すことから始めた。







『もう、終わりにしよう』


『‥‥‥嫌です。1人に‥‥‥しないで』


『金は口座に入れておく。君と子どもが暮らしていけるだけの金額だ。当面はそれで生きていけるはずだ』


『嫌です‥‥‥』


『‥‥‥前にも言ったが、私には妻がいる‥‥‥私の過ちとはいえ、そこは分かってほしい』


『嫌です‥‥‥分かりたくありません』


『‥‥‥‥‥‥なら、どうするというのかな』


『‥‥‥‥‥‥私との関係を‥‥‥訴えます』


『‥‥‥それは困るな‥‥‥だが、その様な手段を選ぶのであれば‥‥‥私も、それ相応の手段を取らざるを得なくなる』


『‥‥‥それは‥‥‥』


『‥‥‥子どもを、不幸にはしたくないだろう?』


『‥‥‥‥‥‥』


悠生の静かな言葉に息を飲む。

その言葉の真意が分かる千早は、青ざめながら静かに涙を流すしかない。


『‥‥‥‥‥‥貴方がいないと‥‥‥私は‥‥‥』


『‥‥‥‥‥‥金は振り込んでおく。これで、この話は終わりだ‥‥‥さようなら、千早』


『‥‥‥‥‥‥あ』


話を終わらせて帰ろうとする背中に、千早は反射的に声を掛けるが、言葉が出てこない。


言いたいことは沢山ある。

待って、行かないで、捨てないで。

だが、その言葉を振り絞る前に、悠生がその未練を断ち切った。


『‥‥‥君とは遊びのつもりだった。まさか、こんな事になるなんて思わなかったよ』


『‥‥‥そんな』


その言葉を最後に、千早の住む家から去っていく。


『私達を、置いて‥‥‥行かないで‥‥‥』


千早はこの瞬間‥‥‥壊れてしまった。


悠生の背中の残滓に思いを馳せながら、千早は泣き崩れる事しか出来ない。


『‥‥‥おかあさん、どうしたの?』


1人の子どもが悲嘆に暮れる母親に近づく。


‥‥‥唯一、似ている部分があるとしたら。

子どもにも『復讐』を渇望する素養があった、ということだろう。


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