39話
「この間の検査だな••••••」
‥‥‥杉沢から告げられた言葉。
その根拠となるものに、心当たりがある。
以前から詩音自身も薄々、気が付いていた。
‥‥‥眞に言及された時は誤魔化していたが。
「そうだよぉ••••••詩音を見た時から、何か変だなあ、と思ってねぇ••••••この間の採血の時に各種検査もしたらさ、腫瘍マーカーが引っ掛かってねぇ」
‥‥‥腫瘍形成を示す数値が高い。
「本来は可能性がある、って段階なんだけどさぁ••••••身体を診た時から、まず間違いなく‥‥‥癌に侵されていると判断したんだ」
杉沢の医師としての勘だ。診断としては不確定なものだが、杉沢は“これだ”と思った事は、今迄に外した事は無かった。
「治るのか?」
「治せる••••••と言いたいけれど、恐らく無理だねぇ••••••一応さ、詩音が寝ている間に調べたんだけど、何処が悪いとかは分からないんだよ」
杉沢は詩音が意識を失っている間に、薬で鎮静をかけていた。検査を悟られないように。
しかし、結果が出てしまった以上は伝えない訳にはいかなかった。
••••••癌はある。だが、原因が杉沢にも分からないと。
「分からない••••••」
「肺の所が悪い、ってのは分かるんだけど、原因はそこじゃあないんだよねぇ」
「••••••原因自体が‥‥‥か」
発生した場所が分からない癌。そして、転移してから初めて気付くもの。
転移した場合、既に手遅れになっている可能性は非常に高いのだが。
「そ、原発不明癌、って言った方が良いかな?••••••君、運が良いのか悪いのか‥‥‥悪くなっている所は肺の所だけなんだよ。••••••普通はありえない。でもね••••••」
杉沢に分かる事は、詩音のは肺の血管を圧迫するかのように腫瘍があること。加えて、発生場所は不明だが、転移は肺のみ。
••••••この2点だけ。
「転移の可能性があるんだな?」
「話が早いね。どんな事をしようが、1年以内には死ぬ。それは確実だねぇ」
―――余命1年。
「まあ、私なら肺の癌は綺麗さっぱり、除去出来るよ?」
杉沢の腕であれば、肺の腫瘍は跡形も無く除去できる。
また、通常であれば、再発に注意していれば、予後は良好と断言し出来る。杉沢にもその自信は確かにあるが••••••
「でも、駄目なんだろ?」
「‥‥‥うん、除去しても原因がそこではないから、きりが無いんだ。元を絶たないと無理••••••それこそ奇跡の治療法なんかが無いとねぇ?」
「••••••そんなものは、無いな」
思い当たるものはあるが、現実的ではない。
何せ、今からそれを潰そうと考えているからだ。
「同感。‥‥‥で、どうするの?‥‥‥延命治療、する?」
「しない場合は1年以内か?」
「違う違う。肺のを除去して••••••1年。このままだと、2、3ヶ月ってとこだね。だってさ。胸が痛いとか、意識を失うとか、症状が出ているんだろ?‥‥‥大分進んでいる証拠だよ」
「‥‥‥それだけあれば、十分だ」
「そうかい」
何も成すことの出来ない延命よりも、復讐の道を選ぶ。
••••••詩音には、それしか残されていない。
杉沢にもそれが分かっていた。
詩音とは短い付き合いでは無いからだ。
「••••••色々と、世話になった」
「••••••あいよ」
深々と礼をしながら感謝を伝える。
杉沢はいつもと変わらない様子で静かに受け止める。
「‥‥‥詩音。最後に良いかい?」
「•••••••何だ」
その場を立ち去ろうとする詩音を止める。
「‥‥‥‥‥‥これは、お前さんには見せないつもりだったんだが‥‥‥」
デスクの上に立てかけられていたファイルから2枚のカルテを取り出し、詩音へ‥‥‥
一瞬。そのカルテを差し出す手を躊躇する。
「‥‥‥‥‥‥見せたくは無い‥‥‥だが、後悔するのはもっと嫌なんだよねぇ‥‥‥本当に、難儀な性格だと思うが‥‥‥」
‥‥‥が、杉沢は引っ込めることはせず、そのまま詩音に手渡す。
「詩音‥‥‥どうするかは、お前が決めなさい」
カルテを詩音に手渡した後、部屋を後にする。
「‥‥‥これは」
杉沢から受け取ったカルテには、見覚えのある名前が記載されていた。
1枚は天城蓮、もう1枚は‥‥‥
「天城蓮と‥‥‥‥‥‥眞?」
詩音は2人のカルテを見て、嫌な予感がした。
それは天城蓮を初めて見てからずっと感じていた嫌悪感と違和感の正体だ。
カルテには血液データの他、本来であれば不必要なDNA情報が記載されていた。
DNA情報は、天城蓮と赤城眞の血縁関係を示している。
‥‥‥異母兄弟の可能性が高い、と。
「‥‥‥‥‥‥‥まさか」
信じたくない事実を見せられた詩音は、膝から崩れ落ちる。手元も震え、視界も覚束ない。
だが、その事実を裏付ける感覚はずっと感じていた。
天城蓮と眞を見た時に感じた、砂粒ほどの嫌悪感。
それが、はっきりと形を成して、詩音に答えを告げる。
「‥‥‥‥‥‥‥眞は‥‥‥天城悠生の‥‥‥」
赤城眞は‥‥‥人生を擲ってまで復讐すると決めた、天城悠生の‥‥‥息子。
‥‥‥その息子を、信頼していた事実。
「‥‥‥‥‥‥っ?!‥‥‥うぇっ‥‥‥」
詩音はその場で吐気を催す。
暫くゴミ箱の前で項垂れていたが、出るものが無くなり、ゆっくりと顔を上げる。
「っはぁ‥‥‥はぁ‥‥‥はぁ‥‥‥すぅ‥‥」
‥‥‥胃の中と頭の中がぐちゃぐちゃになっている。まともに思考が出来ない。
汚れることも気にせず、袖で口元を拭う。
その表情は自身の身体について告知された時よりも昏い表情であった。
ベッドにしがみつくようにしなだれかかる。膝やコートが汚れることも厭わない。
「••••••家族も、幸せも奪われて••••••私には未来も無い••••••おまけに信じていた男が、よりにもよって‥‥‥‥‥‥仇の息子とはな••••••••••••」
自分と同じ境遇にいた男。
両親を死に追いやった男へ復讐するために、ここ
までついて来てくれた。
もうすぐ悲願に手が届く。
―――その直前、全てが裏切られた。
「はっ••••••ははっ‥‥‥私の人生‥‥‥一体、何だったんだろうな‥‥‥」
‥‥‥笑うしか無い。
自分のやってきた事が信じられないからだ。
静かに、低く、呻くように笑う。
目元から滲み出るものを止めることも出来ず、惨めな自分を嘲笑い続けた。
◇
「‥‥‥ここは?‥‥‥詩音さん?!」
目を覚ます。
暗い場所だが、ほのかに明かるさを感じる。
詩音の姿を探すが、何処にもいない。
「しおんっ‥‥‥痛っ‥‥‥?!」
起き上がった際に、脇腹の痛みを感じる。
「そうだ、撃たれたんだ‥‥‥」
思い出す。
詩音を庇って男に撃たれた後、四条に助けられた‥‥‥
「もう起きたのかい?‥‥‥やはり若いってのは、良いねぇ‥‥‥」
「‥‥‥杉沢さん‥‥‥?」
最近聞いた覚えのある声が耳元から聞こえた。
そちらに顔を向けると、作務衣の上に白衣を着た杉沢が立っていた。
「かれこれ1週間振りくらいかなぁ」
「あっ‥‥‥すみません、また、お世話になってしまって。‥‥‥ところで、詩音さんは?」
「詩音‥‥‥ねぇ‥‥‥無事だよ」
「良かった‥‥‥」
杉沢の言葉に全身の力が抜け、安堵する。
‥‥‥そのせいもあって、眞は杉沢の変化に気が付かない。
「‥‥‥まあ、それだけ元気があるんだったら、直ぐに退院できるさぁ」
杉沢が眞の傍に腰掛ける。
そして白衣のポケットから1枚の封筒を差し出す。
「これ、四条からお前さんに」
「四条さんが‥‥‥?」
封筒を開く。
その中から、手紙と鍵が出てきた。
◇
『赤城さんへ
赤城さんであれば、この手紙を読んでいるかと思います。
赤城さんと詩音ちゃんと過ごした日々は、私にとって楽しいものでした。
私はこの街には居られなくなるけれど、後悔はしていません。
その代わりと言ってはなんですが、お店の鍵を同封しておきます。
全てが終わって、暇があるようなら、お店の管理もお願いします。店のものはその依頼料ってことで好きにしていいからね。
最後に。
詩音ちゃんの事を宜しくお願いします。子どもの頃から危なっかしい子だったから、赤城さんが面倒見てあげてね。また、何処かで会いましょう。
四条 』
◇
「‥‥‥‥‥‥ありがとうございます」
極々短い文章であったが、四条の人となりがよく分かる内容であった。
誰に聞かせるわけでもなく、四条への感謝を呟く。
「四条の奴なら大丈夫さぁ、どこでも生きていける奴だよ」
「‥‥‥そうですね」
最後まで、四条という人間について詳しいことは分からなかったが、今も元気にしていることだけは確信している。
「‥‥‥ところで、詩音さんはどこへ?」
「詩音は‥‥‥もう、いないよぉ、あの子1人で、先に帰った」
「どういう事ですか‥‥‥?」
••••••詩音は既にいない。
杉沢の言葉に、不穏な空気を感じる。
眞は痛む身体をおして、事務所へ戻ろうとした。
「‥‥‥では、私も‥‥‥」
「その前に、話しておくことがあるんだよねぇ‥‥‥」
「‥‥‥私に、ですか?」
詩音がいない今。杉沢の話したいこと。
‥‥‥嫌な予感がした。
「‥‥‥‥‥‥詩音はねぇ‥‥‥病気なんだよ‥‥‥あと2、3ヶ月で‥‥‥死ぬ」
「‥‥‥は?」
心臓を鷲掴みにされたかのような衝撃と不快感。
後頭部と背中に、冷たさと痺れの様な感覚を覚える。
‥‥‥詩音が死ぬ。
「癌だよ‥‥‥原因不明のねぇ」
「‥‥‥‥‥‥そんな、まさか‥‥‥いや」
その徴候はあった。眞が知っているだけでも2回。梶原を追っていた時と、展望台で襲われた時。どちらも尋常な様子では無かった。
(多分その前から徴候はあったはずだ‥‥‥何故気がつなかった‥‥‥)
詩音は以前から症状があると言っていた。その時点で無理矢理にでも、医者に連れて行くべきであったと、悔やむ。
「治療は出来るけど‥‥‥それでも保って1年。‥‥‥あの子はねぇ、それよりも復讐を選んだんだよ」
「‥‥‥‥‥‥」
詩音ならそうする‥‥‥
説得が出来なかった自分を責めつつも、その事実に納得してしまう
「それと、もう1つ。残酷なことかもしれないけど‥‥‥赤城眞はね、天城悠生の‥‥‥息子だよ」
「‥‥‥俺が‥‥‥息子?‥‥‥天城、悠生の?」
畳み掛けるように残酷な事実を伝えられた。
眞も詩音と同様に、赤城蓮とは相容れないと感じていたが、その正体に気が付く。
「天城蓮のDNA情報と一致する部分があった。君と天城蓮は‥‥‥腹違いの兄弟の可能性がある‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥詩音さんは、それを」
「知ってる‥‥‥私が教えたよ‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥そうですか、ありがとう、ございます‥‥‥」
詩音が消えた理由。それを全て理解した。
(‥‥‥‥‥‥詩音さんは、俺の存在が憎いだろうな‥‥‥だが、それでも構わない)
詩音の両親を死に追いやった男の息子。
‥‥‥赤城眞。
詩音から天城蓮へと向けられていた悪感情は、眞自身にも向けられてしかるべきだろう。
それを承知で、自分の行うべきことを思考する。
自分の存在が、詩音にとって何かの役に立つのであろうかと。
(‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥まだ終わっていない)
眞は1つの答えに辿り着く。
詩音への贖罪。
そして天城悠生への引導の渡し方を。
「‥‥‥先生‥‥‥これ、お借りします」
眞は杉沢の返事を聞く前にカルテを手に取る。
止められても無理矢理持っていくつもりだ。
「‥‥‥‥‥‥医者としては、止めなきゃあいけないんだけどねぇ‥‥‥」
「‥‥‥すみません」
カルテの持ち出し以上に、眞の身体を心配する。
銃で腹を撃ち抜かれてから時間はそれほど経っていない。
普通であれば、絶対安静の状態であるが、今の眞はそれでは止まらない。
詩音に復讐を遂げさせる‥‥‥その一心。
もはや執念とも言えるものが眞を突き動かしている。
それが分かっているからこそ、見送る他は無い。
「詩音を‥‥‥頼んだよ」
杉沢はデスクの中から1枚の紙を取り出し、眞に差し出す。
そこには、ある場所の住所と地図が書いてあった。
「これは‥‥‥」
「今は、そこにいるはずさぁ‥‥‥会いにいってあげてくれないかい。それと、詩音に伝えてほしいことがあるんだよ‥‥‥」
杉沢は詩音について、とある事を話す。
それは、とても大切な事。
「分かりました。必ず、伝えます。••••••これ、ありがとうございました‥‥‥」
杉沢の想いとともに、詩音の手掛かりを受け取る。
(‥‥‥‥‥‥最期まで、詩音さんの傍に‥‥‥)
復讐の共犯者‥‥‥その責任を果たすために、眞は詩音を追いかけ始めた。




