38話
車で移動すること約1時間。
目的地についた頃には、辺りは橙色に染まっていた。
「いい景色だ‥‥‥」
「この時間帯が、一番綺麗に見えるそうですよ」
最後の目的地は、街外れにある展望台。
眞と詩音の視線の先には、2人の住んでいる街並みが広がっていた。
遠くに視線を向けると、横に広がる海岸線が見える。その向こう側に、陽が没しようとしていた。
「見慣れた街が、こんなにも綺麗に見えるとはな‥‥‥」
「普段とは違った景色も、良いですよね‥‥‥」
穏やかな顔で街を見下ろす詩音。
その横顔を見て、眞はここに連れてきて良かったと思う。
「なあ、眞‥‥‥」
詩音が眞の方へ振り向く。
一息ついてから、言葉を紡ぐ。
「‥‥‥‥‥‥出かけようと、誘った理由‥‥‥知りたいか?」
「‥‥‥‥‥‥はい」
眞はどんな答えでも受け止める覚悟を決めた。
「‥‥‥••••••未練だよ••••••私にも、普通の人のような人生があったのかな、と。確かめたかったのさ‥‥‥」
危険を承知で外出した理由。詩音の本心。
―――普通の人生への、小さな憧れ。
「‥‥‥‥‥‥どう、でしたか?」
「ああ‥‥‥悪くない。こんな日々を過ごすことが出来たら‥‥‥幸せだったろうな、と思う程度には」
「‥‥‥‥‥‥」
詩音にも普通の人生を送る資格はあった。‥‥‥3人の人間が関わらなければ。
「••••••既に過去の事だ。それに、父の事を知った後も、普通の生活を送ることが出来たのかもしれないが‥‥‥それを選ばなかったからな」
「後悔は‥‥‥無いさ」
以前と同じ答え。自分の選んだ選択に後悔は無いと、はっきりと告げる。
「‥‥‥‥‥‥詩音さんの選択に、とやかくはいいません。‥‥‥それが、詩音さんの全てであることは、分かります‥‥‥」
「今は復讐の事に全力を尽くしましょう。‥‥‥私も共犯者ですから、最後まで協力します‥‥‥ですから」
詩音の答えは変わらない。それを眞は理解している。最後まで付き合う覚悟もある。
‥‥‥だからこそ。
「••••••全てが終わったら‥‥‥詩音さんの未来を、大切にして下さい。‥‥‥そのためなら、私も協力を惜しみませんから」
復讐を遂げた後は‥‥‥自分の人生を謳歌して欲しいと、と眞は願う。
「‥‥‥‥‥‥復讐が終わった後の、未来‥‥‥か」
「詩音さんにはこれからの人生があります‥‥‥今日みたいな日々を過ごすことだって出来ますよ」
今までに出会ってきた人達と、これからも親交を深めることが出来る。
それが人生の楽しみに繋がることになると訴える。
「‥‥‥‥‥‥だが‥‥‥私には‥‥‥」
詩音は食い下がる。
しかし、眞の言葉を軽んじたわけでは無く‥‥‥
「‥‥‥誰だっ!!」
「?!」
その時、眞達の周囲に黒服の男達が突如として現れた。
‥‥‥数は5人。だが、手練であると詩音は判断した。
「眞っ、離れていろ!」
詩音はナイフを構え、男達と対峙する。
眞を助けに行った時と似た状況ではあるが、今回は奇襲される側。しかも援護は無い。
もとより、こうなる可能性は考えていた。
しかし‥‥‥密かに憧れていた、穏やかな時間を過ごしてしまった事から、油断が生じていた。
「くっ‥‥‥!」
眞は詩音を前にして、歯がゆい気持ちになる。
詩音の未来を心配する癖に、自分には何も出来ないのか、と。
「‥‥‥くっ‥‥‥こんな時に‥‥‥!」
ナイフを構えていた詩音の身体がふらつく。
「詩音さんっ!!」
苦悶の表情を浮かべて胸の所を押さえている。息は荒く、額には玉の様な汗が浮かんでいた。
‥‥‥尋常ではない。
しかし、以前にも見たことがある。
「‥‥‥‥‥‥っ!」
眞は考える前に身体を動かす。
守りたい一心で、詩音を腕の中に庇う。
―――瞬間。
眞は腹に灼熱感と激痛を感じた。
(‥‥‥何だ、これ‥‥‥)
視界が真っ白になったかと思った直後、少しずつ力が抜けていく感覚を覚えた。
薄れゆく視界の先。襲ってきた男が、銃を眞に向けていた。
(‥‥‥撃たれたのか‥‥‥)
頑丈だと散々言われてきたが、流石に生身で銃弾を受けきることは無理だったな、と頭の何処かで考える。
(詩音、さん‥‥‥だけでもっ‥‥‥!)
歯を食いしばり、意識を取り戻す。
無我夢中で詩音を強く抱きしめた。
少しでも銃弾から身を守ることが出来るように。
「まこ、と‥‥‥にげろ」
腕の中で苦しみ続けている詩音が呟く。
自分も苦しいはずなのに、見捨てて逃げろと言う。
「嫌、です‥‥‥詩音さんの復讐を遂げるまでは‥‥‥逃げません」
その言葉を聞いて、詩音は呆然とする。
「それだけが‥‥‥俺に‥‥‥出来ることなんです」
「まこと‥‥‥」
眞の意思とは裏腹に、事態は悪化している。
その事実に押し潰されそうになった時、目の前の男が視界から消えた。
「誰だっ?!」
男達は、吹き飛ばされた男と、吹き飛ばした人物を見て動揺している。
「私、よっ!」
物陰から飛び出してきた四条は、黒服の1人から銃を奪いつつ、関節を極めながら後ろに回り込む。
丁度、男を盾にした状態で銃を構える。
「四条さん?!」
「嫌な予感がしたから来ちゃったの。怪我は‥‥‥してるかぁ‥‥‥詩音ちゃんは?」
「怪我は、ありません‥‥‥ですが‥‥‥」
「おっけー、把握したわ」
いつもの調子で話しながら、男達の腕を狙い撃ち、銃を使えないようにした。
「ぐぅっ‥‥‥貴様っ!」
腕を撃ち抜かれた男の1人が、空いている手でナイフを構え、四条に向かってきた。
「ちょっと!危ないじゃない?!」
「ぐっああっ‥‥‥」
盾にしていた男を地面に押し倒しながら、その足を撃つ。
その行動に気を取られた男達の隙をつき、残りの銃弾で3人の足を正確に撃ち抜く。
手や足を撃ち抜かれた男達を警戒しながら近づき、1人ずつ昏倒させる。
襲撃してきた男達全員を無力化した後、何処かへ連絡を行っていた。
「さて、さっさと逃げましょうか。詩音ちゃん、赤城さん。動ける?‥‥‥無理っぽいわね‥‥‥じゃあ、ちょっとごめんなさいね」
「ぐぉっっ‥‥‥」
何処からかガムテープのようなものを出していた。そして眞の服を捲り上げ、傷口に貼り付ける。
痛みと吐気があるが、気合で我慢する。
「止血はこれでおっけー‥‥‥じゃあ行くわよ」
「‥‥‥っ!」
「うわぁっ?!」
四条は肩に眞を担ぎ、小脇に詩音を抱える。
2人を抱えていても、四条の体幹は全くぶれてはいない。
「痛かったらごめんなさいねぇ」
その状態で展望台に繋がる階段を降り、四条の車まで運ばれた。
柔らかい座席に身体を預けた途端、猛烈な眠気が眞を襲う。
「四条さん‥‥‥すみません‥‥‥何だか目の前が‥‥‥」
「多分死なないと思うから、眠っちゃっていいわよ‥‥‥おやすみなさい」
四条の言葉を聞き終わるや否や、眞の意識が途絶えた。
◇
「‥‥‥ここは?‥‥‥眞っ!!」
「安心しなよぉ‥‥‥眞、って言うのかい?‥‥‥その子も無事だよ。今は寝てる」
「良かった‥‥‥」
眞と同じく意識を失っていた詩音は、ベッドから飛び起きる。
そして杉沢の言葉に安堵し、再びベッドに横になる。
「‥‥‥今は‥‥‥元気だねぇ」
‥‥‥言葉に含みがある。
詩音も気が付いてはいたが、それよりも気になることがあった。
「‥‥‥眞は何処だ?」
「別の部屋で寝ているよぉ‥‥‥銃弾の摘出も、撃たれたとこの縫合も終わっているから、大丈夫。‥‥‥大したもんだよ。あの子、直ぐに退院できるかもねぇ‥‥‥」
「‥‥‥感謝する」
詩音は腕で目を覆ったまま、杉沢に感謝を告げる。
「おや、珍しいこともあるもんだ」
「感謝くらいするさ‥‥‥ここは?」
「ここにいれば見つからないから安心しなさい‥‥‥それと、これは四条からだよ‥‥‥」
「これは‥‥‥」
杉沢から1枚の手紙を受け取る。
「お手紙、だってさ。挨拶らしいよ?」
「‥‥‥‥‥‥そうか」
手紙の内容を悟る。
読まずとも、既に四条がこの街を去った事は分かっていた。
「それよりも‥‥‥詩音。君に伝えないといけないことがあるんだよねぇ」
「‥‥‥何だ」
「詩音、君はこのままだと‥‥‥死ぬよぉ」
柔和な表情を崩さず、いつもと同じ様な口調で。
••••••詩音の未来が無いことを告げた。




