36話
「それで、詩音ちゃんと赤城さんはデートする事になったのね?」
「デート••••••そう、なんでしょうか?」
夜のバリオス。
今日は珍しく詩音はおらず、眞1人で来店していた。
詩音は朱鷺の所にいるらしい。明日には帰って来ると伝えられていたため、眞も気にはしていなかった。
そんな中、眞は思う。
詩音の『出掛ける』とは『デート』の事を示しているのか。と。
時と場合にもよるが、お互いに憎からず思っている男女が、2人きりで何処かへ出掛ける‥‥‥これはデートと言ってもいいだろう。
(こんな時期に、そんな浮ついた事をするのかなあ‥‥‥)
しかし、眞はそうでは無いように思っていた。
「だって、あの詩音ちゃんからお出かけを提案したんでしょう?そう考えるのが普通よ」
「••••••私を誘った事は、普通のことではないと?」
「でしょうねぇ‥‥‥詩音ちゃん。男、嫌いだもの」
「まあ、そうですよねぇ••••••」
眞や四条には普通に接してくれてはいるが、基本的に男性には近寄らない。まともに話す時と言えば、依頼人の前くらいであろうか。
本人もそんなことを話していたと眞は思い出す。
そう考えると、ますますそうとは思えなくなる。
「••••••デートの事はともかく‥‥‥そんな詩音ちゃんが、赤城さんを誘ったのよ‥‥‥その意味、分からない?」
「え?••••••どういう意味ですか?••••••詩音さんは息抜きと言っていましたが‥‥‥」
「••••••‥‥‥赤城さんは、そのままで良いわ••••••」
「‥‥‥?」
今迄も2人で動くことが殆どであった。
今更緊張する仲でもないし、お互いに浮ついた雰囲気になることも無かった。そのこともあり、四条の言葉の意図が分かっていない。
「でも、大胆ねぇ••••••だって詩音ちゃんと赤城さん、天城製薬から狙われているんでしょう?」
「••••••そうみたいですね。今のところ動きはありませんが」
眞を攫ってまでデータを手に入れようとしていた連中だ。これからも何をしてくるかは分からない。
そんなリスクがあることを詩音も分かっているはずだが、それでも眞と出掛けることを優先した。
(‥‥‥何か、思うところがあるんだろうな)
詩音の考えを尊重するために、眞は今回の提案を受け入れていた。
「それに、ニュースでやっていたもの。天城製薬のお偉いさんが、行方不明になった、なんて。赤城さん達の仕業でしょ?」
「••••••••••••」
「まあ、聞かなかった事にした方がお互いの為だからね」
「ありがとうございます••••••」
眞自身も天城蓮のその後は知らない。
だが、不用意に話すことは害はあれど、決して益にはならないことは承知していた。
無論、四条は直ぐにそれを察していた。
「でも、気をつけてね。赤城さんを攫ったように、相手も形振り構わず来る可能性があるから」
「はい••••••詩音さんともそこは話し合っています。出掛ける、と言っても遠出はしませんから」
詩音とも話していたことだ。襲撃を受けても直ぐに対応できるよう、事務所のある街で普段なら行かないような場所へ行く。
それだけでも息抜きにはなる、とのことであった。
「勿体ない気もするけど‥‥‥仕方ないかぁ‥‥‥ま、注意だけはしておこうかしら」
勿体ない、という四条の言葉には同意出来るかもしれない。
せっかくなら遠出でもして、詩音には楽しんでもらいたかった気持ちもある。
‥‥‥その事に意識を向けていた眞は、四条の呟きには気が付かなかった。
「それでも、楽しみではありますよ。この年にもなってそんな風に思えるなんて‥‥‥不思議な気分です」
「楽しむことには年齢なんて関係ないわ‥‥‥2人で楽しんできて頂戴な」
「ありがとうございます」
眞は手元のグラスの中身を飲み干す。
‥‥‥カクテルは『XYZ』
今日の飲み終わりにはふさわしい、キレの良い、爽やかなカクテルであった。
◇
「眞。明日になったら出掛けるぞ。9時頃で良いか?」
朝食を食べた後、詩音から外出の日時を伝えられた。
住居は一緒なので、忘れたり、遅刻することはまず無いだろう。
「分かりました‥‥‥場所はどうしますか?」
「眞に任せる。‥‥‥生憎、こういったことは全く分からないからな」
煙草を片手に胸を張る。
自信満々に語るが、何処か自嘲している様な雰囲気も感じる仕草だった。
「分かりました。苦手なものとかはありますか?」
「特に無い。どこでもいい」
「では、予定を組んでおきますね」
そんな詩音の様子を察するが、あえて言及はしない。‥‥‥詩音の人生を省みると、それは仕方がないことは分かっている。
「頼んだ‥‥‥‥‥‥それはそうと、私は何か着飾った方が良いのか?」
「それは‥‥‥そうして貰えるとありがたいですが‥‥‥‥‥‥いえ、詩音さんが良いと思う服装で構いませんよ」
珍しく、眞に判断を委ねるような質問をする。
女性らしい格好をした詩音を見てみたい気持ちはあるが、面倒なことは無理にはさせたくはない。
普段の格好でも十分だろうと考えていた。
「なら、このままで良いか。この格好が一番落ち着くからな‥‥‥‥‥‥まあ、下着くらいは良いやつを着けてやる‥‥‥ありがたく思えよ?」
「‥‥‥‥‥‥」
予想外の部分で、重い一撃を食らう。
普段から一部の露出が大きい為、その下の布が見えている事が多い。その布のグレードが上がると考えると、何も言えなくなる。
「安心しろ。眞の言う、きちんとした格好はしてやる」
「‥‥‥‥‥‥」
「不満か?」
「いえ、そんな事は‥‥‥」
『良いやつ』とやらを着けていることが分かっている時点で無駄に想像力が働いてしまう。寧ろ見えない分、際限が無い。
「そうか‥‥‥ちなみに‥‥‥‥‥‥あった‥‥‥これを着けるつもりだが?」
「‥‥‥‥‥‥それ、普段着にしないほうがいいですよ‥‥‥」
『良いやつ』とやらをベッドのある部屋から持ってくる詩音。
紫色で、精緻なレースがふんだんに盛り込まれた大きいもの。生地も滑らかで独特の美しい光沢があり、高級なものが使用されていると分かる。
下も同様の生地だが、驚くことに布面積が少ない。明らかに普段使いを想定していないようなものであった。
それを悪戯っぽい笑みを浮かべたまま、眞の前でひらつかせている。
「分かっている。所謂『勝負下着』と言うやつだからな‥‥‥朱鷺の奴の前でしか使ったことは無い」
「使用済みでしたか‥‥‥」
‥‥‥生々しさが二割増しになった。
手で揺らされているものと、詩音の身体に視線が移ってしまう。
勿論、詩音もそれを分かっている。
「とにかく、それなりに楽しみにしているんだ‥‥‥せっかくだから、眞も楽しめよ?」
「はい、そうします」
最後の服装について、思うことはあったが楽しみなのは事実。
眞は詩音の言うことに素直に従うことにした。




