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だらしのない復讐者と共犯者になった男 〜INDE ”VENGEANCE“ DAY〜   作者: 岩波備前
『烈火』

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35話

夜の街道を走る軽トラック。

荷台には荷物を保護・固定するためにカバーが掛けられている。

しかし、運ばれているものは荷物では無かった。


「狭い‥‥‥」


「何だってこんな‥‥‥」


「文句言うな‥‥‥慣れろ」


眞と詩音、比奈は荷台に押し込まれた状態で車に揺られていた。


眞と詩音を診る為に、杉沢の『診療所』とやらに向かうらしい。詩音は最後まで渋っていたが、杉沢の押しに負け、眞と一緒に検査を受ける事になった。


「居場所が割れると厄介らしい‥‥‥あいつは警察にも手配されているからな」


「‥‥‥あの人、一体何をしたんですか‥‥‥」


詩音の言葉に不穏な空気を感じつつ、そのまま口を閉じる。

どうやら杉沢は、随分と慎重な性格の人間らしい。付き合いのある詩音に対しても、カバーで目隠しをしながら荷台で移送する徹底ぶり。

人は見かけによらないものだと眞は思う。


「‥‥‥おい、今私の脚を触ったのはどっちだ?」


「えぇっ!?いや、私ではないですよ?!」


暗がりの中、比奈が抗議の声を上げる。

眞は慌てて無実を訴えた。


‥‥‥当然だ。眞にとっては先程出会ったばかりの女性。それも、冷泉葉月の依頼の際に、自分を狙撃した人間であると説明を受けていたからだ。

お互いに気まずいうえ、更に関係が悪くなるような疑いは掛けられたく無かった。


「私だが?」


「触るな」


「仕方が無いだろう?ここは狭い、揺れる、暗い‥‥‥なら、身体が当たるのは自然だ」


悪びれもなく自白する詩音。

ばっさりと拒否されても、へこたれない様だ。

眞は、暗がりの中でそんな事をしないで欲しいと切に願う。


「‥‥‥訂正する。私の脚を撫でただろ」


「不可抗力だ」


堂々と言葉を返す。


「詩音‥‥‥」


「詩音さん‥‥‥」


「そんなことより、そろそろ目的地に着くみたいだ」


性癖を隠そうとしない詩音に、半ば呆れる眞と比奈。

詩音はどこ吹く風、といった様子で目的地に着いた事を告げた。


車のエンジンが切られた後、運転席の方向から誰かが降りて来る気配を感じる。


「ここならいいよぉ」


「‥‥‥分かった」


杉沢の言葉に詩音が返答し、真っ先に荷台から降りる。次いで比奈。最後に眞。


「また、廃墟か?」


目の前には、眞が拘束されていた廃墟に似た景色が広がっていた。

違いと言えば、建物の所々に人の気配を感じるところだ。


「人の気配が‥‥‥」


「私の患者と、従業員だよ」


杉沢が先頭を歩き、後に続く。


一見、荒れ果てているように見えるが、瓦礫やゴミなどはなく、人の手が入っている様子が窺える。


「ここだ、あんたはここで待つんだよ」


杉沢が比奈を、部屋の隅にある長椅子へ誘導する。比奈は素直に従っていた。


「あんたと、詩音はこっちさ‥‥‥」


杉沢が更に奥の部屋へ案内する。

そこは簡単な診察台とデスク、PCが設置されていた。

よく見ると部屋の隅には棚があり、中には鈍く光るものや、ガーゼや注射器、アンプルなどが整理されていた。


杉沢の言う『診療所』という言葉がふさわしいものであると分かった。


「オペ室は他にあるんだよ‥‥‥後で使うから、今は準備中さ。麻酔もそれなりに使うからねえ‥‥‥」


何故、手術を?と、疑問に思う。

‥‥‥何となく予想はついたが、それ以上は考えないことにした。


杉沢に促され、デスク前の椅子に座る。杉沢も向かい側に座り、対面の状態になる。


「じゃあ、服を脱いでもらおうかな?」


「脱ぐ必要が?」


「ああ、診察には必要だからねぇ」


「‥‥‥」


先程の光景が思い浮かぶ。

警戒はするが、ここは杉沢の言葉に従う事にした。


「‥‥‥普通の身体だねえ‥‥‥」


「そうでしょうね」


適度に筋肉は付いてはいるが、鍛え上げられたものではない。‥‥‥普通。眞でも自覚している。


「‥‥‥少し触るよぉ」


「‥‥‥?!」


杉沢が眞の手から腕、肩にかけて手を這わせる。

くすぐったさと、身体を這う手の動きに戸惑いを覚える。


「次は前‥‥‥」


そのまま首、胸、腹の順で触診を続ける。その間、杉沢は眞の目を見つめ続けている。


「ちょっと‥‥‥先生‥‥‥これって診察に必要なんですか?」


「必要、必要、大事だよぉ」


そのまま背中に手を回し、眞にしなだれかかる様な姿勢になる。

周りから見たら杉沢が眞を抱きしめている形に見えるだろう。


「ちょっ‥‥‥?!」


「診察、診察。‥‥‥まあ?‥‥‥このまま診察台に移っても良いんだけどねぇ‥‥‥」


「いや、それは‥‥‥」


妖しい言動に、戸惑いを隠せなくなる。


詩音との話では、杉沢は恐らく安西や梶原以上の年齢の筈。

だが、それを感じさせない程の肌の滑らかさと柔らかさ。それに顔はおろか、首や目元、手など、年齢の影響を受けやすい部位すらも若々しく見える。


魔女‥‥‥そんな言葉が眞の頭をよぎる。


「あの‥‥その‥‥‥」


「‥‥‥何をしているんだ?」


「詩音さんっ?!」


診察室?の扉を開けて詩音がやってくる。

呆れ半分、苛つき半分、といったところか。絡みつく杉沢を見下す様にジト目で見つめる。


「おや?‥‥‥診察中は入ってきたら駄目だろう。‥‥‥プライバシーとか、厳しいご時世だからねぇ」


「プライバシー云々を語るなら、まず、インフォームドコンセントくらい取るんだな」


「い、いんふぉーむど?」


聞き慣れない言葉に疑問符が浮かぶ。テレビやインターネットで見た覚えはあるが、いまいち思い出せない。


「説明もしたよぉ‥‥‥後は同意だけなんだがねぇ‥‥‥まあ、大体は分かったし、これくらいにしておこうじゃないか」


杉沢が離れる。


「助かりました‥‥‥」


「眞の勝手ではあるが‥‥‥こいつは婆だぞ?‥‥‥‥‥‥相手くらい選んだ方が良い」


安堵の表情を浮かべる眞に、心底心配するかのような表情で語る詩音。

こんな表情も出来るんだな、と眞は心の中で思った。


「‥‥‥事実とはいえ、酷い言い草だねぇ‥‥‥小さい頃はもっと素直だったのに‥‥‥」


「‥‥‥あんたの玩具にされていたことには気が付いていなかったからな」


薄っすらとだが、苦々しい表情を浮かべる詩音。過去に何かあった様だ。


「‥‥‥色々と世話をしてやったのに‥‥‥まったく、恩知らずだねぇ」


「‥‥‥それには感謝しているつもりだ。だが、今は必要ない」


「‥‥‥感謝されるだけでもまだましかぁ‥‥‥ほら、終わったよぉ」


「終わった‥‥‥え?」


杉沢は赤い液体の入った試験管の様なものを、ゆっくりと振っていた。


「採血、終わったから戻ってもいいよぉ‥‥‥結果は後日送るからねぇ」


「‥‥‥いつの間に?」


採血されたことに気が付か無かった。


「身体の方は‥‥‥頑丈なだけで、異常はないよぉ‥‥‥人体の不思議だねぇ」


「あ、ありがとうございました」


診察はしっかりとしてくれた様だ。

一応礼を伝えて、椅子から立ち上がる。


「次は詩音だよぉ」


「‥‥‥妙な事はするな」


「分かっているよぉ‥‥‥怒られたくないからねえ‥‥‥」


「では、詩音さん。終わったら呼んでくだ‥‥‥あれ?」


「‥‥‥」


眞がその場を離れようとしたが‥‥‥出来ない。


「詩音さん?」


「‥‥‥」


詩音が眞の服の裾を掴んでいる。

‥‥‥ぎゅっ、と。


目の前の光景に混乱する。

思考停止に陥っている眞に対して杉沢が言葉を掛ける。


「まだ慣れないのかい‥‥‥君、付き添ってやってくれないかい?‥‥‥この子、昔から注射が苦手でねぇ」


「‥‥‥‥‥‥さっさと済ませろ」


「‥‥‥」


気怠げな表情を浮かべながら、淡々と話す。


‥‥‥しかし、注射を見ようとはしていない。

ずっと眞の方を向いている。


「‥‥‥‥‥‥何でも良い‥‥‥何か話せ‥‥‥」


詩音は不満そうに眞に告げる。


‥‥‥極々僅かではあるが、瞳に不安の色が混じっていた。


‥‥‥眞は察した。

とりあえず、事務所に戻ったからの行動や、明日以降の行動について話題を提供した。


詩音はいつもの様にぶっきらぼうに返答する。

だが、いつもより早口だなあ、と眞は感じていた。







「診察終了‥‥‥後は帰ってもいいよぉ‥‥‥近くまでなら送るからねぇ」


「ありがとうございます」


「さっさと帰るぞ‥‥‥」


杉沢に最後の挨拶をする。


その後、外に繋がる道を歩きながら、詩音に尋ねる。あえて考えないようにしていたが、どうしても気になった。


「ところで、天城蓮は‥‥‥」


「‥‥‥奴と、比奈に任せた。‥‥‥安心しろ、殺さない‥‥‥筈だ」


「何を‥‥‥するんでしょうか?」


「‥‥‥‥‥‥聞きたいか?」


「‥‥‥‥‥‥」


聞きたいような、聞きたくないような。

そんな葛藤をしている間に、詩音が話す。


「‥‥‥‥‥‥人体には、2つある臓器がいくつかあるよな?」


「あっ、もういいです‥‥‥」


詩音の言葉から察する。

‥‥‥それは確かに死ぬよりも苦しいだろう。


「それで、あいつの気が少しでも晴れると良いが‥‥‥‥‥‥いや、どうなるんだろうな‥‥‥」


詳しいことは分からないが、恐らく比奈の事を言っているのであろうと眞は思う。

‥‥‥それを詩音自身と重ねていることも。


だからこそ、思い切って詩音へ尋ねてみることにした。


「‥‥‥詩音さんは‥‥‥復讐を遂げることが出来たら‥‥‥その後は‥‥‥?」



―――復讐の後、詩音はどう生きていくのか。



「‥‥‥‥‥‥さあな。多分、元の生活に戻るだろうな‥‥‥」


「本当‥‥‥ですか?」


「ああ、嘘ではない。‥‥‥一体どうしたんだ?」


詩音の言葉に嘘偽りは無い。それは眞にも分かった。••••••しかし、1つの可能性を捨てきれない。


「いえ‥‥‥その‥‥‥詩音さんが••••••そのまま、いなくなってしまいそうで‥‥‥」


「‥‥‥‥‥‥」


‥‥‥目的を失った詩音には何が残るのか。


詩音が復讐を決めた時から数年が経ち、眞が詩音に出会った時には復讐自体を諦めかけていた。

‥‥‥それが日々の飲酒や喫煙、女遊びに反映されていたのでろう。


数年程度で諦める‥‥‥その程度の気持ちだったのか、と事情を知らない人間は言うかもしれない。


幼い頃に両親を失い、目的のない状態で裏社会に浸かっていた十数年。復讐を決めてからの数年。

人生の大半を復讐に近い場所で生きてきた詩音だ。それだけ現実が見えていたのだ。


夢を追うだけなら誰でも出来る。

それを実現するための足場を作る技術と前に進む為の執念に費やす熱量は膨大なものだ。


それを毎日保ち続ける••••••常人では耐えられないだろう。

しかし、詩音はその熱を絶やさずにいた。

それだけでも驚嘆に値する。


••••••だからこそ、年月を経て、心が摩耗していた眞にはその姿がとても尊いものに感じられていた。


「‥‥‥‥‥‥逆に聞くが、眞はどうする?このままうちに勤めるのか?」


眞が聞きたい事を察したのか、詩音が眞のこれからを尋ねる。


人を心配する前に、自分はどうするのか、と。


「‥‥‥‥‥‥どうでしょう、まだ分かりません」


「ですが、今の生活は私にとって、とても刺激があるんです‥‥‥こんな気持ちで仕事が出来るなんて、思いもしませんでした」


今の仕事を続けるのかといった展望はまだ考えることが出来ない。

しかし、この仕事が性に合っていることも事実であった。


「それは良かったな‥‥‥」


「でも、そこで話は戻ります••••••そこに、詩音さんがいるのか、と‥‥‥」


「••••••なんだ、私がいないと困るのか?」


「ええ、正直。‥‥‥私は詩音さんに拾われた身ですから。‥‥‥詩音さんは、今の仕事以外に何かしたいことは無いんですか?」


「それは‥‥‥」


復讐に囚われた生き方以外に、何か別の生き方が無いのか。それを考えた事は無いのか。と眞は問う。


それは詩音にとって、非常に答えづらい問題であった。


「‥‥‥恐らく、無いでしょうね。‥‥‥選ぶことすら、出来なかったから‥‥‥」


言いあぐねている詩音に対し、答えを代弁するかのように眞が答えた。


「‥‥‥‥‥‥眞が、私を想ってそう言ってくれていることは分かる••••••確かに選択肢は無かったな••••••今更変えることも出来ん‥‥‥だが、それで良いと思っている」


余計な世話だ、と一喝されても仕方がない問いだ。眞はそれを覚悟していたが、答えは至って冷静なものであった。


選択肢は無かった。しかし、それでも構わない。後悔は無い‥‥‥と。


「そう、ですか‥‥‥」


「‥‥‥‥‥‥なら、試してみるか?」


「えっ‥‥‥?」


そこまで言われてしまったら、これ以上は過干渉になる。そう考えていた眞に向けて、詩音が1つの提案を投げかける。


「これから忙しくなる‥‥‥だからその前に、息抜きをしようか」


「息抜き‥‥‥ですか?」


「ああ‥‥‥一緒に、出掛けるか?」

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