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だらしのない復讐者と共犯者になった男 〜INDE ”VENGEANCE“ DAY〜   作者: 岩波備前
『烈火』

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35/51

34話

その日の夜。


詩音は男から指定された廃墟に来ていた。

準備に時間がかかり、遅くなってしまったが、相手から許された時間の猶予はまだある。


「‥‥‥」


バイクのライトが照らす先。廃墟ビルの入り口だった所に黒服の男がいた。


「‥‥‥データを持ってきた」


「‥‥‥‥‥‥」


詩音がデータのディスクを男に見せる。それを見た男は目配せでビルの中に入るように促す。


廃墟ビルの中は荒れ果てているものの、所々に照明が準備されていた。

詩音が来ることを想定してのことであろう。


黒服が部屋の一室に入る。

詩音もその後を追うように室内へ入った。

そこには案内人の黒服を含めて6人の男がいた。


1人は眞‥‥‥椅子に縛られており、顔や身体には痣が出来ている。

一瞬、眉をひそめるが眞の目配せに詩音は気が付く。


‥‥‥自分は大丈夫だ、と。


眞から視線を離すとそこにはスーツ姿の男がいた。

スーツの男は値踏みするかのように詩音を見つめる。


その視線に気が付いた詩音は生理的な嫌悪感を抱く。

‥‥‥一目見て思うことがあった。だが、それはおくびにも出さない。


「あんたが、統括部長‥‥‥と言う奴だな」


「ええ、その通りです。では早速‥‥‥」


「その前に、金はあるんだろうな?」


「こちらに‥‥‥」


男は黒服の1人に目配せをする。

黒服が持ってきた鞄の中には札束が入っていた。


「中身を確認したい」


「構いませんが‥‥‥そうなると、そちらのデータを確認させて頂くことが条件です」


「確かに‥‥‥では、仕方ないか」


「‥‥‥いいのですか?」


あっさりと引く詩音に、男は少し戸惑っているようだ。


「騙すつもりは無いんだろう?」


「ええ、ありません。データを手に入れ、金を貴方達に渡す‥‥‥それで交渉は終わりです」


「なら先にその男を開放しろ」


「‥‥‥その前に」


「‥‥‥何だ?」


「貴女‥‥‥私のものになりませんか?」


「は?」


「‥‥‥何を?」


「いえ、まさか貴女のような女性が来るとは思いませんでした‥‥‥実に私好みの女性だ‥‥‥私の傍にいてくれるのであれば、不自由はさせませんよ?」


丁寧な言い方ではあるが、相手を軽んじている事を全く自覚していない。

それに気が付いた眞は、思わず反抗する。


「馬鹿な事を言うな!」


「貴方は黙っていて下さい」


「‥‥‥話しが違うな」


眞とは違い、あくまでも冷静な態度を取る。

詩音の方が話が早いと考えた男は、相手を変える。


「そうでもありませんよ?‥‥‥確認ですが、貴方達の手に入れたデータと、こちらの1億••••••それの取引なんですよ。これは••••••」


「‥‥‥つまり、そこの男は勘定に入っていない、と?」


「ええ。その通りです」


「なっ‥‥‥!」


「思い出して下さい。私が約束したのはデータを1億で買い取る、と言う約束ですよ。貴方を引き渡す、と確約した覚えはありません」


「金と男の無事を‥‥‥と言った筈だが?」


「『そうしたいものです』と、私の願望をお伝えしたまでです」


「そんなの詭弁きべんだ!」


「ですが。そんな詭弁でも、相手に拾われてしまう業界なのです‥‥‥貴方達の持つ、データのようにね」


「••••••ならどうすると?」


「簡単な話です。データと貴女、一億とそこの男を交換しましょう。貴女の仲間である男は1億を手に入れて自由の身に。そしてデータと貴女は私のものに••••••その場合、貴女は1億以上もの資産を得ることになりますが‥‥‥どうでしょう?」


詩音を、自分の欲の捌け口にしか考えていないことが透けて見える。


「‥‥‥」


「別に悪い話では無いでしょう‥‥‥調べはついているのですよ‥‥‥黒羽詩音さん」


「‥‥‥」


「無論、貴女の過去も知っています‥‥‥黒羽製薬の社長の娘ということも‥‥‥」


敵に身元が割れている。その事実を初めて知ったが、動揺はしない。最初から覚悟していたことであった。


「何故それを?」


「当然です‥‥‥父から聞いていますから」


「ならお前は‥‥‥」


「天城製薬の社長、天城悠生の息子‥‥‥天城蓮あまぎれんと申します」


「‥‥‥」


「天城悠生の‥‥‥息子だと?」


詩音は眉を顰め、眞は驚く。


(‥‥‥気に食わないと、薄々思っていたが‥‥‥まさか息子だったとは)


眞は蓮に対し、良い感情を持っていないどころか、心の奥底で嫌悪感に似た感情を抱いている事に気が付いていた。

嫌悪感の正体に違和感があるものの、相手が天城悠生の息子だからか、と自分を納得させる。


「だからこそ、欲しい••••••自分の幸せを奪った相手に媚びを売る貴女の姿を••••••想像しただけでも、たまりません」


圧倒的に有利な立場にいると考え、恍惚の笑みを浮かべる蓮。


「••••••」


「お前っ!?••••••ぐっ••••••!」


••••••眞の頭に血が上る。

縛られたままでも蓮に喰らいつこうとした眞を、黒服が制する。

蓮はどうでもいい、といった目で一瞥した後、詩音へ視線を戻す。


「しかし、驚きました。黒羽製薬の娘が、黒羽の名前を使って便利屋家業に身をやつしているとは‥‥‥名前を偽ることも出来たでしょうに‥‥‥何でわざわざ看板を変えてまで‥‥‥」


蓮の言う通り、黒羽便利屋は、元は母方の祖父が始めた商売だ。祖父の名前を関するのが一般的。

だが、眞が勤め始めた時から『黒羽便利屋』と名乗っていた。

詩音の過去を知り、祖父から仕事を受け継いだ話を聞いた時に尋ねた事があった。


『元々は違う名前だったんですよね?何故わざわざ看板を変えたんですか?』


『名前を偽った方が良いかもしれないが‥‥‥その程度で安心出来るほど、生温い人生は送っていない‥‥‥それに、この名前で‥‥‥敵に復讐したいんだ‥‥‥』


と、話していた。

それを改めて確認するかのように、詩音が蓮に向けて返答していた。


「‥‥‥当然だ。復讐をすると決めてから、黒羽の名前で立ち上がったんだからな‥‥‥名前を出す程度で敵が釣れるのであれば苦労はしない‥‥‥だが、黒羽と名乗っていても、誰も不審に思っていなかった‥‥‥天城悠生にとって、私はそれくらい小さい存在だったろうよ」


「そうかもしれませんね」


「‥‥‥だが、その小さい存在が、天城悠生を‥‥‥その全てを‥‥‥地獄に落とす」


「何だって‥‥‥」


詩音の言葉に気色ばむ蓮。

それを見つめながら、右手を上げ‥‥‥


「まずは、お前からだ‥‥‥天城蓮」


蓮に指差すように、その手を下ろした。



―――瞬間。銃声が響く。



「っ?!」


眞は似たような場面で同じ音を聞いた事がある。

咄嗟に椅子ごと身を床に倒した。


「ぐぅあぁぁっ‥‥‥?!」


蓮がその場で膝をつく。それと同時に左足から赤いものが流れ出していた。


黒服に動揺が走る。

だが、銃弾はその動揺すら許さない。


―――2発、3発、4発、5発‥‥‥


リズムを刻むかの様に、銃弾が室内にいる黒服の足に叩き込まれる。


‥‥‥当然、敵の抵抗はあった。


しかし、銃声が鳴り終わると同時に詩音は動き、抵抗する気概のある人間から順にナイフで利き手を封じ、戦意を断つ。


室内に立っている人間は詩音ただ1人。

僅かな時間で形勢が逆転していた。






時間は遡る。


事務所から少し離れた所にある静かな喫茶店。

祖父と一緒に事務所で生活していた時代からある店だ。

詩音も時々ここへ訪れては、珈琲とホットサンドを食べる。煙草も吸うことが出来るため、詩音にとっては好ましい店であった。


詩音は壁側にある1人掛けのテーブルで、珈琲を飲みながら人を待っていた。


「‥‥‥依頼主、だな?」


「ああ、そうだ‥‥‥久しぶりだな?」


いつの間にか、詩音の後ろ側に女が立っていた。


詩音より少し若い年齢のボブヘアの女性だ。

顔つきは整ってはいるが、必ずしも人の目を引くほどではない。


灰色のブラウスに、ベージュ色のパンツ。黒のブーツ。肩からは茶色の鞄を提げており、紺色の暖かそうなコートを持っている。


何処にでもいる様な、普通の格好。

普通の女性にしか見えない。


「座れ」


「‥‥‥」


詩音に促され後ろの席に座る。

丁度、背中合わせになる。

女が珈琲を注文し、珈琲が運ばれてから詩音が口を開いた。


「用件は話したとおりだ」


「‥‥‥それよりも、標的が天城製薬の統括部長というのは本当か?」


詩音の短い言葉に対し、女は標的の話を先に持ってくる。‥‥‥よほど気になる相手であるのだろう、と誰でも察する事が出来るくらいには言葉端に逸りを感じる。


「らしいな」


「らしい‥‥‥?」


詩音の言葉に対し、訝しがる様な返答をする。


「だが、間違いは無いだろう‥‥‥あいつが適当な事を言うはずがない」


「あいつ?‥‥‥救出してほしいと言う‥‥‥」


「冷泉葉月を庇い、そしてお前の仕事を台無しにした男だよ」


「‥‥‥‥‥‥」


女の雰囲気が少し硬くなる。

詩音には女がどう思っているのか、手に取るように分かっていた。


「気に障ったか?」


「‥‥‥済んだ事だ‥‥‥と、簡単には流せない事は事実だが‥‥‥それ以上に標的に興味があるのでね」


「お前の敵か?」


「敵だ」


短い言葉の遣り取りで、お互いの目的が同じであることを悟る。


「なら、協力しろ‥‥‥生憎こちらには時間が無い‥‥‥ここで決めて貰う」


「受けよう‥‥‥私は敵を、お前は男を‥‥‥」


「分かった」


即決。


そして、お互いの目的が決まる。

後は、これからどうするかだ。


「‥‥‥黒羽詩音だ‥‥‥お前は」


「‥‥‥綾瀬比奈あやせひな‥‥‥」


詩音の名乗りに少し驚いた様子を見せるが、女‥‥‥比奈もそれに応える。


「長い付き合いになりそうだな?」


「‥‥‥依頼が尽きなければね」


名前を交わす。


―――綾瀬比奈。

そう名乗った女は言葉を柔らかくする。

恐らく、詩音を信頼出来る相手と認めたのであろう。


詩音も比奈も、お互いのことを不思議と嫌いにはなれない。寧ろ、何か通じ合うものがあった。


「‥‥‥なあ、私個人の依頼でも構わないか?」


「断る」


「つれないな‥‥‥」


詩音の誘いをはっきりと断る。

冗談が通じない相手だな、と詩音は嘆息する。


「冗談を言っている暇は無いんじゃないの?」


「そうだな、では早速動くとするか」


詩音が比奈を促す。行き先は詩音の事務所だ。


比奈は珈琲を飲み干す。

カップを置いた時には、既に仕事に臨むプロフェッショナルの顔に切り替わっていた。







「ここが詩音の事務所‥‥‥」


「ああ、適当に座れ」


詩音とともにソファに座る。


「単刀直入に聞く‥‥‥天城製薬の統括部長とは一体何者だ?」


「天城製薬社長、天城悠生の息子‥‥‥天城蓮」


「天城悠生の‥‥‥息子‥‥‥」


端的に、かつ、分かりやすい返事が返ってきた。

詩音は憎むべき相手の名前とその息子の名前が出たことに少し驚く。


「ええ、そして‥‥‥私にとっての宿敵」


「‥‥‥何があった?」


比奈の言葉に詩音が反応する。

他人事では無いからだ。


「‥‥‥姉を、捨てたのよ」


少し顔を俯かせながら語り始める。


「‥‥‥」


「天城蓮‥‥‥無類の女好きでね‥‥‥私の姉は天城製薬の社員だった‥‥‥ある日、天城蓮に言い寄られて。姉も喜んでいた、ずっと気になっていた人に選ばれた、なんて」


「‥‥‥‥‥‥」


詩音は無言を貫き、聞きに回る。

‥‥‥比奈の今までの人生に関わることだ。

現在に至るまでの道のり‥‥‥それに対して興味にも似た感情があった。


「‥‥‥後はありふれた話。散々弄ばれた姉はゴミみたいに捨てられて‥‥‥そのショックで自殺を‥‥‥」


「幸い一命はとりとめたけど‥‥‥まだ目が覚めない‥‥‥殆ど植物状態で、意識を取り戻すことはまず無いだろうってね‥‥‥」


「私が高校生くらいの頃かな‥‥‥大好きだった姉を、家族を‥‥‥全て滅茶苦茶にした天城蓮という男に‥‥‥復讐することを、決めた」


俯いた顔を上げる。

詩音を見つめる瞳には、一切の迷いは無かった。


「この街は治安が悪い分‥‥‥そういった事に通じた人間も多い‥‥‥私はありとあらゆる手を使って、復讐を遂げるための手段を模索した‥‥‥」


「運が良かった‥‥‥私に、人を殺す手段を教えてくれるって男がいてね‥‥‥その男の技術を叩き込んで貰った」


比奈は知らず知らずの内に、自身の身体を抱く。

‥‥‥瞳には昏い光が見える。


復讐の道を歩み始めた当初は、何処にでもいる普通の少女だったのであろう。

そんな少女が今の技量と経験を身につけるまでには想像も出来ないほど、過酷な道を辿ってきたに違い無かった。


「‥‥‥今は何処で、何をしているんだろう‥‥‥」


‥‥‥救いだったのは、そう語る比奈の目には懐かしさを感じさせる色が見えた事だ。

地獄に仏を見たのか‥‥‥恐らく、比奈にとっては悪いことばかりでは無かった様だ。


「それからは、ひたすら技術を磨きながら、天城蓮への復讐の機械を窺っていた‥‥‥」


「‥‥‥何故、さっさと殺らなかったんだ?」


「‥‥‥殺すだけじゃ足りない‥‥‥‥‥‥」


殺すだけでは足りない。それは詩音も同じ考えであった。


「‥‥‥なら、1つ良いか?」


「何よ?」


「始めに言っておく、私も天城蓮という男が嫌いだ。‥‥‥‥‥‥私の全てを奪った男の息子だからな‥‥‥だから、殺さずに地獄を見せるということについて提案がある」


「貴女‥‥‥いえ、話を聞こうじゃないの」


比奈も詩音が同じ人種であると勘付いたが、あえて言及はしなかった。


「私の知り合いに、医者がいてな‥‥‥所謂、闇医者だ‥‥‥そいつに‥‥‥」


互いに膝を付き合わせるかのように、提案とやらを説明する詩音。

その提案に眉を顰めながらも、決して否定はしない比奈。


「‥‥‥貴女、えげつないことを考えるのね」


「‥‥‥私も長い間、復讐の事しか考えていなかったものでな」


「つくづく気が合いそうね‥‥‥」


「で、どうなんだ‥‥‥比奈」


詩音も名前で呼ぶ。

それだけシンパシーを感じているかの様に。


「文句無いわ‥‥‥でも最後は身柄を私に‥‥‥」


「構わない‥‥‥私にとっては興味のない男だからな」


「交渉成立ね••••••決行は?」


「今日の夜、21時‥‥‥この時間帯が都合が良くてな••••••」


「今日••••••しかも夜、ね。••••••無茶苦茶だわ」


詩音の希望する時間帯は夜間。

狙撃を得意とする比奈にとってはあまり好ましい時間帯では無い。


「出来ないか?」


「••••••やるわよ。天城蓮が関わっているのなら」


詩音の挑発に渋々了承する。

詩音も比奈も“不可能”とは思っていない。


「良い返事だ••••••なら、手筈を••••••」


眞を救い、天城蓮を追い詰める為の手筈について話し合う2人。

手筈について話し終えた後、詩音と比奈は各々の準備に取り掛かっていた。







「‥‥‥後は、あの男の身柄を押さえるだけ」


廃墟ビルから少し離れた場所。

仕事を終えたばかりの比奈は、ナイトビジョンを取り付けたスコープで標的のいる室内の状態を監視していた。

室内の制圧を確認したあと、詩音との遣り取りを思い出しながら、これからの動きをイメージしていた。


数名の敵を殺さずに、ナイフ1本で無力化する詩音も驚愕に値する腕前の持ち主だが、比較的近距離とは言え、ターゲット全員の足を正確に狙い、夜間の狙撃を成功させた比奈の技量も凄まじいものであった。


「人数は分からない‥‥‥そのうえ夜間の狙撃をしろだなんて‥‥‥ターゲットが天城蓮じゃ無かったら絶対に受けなかったわ‥‥‥」


狙撃に使用した器具を手早く片付けながら詩音達のいるビルへ向かう。







「大丈夫か?」


「詩音さん、ありがとうございます••••••そして、申し訳ありませんでした」


自分の非を意識している眞に対し、詩音はいつもと変わらない表情で声を掛けようとした。

だが、見慣れたはずの眞の顔を見た途端、とある感情を自覚した。


―――砂粒ほどの、嫌悪感。


「‥‥‥‥‥‥‥いや、この間は私が助けられた‥‥‥それの分だ」


だが、詩音はそれを無視した。

ここまでついてきてくれた眞には感謝こそすれど、今更嫌う理由もない。

眞には助けられている‥‥‥その思いを正直に言葉にした。


「お前ら••••••こんな事をして、只で済むと思うなよ••••••」


詩音に向けていた物腰柔らかな言動や態度は消え失せている。

体裁をつくろう程の余裕が無い様だ。


「化けの皮が剥がれたな••••••薄っぺらい奴なんだよ、お前は」


人としての重みがない‥‥‥小物過ぎる。

一目見た時から感じていた印象。


‥‥‥それとは別に、新たに感じた違和感。

詩音は無意識の内に、天城蓮の顔を見ていたくないと思っていた。


「詩音さん••••••これからどうしますか」


「ああ、こいつが知っているって事は当然、奴も把握している筈だ••••••これから何らかの妨害は起こるだろうな」


「それは••••••」


「遅かれ早かれそうなっていた••••••だが、それよりも目の前のこれを片付けないとな••••••」


足元でうずくまる蓮から怒りと不安に満ちた声が聞こえた。


「な、何をする気だ?」


「‥‥‥私は何もしない」


蓮の顔すら見ずに、独り言の様に呟く。


••••••ふと、遠くの方で床を硬いもので叩くような音が聞こえて来る。

その音が大きくなるに連れ、人の気配を感じるようになった。


「何の音だ?!」


「私は‥‥‥な」


混乱する蓮を尻目に、浮浪者数人が室内へ入ってきた。


「何だこいつらは?!」


浮浪者達は蓮を含む黒服達を取り囲む。


「‥‥‥詩音。こいつか?」


「ああ、天城蓮‥‥‥天城製薬の統括部長らしい」


「あぁ‥‥‥なるほど、天城の‥‥‥」


浮浪者達に続き、下駄の音を鳴らしながら作務衣姿の人物が入ってくる。


眼鏡を掛けたぼさぼさ頭の女。見た目は30歳代に見える。人懐っこい印象を与える柔和な顔つきをしているが、瞳の奥に得体のしれないものを感じる。

髪の毛全体を覆う白髪としわがれた声。それに加えて、女から感じる老獪ろうかいな雰囲気が、見た目以上の年齢である事を示唆している。


「相変わらず‥‥‥医者には見えん奴だな」


「これでもあんたの親父よりも長く、医療の現場に携わっているんだがねぇ‥‥‥」


「‥‥‥」


言葉の端々に皮肉を感じる。

詩音もそれが分かっているのだろう。それ以上は何も言うことは無かった。


「じゃあ“これ”貰っていくよ」


床で這いずり回っていた蓮の目の前でしゃがみ込み“これ”とはっきりと言う。

‥‥‥女は蓮を既に人間として見ていない。


「ああ、他の黒い服を着た奴らは外にでも放り投げて置いてくれ」


「人使いの荒い子だねぇ‥‥‥」


「何なんだお前らは‥‥‥?!」


「うん‥‥‥?詩音、言って無かったのかい?」


「ああ、そいつとは話したくもない」


「もうすぐ喋ることすら出来なくなるんだから、せめて会話くらいしてあげたらどうなのかねぇ」


見たくも話したくもない。率直な詩音の意見。

そんな詩音を少し咎める様に言葉を掛けるが、あまりにも軽薄。

詩音と女の遣り取りを理解できるくらいには頭の回転が戻ってきた蓮は、女の言葉の意味を尋ねる。


「は‥‥‥?何を?」


「煩い犬って‥‥‥声帯を取るんだよぉ」


にこっ、と蓮に向かって無邪気な笑顔を振りまく女。十人中十人が釣られて笑ってしまう程の笑顔。


蓮はその笑顔を見て、総毛立った。


「やめっ‥‥‥?!?!」


浮浪者達が蓮の口や身体を押さえる。

見た目からは分からなかったが、かなり手慣れた動きだ。

まるで日常的に行っている動作であるように。


黒服も同様に拘束する。

そしてそのまま何処かに連れ去られてしまった。

声や足音、気配すらなく。最初からそこにはいなかったかのような空気が流れた。


「‥‥‥これでいいかい?」


「ああ、金は後で振り込んでおく」


「そうしてくれ‥‥‥あいつらにも報酬は与えないといけないからねぇ」


「詩音さん‥‥‥この方は」


「ああ、知り合いの闇医者だ‥‥‥」


「初めまして、一応、杉沢すぎさわとでも、名乗っておこうか‥‥‥おや、怪我をしているのかい‥‥‥どれどれ」


「あっ、これは大丈夫で‥‥‥むぅっ?!」


突然、杉沢が眞の顔を抱える。

そのまま後頭部から背中にかけて覗き込んでいる様だ。滑らかな手で、頭を包み込むように触診していた。


一方眞は、突然の行動と顔面に押し付けられている柔らかいものに混乱する。


(抱きっ?!‥‥‥なっ‥‥‥?!)


作務衣の姿からは想像も出来ないほど柔らかい感触と、濃い女の香りに更に驚く。

目の前は肌色一色ではあるが、何故か時々弾力のあるものが頬を撫でている様な気がしていた。


「うぅ••ん••‥‥‥これは‥‥‥大丈夫だねぇ」


わざとらしく時間を掛けて眞を拘束する。

それを見かねた詩音が声を掛けた。


色呆いろぼばばあ‥‥‥さっさと離れろ」


「おや?ああ、済まないねえ」


つい、うっかり。とでも言いたげな様子で眞を解放する。


「いっ‥‥‥今のは、なんですかっ?!」


予想もしていなかった感触から離れた眞は、顔面に感じる熱を誤魔化すように抗議する。


「くくっ‥‥‥怪我を見てやったのになぁ‥‥‥それに、悪くはなかったろう?‥‥‥年寄り、といっても身体にはそれなりに自信があるからのぉ‥‥‥‥‥‥何なら、そのまま‥‥‥」


意味深に笑いながらずいっ、と眞の目前まで顔を近づける杉沢。衣服の乱れで、その下にある素肌と谷間が露出しているが、全く気にしていない。

••••••寧ろ、見せつけてる様だ。


「そこまでにしておけ‥‥‥婆が色事に首を突っ込む所なんぞ、見たくも無い」


「はぁ‥‥‥年長者を少しは労らんか‥‥‥それにしても、あの詩音が気にしているとは‥‥‥」


「用は済んだ。後は帰れ」


詩音すらからかおうとしている杉沢を、つっけんどんな言い方でばっさりと斬る。


「‥‥‥‥‥‥いや、目立った怪我は無いとはいえ、中身はわからん。この男を診てやろう‥‥‥それと詩音。お前も一緒に来い」


杉沢の、変化の乏しい柔和な笑顔。

しかし、詩音を見る目が鋭くなる。


「‥‥‥必要ない」


「‥‥‥最後に検査をしてから大分経った。かかりつけの医者の言うことぐらい聞いたらどうだ?‥‥‥早く診ないと、この男••••••死ぬぞ?」


「死ぬんですか?!」


「ああ、ほっとけば死ぬな」


突然話を振られたかと思ったら、死を宣告されてしまう眞。

先ほどと言っている事が違う、と内心で抗議する。


「えぇ‥‥‥」


「‥‥‥‥‥‥はぁ」


詩音には、いまいち信じることは出来ないが、眞を安心させるためにも杉沢の言葉に従う事にした。


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