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だらしのない復讐者と共犯者になった男 〜INDE ”VENGEANCE“ DAY〜   作者: 岩波備前
『烈火』

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33話

梶原と接触してから数日後。

眞達は次の一手について考えあぐねていた。


安西から新薬の捏造データを手に入れ、梶原から天城悠生の関与を示す音声データを手に入れた。

‥‥‥強力な武器が2つ。

これを元に、天城悠生を失脚させることが詩音の復讐の一端であった。


しかし、どちらも出処不明の情報であり、世間にとっては信憑性も低い。黒羽製薬の不祥事事件についても既に過去の事となっている。

なによりも、天城悠生は巨大な企業のトップである。

詩音が証拠を元に抵抗したところで、事実をもみ消されてしまうことは確実だ。


2つの証拠を活かす方法。

それが詩音と眞に課された難題であった。







「葉月さんに協力を仰ぐのはどうでしょうか?」


「‥‥‥いや、難しいな。冷泉家は天城製薬に支援している側だ。今更掌返しをするには遅すぎる‥‥‥メディアにリークする方向からなら、協力を得ることが出来るかもしれんが‥‥‥」


「冷泉家の威光がなければ、もみ消される‥‥‥」


「その可能性は高い‥‥‥私達に残された唯一の武器だ。一度きりしか使えないがな‥‥‥」


煙草を灰皿でもみ消しながらソファに身体を預ける。


‥‥‥手詰まり。


そんな雰囲気が眞達を包んでいた。







「はぁぁ‥‥‥」


眞は1人、近くの喫茶店で考えを纏めていた。

とはいえ、2人で考えた結果、煮詰まった問題である。眞だけで解決できないことは火を見るよりも明らか。

‥‥‥これは息抜きにほかならない。


(分かってはいるんだが‥‥‥)


眞自身も時間の浪費であることは理解している。詩音も何処かへ出掛けていた。

恐らく今は朱鷺の工房にいるだろう‥‥‥息抜きのため、2人で愉しんでいる筈だ。


手元のホットサンドに手を伸ばす。その後、珈琲を飲む。

パンの香ばしさと歯切れのよい食感、ハムの塩気とチーズの濃厚な旨味が一体となって口の中に広がる。


味の余韻を軽やかな苦味がさらっていく。珈琲単体で飲むよりも、何かと一緒に飲む事を想定した味わいだ。

苦味と香ばしさ、渋みと甘みのバランスが非常に良い。


(胃に沁みるな‥‥‥)


しみじみ思う。適度に胃酸が分泌されており、胃内の消化が促されている気がした。


煙草を吸う。今や珍しい、喫煙可の店内。微かに漂う煙の香りが珈琲の香りと混じり、独特な芳香を作り出している。


(珈琲の香りを打ち消しているかもしれんが‥‥‥悪くないんだよなぁ)


鈍くなった鼻で珈琲の香りを楽しむ。

最初よりも鮮烈な香りは感じないが、鼻の奥をくすぐる渋い香ばしさが、眼下にある黒い液体を求めさせる。


「‥‥‥ん?」


ポケットに入れたスマートフォンが震える。

手に取って見ると、そこには知らない番号が。‥‥‥非通知ではない。


(依頼か‥‥‥?)


数日前から詩音に許可を取り、外出中は事務所への電話を、眞の電話に転送されるように設定していた。そちらのほうが都合が良いと詩音も判断していた。


「‥‥‥黒羽便利屋です」


「‥‥‥貴方達に依頼を頼みたい。‥‥‥荷物を運ぶだけ。中身は薬物では無い‥‥‥とある美術品だ。それを依頼したいが、どこで打ち合わせが出来る?」


電話の相手は抑揚の無い声で話している。依頼の内容は美術品の運搬。薬物では無いことも事前に教えてくれている。つまり、依頼人は黒羽便利屋の事をある程度は知っている人間、ということになる。


「わかりました‥‥‥では事務所の場所をお伝えしますので、そちらに来て頂くことは可能でしょうか?」


「ああ、構わない。場所は?」


依頼人へ事務所の住所を伝える。

依頼人はその場所であれば1時間程度で向かうことが出来ると返答していた。眞はその依頼人と合うことを決め、喫茶店を後にした。







「‥‥‥‥‥‥ん、んんぅ‥‥‥あぁ‥‥‥ここは‥‥‥?」


目が覚める。

薄ぼんやりした視界の先には暗い部屋が広がる。

頭に重い霧がかかっており、正常に働かない。

そんな頭でもここが事務所では無いことは理解できた。


(動けない‥‥‥?!)


眞は椅子に座らされ、そのまま紐のようなもので縛られていることに気が付く。頑丈なもので固く縛られているため、自力で解くことは難しいと悟る。


(確か、事務所で依頼人会ってから、挨拶‥‥‥珈琲を出した‥‥‥話をしている間に、少し席を立ち‥‥‥なるほど、やられた‥‥‥)


席を離れていた間に、依頼人から薬を盛られた。

眞はそれに気が付いたが‥‥‥もはや後の祭りだ。


「目が覚めたか」


背後から男の声がする。

そこまで年月を感じさせる声質ではない。恐らく眞と同年代か少し上くらいだろう。


「‥‥‥ここ、は?」


「どこかの廃墟ビルだ。詳しくは知らない」


眞の質問に律儀に答えてくれてはいるが、友好的な雰囲気ではない。


「あんたは‥‥‥」


「お前には関係ないな‥‥‥」


「‥‥‥」


誰が、何のために、ここは何処だ‥‥‥など。眞の頭の中で思考がないまぜになる。

しかし、冷静さは失わない。


(このタイミング‥‥‥天城製薬か?)


詩音と出会ってから天城製薬の人間以外に、恨みを買うような真似はしていない。それに表立って相手と対峙するような依頼も無かった。


(そう、考えるのが自然か‥‥‥俺は‥‥‥その人質)


狙いは見えた。安西と梶原のデータだ。眞はそう考え、背後の男から出来るだけ情報を引き出す。


「天城製薬か‥‥‥」


「‥‥‥どうだろうな」


反応は薄い。自分からやすやすと名乗る馬鹿はいないだろう。だが、眞は今の遣り取りで十中八九天城製薬の人間であると確信した。


(少し動揺した気がする‥‥‥こういったことには慣れていないな?)


眞自身も鉄火場には慣れているわけではない。

しかし、そういった経験の豊富な人間が傍にいる。それだけでもこういった場面での心構えは違ってくる。


「データが目的か‥‥‥」


「‥‥‥」


返事はない。だが目的はデータであることは分かっている。


「‥‥‥‥‥‥あんた、天城悠生の手下か?」


「‥‥‥手下‥‥‥だと?」


声の質が変わる。勘に触った様だ。

一般人を無理矢理拘束する奴らだ。それに加えて、動けない状況。

普通に考えるのであれば、この行動は危険過ぎるであろう。

だが、眞は更に言葉を続ける。


「わざわざ俺みたいな一市民をさらって、拘束する輩だ‥‥‥禄な奴では無いだろう。‥‥‥まさか、天城製薬の上層部が絡んでいるわけでもあるまいしな」


「喋りすぎだ‥‥‥」


後頭部を硬いもので殴られる。

背後に潜む気配に動揺が広がる雰囲気を感じた。


「誰が、あの腰巾着の‥‥‥」


(くっ‥‥‥‥‥‥何だ、この雰囲気は?‥‥‥それに、奴の言葉は‥‥‥)


思ったよりも痛みは無いが、苦痛に悶える振りをする。

それよりも気になる事がある。殴られた瞬間の室内の雰囲気と、男の呟き‥‥‥


‥‥‥後者の方はともかく、今のように感情に任せて後頭部を殴り、もし眞を殺してしまったら‥‥‥と考えている人間がいる。


つまり、眞には人質としての価値がある。

‥‥‥いや、データを手に入れるまでは必要、ということだ。


(‥‥‥俺が死ぬと不都合だと?‥‥‥なら、多少の無茶は効くか?)


そう考えた眞は更に挑発を繰り返す。


「あんたも‥‥‥大変だな‥‥‥俺みたいな奴の、相手なんか‥‥‥させられて」


「‥‥‥‥‥‥いや、そうでもないさ」


(食い付いた‥‥‥)


予想通り、プライドが高い人間だと確信する。そうであれば、やりようがある。


「何か、メリットが‥‥‥」


「ああ、はっきり言うが、お前の持っている情報が欲しいんだよ‥‥‥どうだ?金で譲ってくれるのであれば一番楽なんだが‥‥‥?」


「‥‥‥いくらだ」


「1億でどうだ?」


「‥‥‥それは良いな‥‥‥だが、貰える保証は?」


「‥‥‥お前たちが口を噤む、と約束するのであれば‥‥‥必ず支払おう‥‥‥何、信頼が大切な業界にいるのでね?」


「‥‥‥‥‥‥即決は出来ない‥‥‥だが、もう1人の仲間に口利きは出来る」


「それで構わないさ‥‥‥」


「‥‥‥じゃあ、交渉成立だ。‥‥‥あんたの名前は?‥‥‥相手が分からないと口利きが出来ない。仲間にも信頼してもらわないと困る」


「‥‥‥‥‥‥まあ、いいだろう。だが、他言無用だ」


男が1枚の名刺を後ろから見せる。


「天城製薬‥‥‥統括部長?随分大物だな‥‥‥」


「名前は伏せておこう‥‥‥念の為に」


男は指で名前の部分を伏せる。役職名だけ分かる様にしていた。

中々小賢しい事を考えるやつだと、眞は思う。


「‥‥‥どうせ調べても分からないさ」


「だろうな‥‥‥ネットでも情報は規制しているのでね」


男は名刺を戻す。

プライドが高い男だ。今の遣り取りは真実であろうと考えた。


(違ったところで、構わん‥‥‥)


必要な情報は得た。後は詩音に助けを求める。


‥‥‥眞自身、助けを求める前提で動くことは情けないと思う。

だが、詩音が相手であれば、そんなことは微塵も思わない。


詩音を巻き込むから、危ないから、迷惑になるから‥‥‥なんてことを考えるのもおこがましい。既に迷惑を掛けている。

であれば、少しでも情報を持ち帰るために、速やかに助けを求めるべきだと眞は考えた。

自分よりも遥かにこういった場面に慣れている筈だ。下手に自分で対処するよりも、詩音に一任した方が確実だ。


(まあ、情けないことには変わらんかぁ‥‥‥)


自分のちっぽけなプライドと現実の優先度を比べて、妥協する道を選ぶ。


‥‥‥大人になるとは、こういう事さ。と、自分を無理矢理納得させた。


「電話を、したい‥‥‥」


「ああ、少し待て‥‥‥」


眞のスマートフォンを操作し、詩音の連絡先に電話を掛ける。

スピーカーモードにしたようだ。

眞の所まで、はっきりと聞こえる。


数コール後。

聞き慣れた、気怠げな声が響いてきた。







「‥‥‥‥‥‥電話か?」


ベッドの中にいた詩音が枕元のスマートフォンに手を伸ばす。


腕の中には朱鷺が疲れ果てて眠っている。

‥‥‥事が終わり、生温い倦怠感の中、詩音も少し眠ろうとしていた矢先の事であった。


「‥‥‥‥‥‥何かあったのか?」


スマートフォンで通話をする。


『‥‥‥君の相棒を預かっている‥‥‥黒羽詩音』


「‥‥‥‥‥‥用件を言え」


眞に何かが起こった。‥‥‥それを瞬時に理解する。


『話しが早くて助かるよ‥‥‥君たちが手に入れたデータ全てを譲って頂きたい‥‥‥君の相棒は、了承済みなんだが‥‥‥』


「‥‥‥替われ‥‥‥」


『そのままでも聞こえるよ‥‥‥ほら』


『詩音さん‥‥‥すみません‥‥‥』


「無事か‥‥‥?」


『頭が、痛い、くらいです。殴られました‥‥‥』


詩音は眞の嘘に気が付く。

そんなこと、まず言うはずがない。

‥‥‥つまり、眞には何かを考えがある、詩音はそう考えた。


「何を要求された‥‥‥」


『データです‥‥‥一億で、売って欲しいと‥‥‥』


「‥‥‥分かった‥‥‥お前の命は変えられん‥‥‥金は、確実に手に入るんだろうな?」


『ええ、それは必ず‥‥‥こちらとしても事を大きくしたくはありませんから』


「‥‥‥約束しろ‥‥‥それならデータを持っていってやる‥‥‥場所は?」


男から場所を伝えられる。

詩音がいる場所からは少し遠い場所だ。


「‥‥‥少し遠いな‥‥‥急いで行くが‥‥‥猶予は?」


『12時間以内には』


「ありがたい話だ‥‥‥分かった。今から向かう」


『交渉成立、ですね』


「ああ‥‥‥こちらもデータは渡す。だから金と仲間を、必ず渡すことだ‥‥‥」


『そうしたいものです』


通話が終わる。

そんな雰囲気が流れた瞬間、気配が一気に変わる。


『詩音さんっ!!相手は天城製薬、統括部長です!!』


『‥‥‥余計な口を‥‥‥』


『ぐぅっっ‥‥‥』


硬いものと同時に、大きなものが倒れる音が響く。


「‥‥‥怪我はさせるなよ」


『今のは‥‥‥不可抗力でしょう?‥‥‥それに、少しだけ痛めつけただけですよ。では、これで‥‥‥』


通話が切れる。


「最低限の仕事はしたな‥‥‥」


小さく笑い、朱鷺の肩から腕を離す。


「‥‥‥んんぅ‥‥‥」


動きに反応し、身じろぎする。

その際に金髪が横に流れ、端整な顔立ちが顕になる。

詩音の目から見ても、朱鷺は美人の部類に入る。

‥‥‥ただ、背丈と身体の厚みがあれば、美女の部類に入るのだが。


「‥‥‥」


さらさらとした金髪を手で優しく払いのけながら、頬に口付けをする。


‥‥‥軽い、親愛の口付け。

情事を終え、甘いしとねから非日常へ戻るための区切り。


「‥‥‥‥‥‥」


優しい瞳で、眠り続けている朱鷺を見つめる。


ベッドから抜け出る。

‥‥‥優しい色は消えた。

いつもの気怠げな表情と、それに反して鋭い瞳に戻る。

下着を身につけ、シャツに袖を通す。

そしてとある人物に連絡を入れる。


「‥‥‥‥‥‥依頼だ。‥‥‥1人、救出したい奴がいる。襲った相手は‥‥‥‥‥‥天城製薬、統括部長」


敵の名前を告げた瞬間、電話口の人物が息を飲む。


「‥‥‥そうか、なら丁度良いな‥‥‥奴も‥‥‥私の敵だ」


通話を切る。

電話口の相手とはこれから依頼の打ち合わせに入る。




朱鷺の工房を後にする。

詩音の操る黒い大型バイクの行く先は、何の変哲もない喫茶店。


‥‥‥奇しくも、さらわれる直前まで眞がいた喫茶店であった。


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