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だらしのない復讐者と共犯者になった男 〜INDE ”VENGEANCE“ DAY〜   作者: 岩波備前
『烈火』

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31話

「では、当時の話をしましょうか‥‥‥」


梶原の自宅。

眞と詩音の前には梶原が座り、当時の事を話し始めようとしていた。だが、眞がそれを止める。


「••••••その前に、確認したいことがあります」


「••••••どうぞ」


「梶原さんは、黒羽製薬で働いていたんですよね‥‥‥では、捏造データについてご存知でしたか?」


話しを聞く前の前提条件。

••••••梶原は詩音の敵なのか。


それをはっきりさせたかった。


「‥‥‥‥‥‥ええ、知っていました」


「‥‥‥いつからですか?」


「‥‥‥‥‥‥最初から、です」


捏造に関与していた。

••••••つまり、詩音の敵だ。

それを察した詩音は、殺気立つ。


「‥‥‥お前‥‥‥?!」


「詩音さん、待って下さい‥‥‥」


詩音の服を引っ張る。

一瞬、眞を睨みつけるが平静を取り戻す。

判断するには、まだ早い。


「‥‥‥何があった」


「全て、お話します」


詩音は梶原の言葉どころか、一挙手一投足を見逃さないように睨め付ける。


それを静かに受け止めながら、梶原は過去を話し始めた。







黒羽製薬の前進となる会社は、黒羽幹久の祖父が興した会社であった。

元は発酵食品や健康食品を取り扱う小さな工場から始まり、2代目の黒羽幹久の父がそれまでのノウハウを元に、研究者を募って薬剤の研究を開始した。

その姿を見て育った黒羽幹久が父の跡を継ぎ、本格的に製薬会社として成長していった。

大学時代に知り合った友人達を通じて研究者を集めたり、そのツテで海外からも人材を集めていた。その中には安西も含まれていたらしい。


‥‥‥梶原はその時期に入社していた。


3代に渡って薬剤に関わってきたとはいえ、他の製薬会社と比べて新興の会社だ。圧倒的にノウハウも足りず、知名度も少ない。

そのため、梶原が外部への広告を打ったり、国内外で黒羽製薬の名を売り出していた。

社内での精力的な働き振りが幹久の耳に入り、自分の部下として傍に置くようになった。


黒羽とは比較的年齢が近く、考え方も似通っており、とても気が合ったそうだ。

それからお互いに仕事をしつつ、信頼を深めていった。


••••••そして研究者達を始め、幹久や梶原の努力のかいもあり、新薬開発へ漕ぎ着ける事が出来た。



しかし、その数年後。

全てを変える出来事が起きる。



『癌‥‥‥ですか?』


『はい、奥様は既にステージ3に‥‥‥このままではステージ4へ移行する可能性は非常に高いと思われます』


梶原の妻••••••真衣まいが、重度の癌に罹患していた。

大腸や肺、子宮など。原因を特定しようとしたがそれすら分からず。いつの間にか様々な部位で癌の転移が見られていたそうだ。


『どうして‥‥‥こんな事に‥‥‥』


梶原は少しずつ弱っていく妻に対して何も出来ず、ただひたすらに時間を浪費する日々を過ごしたそうだ。


そんな時、1つの希望が見え始める。







『梶原くん、ようやく‥‥‥夢の治療薬が完成するぞ!』


『それは‥‥‥本当ですか?!』


幹久に呼ばれた梶原は耳を疑ったそうだが、幹久の話を聞き、データを見た所、疑心が希望に変わったそうだ。


••••••なんでも、転移した癌の細胞に反応し、その細胞だけを殺すホルモン剤の開発に成功。

試作段階ではあるが、マウス実験では成功率は8割を超えているとデータが取れていた。

••••••だが、その人体を使った臨床データは取ることが出来ていなかった。


『これが完成したら‥‥‥助けられる』


自身の妻も癌に侵されていたため、新薬への期待は人一倍であった。


しかし、その希望を打ち砕く事件が起こった。







『新薬に‥‥‥副作用が見つかった‥‥‥』


『どういうことですか?!』


『ある病院のがん患者と入念にコンセンサスを取り、全面的なバックアップをした上での新薬の試用を行ったんだ‥‥‥癌は確かに縮小傾向にあったらしい、しかし‥‥‥肝臓や腎臓に負担が大きいものであったんだ‥‥‥だから、今の新薬では‥‥‥』


『そんな‥‥‥』


『だが、これで終わりではない。協力してくれた患者からも要望があってね‥‥‥この新薬の開発は継続出来るんだ‥‥‥本当に、彼らには頭が上がらない‥‥‥』


新薬の試用を受け入れたがん患者は『自分たちが駄目でも、これからの人達に役立てて欲しい』と強い希望が合ったそうだ。


‥‥‥薬の効果だけではなく、幹久の熱意に動かされた部分があるのだろう。

決意を新たに、新薬の開発に向かう幹久とは対照的に、梶原は失望と焦りを感じていた。


『それでは‥‥‥間に合わない‥‥‥』


梶原は妻の病気について話はしていたが、それが癌であることは説明していなかった。


新薬開発の重要な時期に、幹久へ余計なプレッシャーを与えたくは無かった。


『‥‥‥社長に、正直に話すしか‥‥‥』


妻の命と新薬の開発。

両天秤にかけて思い悩んでいた時、悪意の手が梶原の身に手を伸ばす。







安西が梶原に1つの提案をする。


『‥‥‥実は‥‥‥他社の協力を得て、実験した結果‥‥‥そちらでは、成功したんですよ』


『なんだって‥‥‥?』


『私の知り合いに癌の研究をしているものがいまして。その男に協力を仰いだ所、同じ様に新薬の試用を受け入れてくれるという患者が‥‥‥そしてその患者に対し、新薬を投与した所‥‥‥副作用もなく、癌の縮小に成功しました』


『これは‥‥‥確かに』


安西から受け取ったデータには、当初から想定されていた範囲での数値上の変動はあったものの、その効果は絶大であった。


『‥‥‥私達の方では早期に新薬を世に出したいんです‥‥‥世間に受け入れられれば黒羽製薬も経営を持ち直しますし••••••何より癌で苦しむ患者が、1人でも減る可能性があるんです』


『がん患者が‥‥‥減る‥‥‥』


『そのためには、この書類に認証印が必要なのですが‥‥‥黒羽社長は、最初のデータで開発の継続を望んでいます‥‥‥それではあまりにも遅いかと‥‥‥』


この時期の黒羽製薬は新薬開発に全力を注いでいる。そのため赤字が続き、近い将来に会社が傾きかねない状況に陥っていた。


それを深く理解していた梶原は、安座の言葉に正常な判断を下すことが出来なかった。

それに加えて‥‥‥



『‥‥‥真衣を救うことが出来るかもしれない』



希望を失い、暗闇の中にいた梶原に差し伸べられた新たな希望の手。


それが紛い物であると見抜けなかったことは、誰にも責めることは出来ないだろう。


その後、幹久から信頼されていた梶原は、幹久の印を盗み、安西のデータに押印してしまった。


『これで‥‥‥真衣を‥‥‥』


••••••妻も会社も救うことが出来る。


しかし、その2週間後。

梶原の見た、幸せな夢が醒める事件が起きた。







『捏造‥‥‥?‥‥‥どういう事だ‥‥‥?!』


緊急速報で黒羽製薬の捏造疑惑が報道された。

新薬開発をしていた黒羽製薬が臨床データを改ざんし、捏造したものを元に新薬をがん患者に使用していたと発表されていた。


『こんなの出鱈目だ!』


報道を信じることが出来なかった梶原は安西に連絡を取ったが、音信不通。

すでに黒羽製薬を辞していた後だった。


直ぐに幹久に呼ばれた梶原はある辞令を受けた。


『梶原くん‥‥‥申し訳無いが••••••本日で君を解雇する』


『‥‥‥何故、でしょうか‥‥‥』


梶原は自分の行った事が幹久に知られてしまったか、と諦めていた。


‥‥‥だが、違った。


『君には‥‥‥泥舟から逃げてもらいたい‥‥‥長い間、私を支えてくれてありがとう』


『••••••••••••黒羽社長』


ここでようやく気が付いたらしい。

自分を信じてくれた人を裏切ってしまった、と。


『それと、最後に頼みがある‥‥‥これから私に何かあったら‥‥‥これを読んで欲しい』


幹久から手紙を1枚受け取る。


自己嫌悪に苛まれながらも、自宅へ戻り、幹久に動きがあったら中身を確認することにした。







『‥‥‥駄目だ‥‥‥あの人に嘘は付けない‥‥‥』


梶原は良心の呵責かしゃくに苛まれた結果、幹久に全てを話すことに決めた。


『自分はどうなっても良い‥‥‥黒羽社長に殺されても‥‥‥文句は言えない』


決死の覚悟で幹久に全てを話すことにした梶原が会社に戻り、社長室についた時には全てが終わっていた。


『黒羽‥‥‥社長‥‥‥?』


••••••社長室のデスクにもたれかかるように死んでいる幹久を発見した。


デスクから床にかけて赤黒い血が流れている。

手には拳銃が握られており、こめかみには銃痕が残されていた。


『‥‥‥‥私の、せいだ‥‥‥』


絶望に打ちひしがれる梶原は、幹久の死体から目が離せなかったが、その時幹久から受け取った手紙の事を思い出した。


『手紙‥‥‥そうだ、見なければ‥‥‥』


半ば茫然自失状態のまま手紙を開く。

そこには‥‥‥


『近い内、私の身に何かがあるかもしれない。その時は証拠は残す。後は頼んだよ』


といった内容が残されていた。

その手紙を見た瞬間、何も確証は無かったが、まだ熱の残る幹久の服を探り••••••見つけたそうだ。


―――全ての元凶に繋がる、証拠を。







「その後直ぐ、妻には先立たれてしまったよ‥‥‥でも、息子はそんな辛い状況でもくじけず立派に育ってくれた‥‥‥子どもも生まれたそうでね‥‥‥••••••結局、私は幸せになったのかもしれないね」


••••••そこで梶原の話は終わる。


黙って聞いていた2人のうち、眞が口を開く。


「証拠は‥‥‥あるんですか?」


「••••••ええ、こちらです」


自宅に戻ってきてから少し席を離れていた時間があった。その時に用意したものだろう。


手のひらサイズの機械を渡された。

詩音が以前に使用したものよりも大きいが‥‥‥それは録音用の機械であった。


「そこに、証拠が入っています‥‥‥社長を殺した犯人‥‥‥天城悠生と黒羽所長の遣り取りが」


「何だって‥‥‥!」


「詩音さん‥‥‥?!」


詩音が梶原の胸ぐらを掴む。


「何で、こんなものがありながら‥‥‥お前は‥‥‥!」


眞が止める間もなく、梶原に詰め寄る。

梶原はそんな詩音から目を逸しながら呟く。


「‥‥‥私には、その資格がありません」


「‥‥‥ふざけるなっ!元はと言えばお前が‥‥‥」


「詩音さん‥‥‥っ」


今にも梶原を殺しかねない詩音の身体を引き剥がす。


「くっ••••••離せぇっ!!眞っ!!‥‥‥」


眞の腕の中で暴れるが‥‥‥その力はあまりにも弱い。


(今迄ずっと‥‥‥こんな身体で‥‥‥)


眞にとって、詩音は遥か遠くにいる強い人間であった。

裏社会にも通じ、誰に対しても臆さない。

それでいて、自分の信念を貫き通す実力と精神がある。


‥‥‥けれども、そうでは無かった。


詩音は弱さを補うために努力を続けていたに過ぎない。

命を掛けた綱渡りをしながら、復讐相手に立ち向かう。


••••••つまり、いつ死んでもおかしくはない人間だった。


「詩音さんっ!!」


「‥‥‥っ?!」


腕の中の詩音を強く抱きしめる。

眞の声と腕の強さに正気を取り戻す。


「私は‥‥‥黒羽社長を裏切った時点で‥‥‥幸せになる資格は、無かったんです‥‥‥」


眞と詩音の目の前。

梶原はそのままの姿勢で涙を流しながら項垂うなだれていた。


「‥‥‥くそっ‥‥‥何で‥‥‥そんな」


怨みがましい瞳を向けながらも、それ以上の事はしない。


「詩音さん‥‥‥」


詩音は決して人でなしでは無い。

寧ろ人の心が分かる人間だ。


だからこそ、贖罪すら出来ずに苦しんでいた人間を前にしたら、何もできなくなってしまう。


‥‥‥眞にはそれが分かっていた。







「‥‥‥眞。離せ‥‥‥痛い」


「あっ‥‥‥す、すみません?!‥‥‥でも‥‥‥」


「‥‥‥もう、手は出さん」


「は、はい‥‥‥」


詩音の身体から手を離す。


「‥‥‥ふぅ」


「‥‥‥梶原‥‥‥私はお前たちに父と母を奪われた‥‥‥」


梶原を見下ろしながら、淡々と語りかける。


「はい‥‥‥」


「‥‥‥私はお前を絶対に許さない」


「ええ‥‥‥何をされても、文句は言えません」


「‥‥‥‥‥‥だからこれを受け取ったら、お前の前から消える••••••顔も見たくない‥‥‥」


「‥‥‥それは‥‥‥」


梶原には何もしない。怨みも残さない。

自分の罪に怯える必要すら無い。


••••••だが、それは慈悲では無かった。


「‥‥‥‥‥‥私の中で、梶原という男は、20年前に死んだ‥‥‥それだけだ」


「‥‥‥‥‥‥そうですか‥‥‥私は、社長の娘さんにも‥‥‥‥‥‥裁かれることは無いんですね‥‥‥」


詩音は梶原の思いを汲むと同時に、許す機会すら与えないと断言した。


それは梶原にとって、贖罪すら許されないという‥‥‥最も重い罰であった。


「‥‥‥••••••」


「••••••行くぞ、ここにはもう用は無い」


「はい‥‥‥」


部屋の中で、静かに後悔の涙を流す梶原を背に、眞と詩音はその場を後にした。

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