第4話 恋と誤解と、リィナの秘密
朝の空気は澄んでいて、冷たくて、胸の奥に染み込む。
焚き火の名残がまだかすかに残る中、私はゆっくりと目を覚ました。
横を見ると――リィナが、私の腕を抱くようにして眠っていた。
……心臓が止まるかと思った。
ふわふわの耳、寝息とともに揺れる金色の髪。
すべすべの頬が触れそうな距離。
ああ、これこれ。こういうのを夢見てたんだよ、私……!
でも。
「……近い、近いってばぁぁぁぁ!!」
思わず飛び起きたら、リィナもびっくりして起き上がる。
「な、なに!? 敵!?」
「ち、違う!いや、そうじゃなくて……!」
顔が真っ赤になるのを感じながら、あたふたと手を振る。
リィナは不思議そうに瞬きをしたあと、小さく笑った。
「……アリア、可愛い」
……その一言で、完全に終わった。
脳がとろけそうなくらい、心臓がドクンドクン鳴ってる。
(や、やめてくれ……!俺、じゃなくて、私の心臓が持たない……!)
それからの日々、リィナはどんどん元気になっていった。
森の薬草を覚え、狩りにも少しずつ出られるようになった。
けれど、村では噂が広まっていた。
「アリア、あの獣人の娘を囲ってるらしいぞ」
「見たか? あの距離感、恋人みたいだったぜ」
「おいおい、アリアは俺らの天使だろ!」
うわあ……面倒くさい方向に行ってる。
別に囲ってるわけでも、恋人でもないのに!
でも弁解するのも違う気がして、私は曖昧に笑ってごまかした。
リィナはそんな噂を気にしていないように見えた。
けれど夜、焚き火の光の中で、ぽつりと呟いた。
「……アリア、怒らない?」
「ん? 何を?」
リィナは耳を伏せて、目を伏せる。
「わたし、本当は……奴隷印を持ってる」
その言葉に息をのむ。
見せてもらうと、首筋の後ろ、薄い刻印があった。
獣人を縛る呪印。逃げても見つかる、恐ろしいもの。
「でも、ここでは誰も気にしないさ」
「本当に?」
「うん。少なくとも、私はリィナを仲間だと思ってる」
そう言うと、彼女は目を潤ませて笑った。
「……ありがとう。アリアに出会えてよかった」
その瞬間、胸の奥がギュッと締めつけられる。
(どうしてこんなに、嬉しいんだろう)
次の日、村に見知らぬ男たちが現れた。
獣人奴隷を探しているという。
「金で買い戻すつもりはない。元の持ち主に返してもらうだけだ」
その冷たい声に、背筋が凍る。
リィナの手が震えている。
「アリア……わたし、怖い」
「大丈夫。絶対に渡さない」
私は剣を抜いた。
この世界に来てから初めて、心の底から“守りたい”と思った。
男たちが近づいてくる。
「女のくせに、剣を抜くのか」
「うるさい!この子に触るな!」
その瞬間、身体が勝手に動いた。
軽く跳び、相手の腕をはじく。
剣の感触が手に馴染む――あれ?
私、剣なんて扱えたっけ?
刹那、空から「チューニング完了~」という軽い声が聞こえた。
「え、え? 神様!?」
『戦闘スキル、遅れて付与しましたー! “守護者Lv.3”です!』
「タイミング悪すぎるよ!!」
叫びながらも、私は敵を倒し、リィナを守り抜いた。
男たちが逃げ去ったあと、リィナがそっと私に抱きついた。
「アリア……ありがとう」
彼女の体温が、火照った胸の奥に広がっていく。
(ああ……この子を、もっと守りたい)
そう思った瞬間、自分の中で何かが確かに変わっていた。
夜。
リィナが眠ったあと、私は空を見上げて呟く。
「……ねぇ、神様。もしかして、これも“設定ミス”?」
しばらくして、かすかな笑い声が聞こえた。
『ふふっ、恋愛フラグ、立っちゃいましたね~』
「立てた覚えないんですけど!!!」
森に、私の悲鳴がこだました。




