怪盗クックロビンからの予告状 ⑨
「すまん遅くなった……碧は?」
「今裏で顔洗ってます。」
「コーヒー淹れますね。」
舞い戻ってきた蓮月さんが、事務所に入るなり開口一番そう尋ねた。
僕たちの答えにかすかに首を傾げつつも、そうか、と頷く。
すぐに柊野君が差し出した大きめのマグカップを受け取って椅子に腰かける。
心配そうな声の響きと裏腹に、コーヒーをすする姿は落ち着いて見える。
きれいに片付けられた机の上をみて、もう少し食べたかったな、なんて零す余裕すらあるようで。
「冷蔵庫にしまってあるから、後で食べようぜ。俺もちょっと食べたりない。」
「ん、あぁ。炭水化物が欲しいよな。」
「だよな。ヒロがご飯炊いてくれてるよ。」
「楽しみだ。」
するりと音もなく出てきた桜庭さんを見ても、ほんの少し声のトーンが上がっただけであとはいつも通り。
さっきまで随分重い空気を生み出していた自分がちょっと恥ずかしくなる。
僕もいつかこんな風に、そっと誰かの傍にいる人になれるだろうか。
「そんで? 今後の対策は打てたか?」
「あぁ。とりあえず青の警察手帳の犯人は警視庁で身柄を保護することになった。」
「犯人は説得できたのか?」
「多少無理やりだがな。犯人の同意のもとなら伸ばせる日数だ。青の警察手帳は犯行数も多いからな、不自然じゃないだろう。」
「ならよかった。警備の方は?」
「予告状に上げられていた屋上にかなりの人員が割かれてる。当日は犯人も屋上から辿り着きにくい部屋で待機してもらう予定だ。」
「そうか。うまくいきそうか?」
「正直分からない。怪盗クックロビンの実力がどれほどのものか完璧にはわからないからな。それでだ。」
マグカップを机に置いて、蓮月さんがしっかりと桜庭さんを見据えた。
きょとんと桜庭さんの目が丸くなる。
なんだ? と傾げられた頭から、束ね損ねた髪が一房揺れ落ちる。
「捜査に参加してほしい。」
「……俺が?」
「あぁ。当日、俺と警備にあたってくれないか。特務係は遊撃隊だから、どこに配属されるとは言えないんだが……。」
ぽかんと問い返してから、桜庭さんはゆっくりと顔を下ろした。
揺れる毛先を見ながら話し続ける蓮月さんの声が立ち消える。
……その言葉は、桜庭さんには酷なのだろうか。
かつてそこで働き、弟が離れ、自分も辞めてしまった場所に来てほしいというのは。
それとも嬉しいものなのだろうか。
警察をやめた今でも相棒と呼んでくれる存在が、自分の力を求めて手を差し出しているのは。
俯いたまま何も話さない桜庭さんは、何を考えているのか、全く分からない。
わからないけど……タイミングが最悪だってことは僕にもわかる……!
さっき、ついさっき、警察にいた頃のしんどい話を打ち明けてくれたばっかりなんですよ!
それなのにちょうど今こんな話します!?
いや分かってる、蓮月さんは悪くない、悪いとするなら僕の方。
分かってるけどどうして今なんだって思わずにはいられない……っ!
じっと沈黙する桜庭さんを、蓮月さんが黙って見つめている。
どうしたと尋ねることも、答えを急かすこともなく、ただ見つめて、待っている。
それに気づいているのかどうか、桜庭さんはやがて小さく口を開いた。
「……行ってもいい。」
「助かる。」
「ただ、一つ頼みがある。」
「なんだ?」
顔を上げた桜庭さんは、まっすぐに蓮月さんを見上げた。
かすかに揺れる青色の瞳は、緩やかに打ち寄せる波のようで。
……いくら相棒の頼みでも、無理はしないでほしい。
無理やりに語らせた僕が言えることじゃないけど、駄目なときは駄目だって、ちゃんと。
「桜庭さんっ」
「クックロビンに会えたらサイン貰ってもいいか!?」
「桜庭さん?」
「碧……。」
キラキラと輝く目は、夏休みを前にした子どものようで。
なんか僕の想像してた感じと違う、けど、元気そうならそれでいいのか? と納得しかけて慌てて首を振る。
いやそりゃね、僕もクックロビン嫌いじゃないし、何かの巡りあわせで貰えるなら貰いたいものだけど! 蓮月さんだって警備を頼んだ相棒がこんな心構えじゃ怒るに決まって……
「色紙は各種取り揃えておいた。好きなのを選ぶといい。俺はスタンダードな真四角にする。」
「蓮月さん?」
「やったー! 俺何にしよっかなー! 今から見に行ってもいいか?」
「これからか? 手続きがいるからな……当日早めに入るんじゃ駄目か?」
「それでもいいぜ! あっ、ヒロとモネもついて来てもらっていいよな?」
「僕たちもですか!?」
当たり前のように名前を呼ばれて、大きな声が出る。
隣で静かに立っている柊野君もさすがに驚いたのか、小さく首を傾げた。
「俺たちも、サインいただいて良いんでしょうか。」
「柊野君まで……!?」




