怪盗クックロビンからの予告状 ⑦
一度捜査本部と今後を話し合ってくる、と警官二人が出て行ったあと。
おずおずとカウンターから顔を出した柊野君が、あたたかいお茶を差し出しながらそっと目を伏せた。
「すみません、裏口から入ってこられて……声を掛けようかと思ったのですが……。」
「いやいいよ。何もされなかったか?」
「はい。たまたま奥にいた時だったので。」
「それならよかった。」
ずず、と音を立ててマグカップを傾ける桜庭さんに、柊野君が小さく頭を下げた。
多分、椋折さんのこと……だと、思う。
入ってきたときにドアベルの音は聞こえなかったし、以降ずっと柊野君は出てこなかったし。
「あの……聞いても、いいですか。」
「いいよ……っていうか、この状況じゃ聞きたいことは決まってるか。……椋折のことだろ。」
「……はい。」
頷けば、桜庭さんが深々と息を吐いた。
青い瞳が緩く閉ざされて、また開く。
「何が聞きたい?」
「えぇと……。」
尋ねる桜庭さんの声は、少しのざわめきを包み込んだ、穏やかなものだった。
思うところはたくさんあっても、僕の問いを受け止めてくれる深い声。
許されていると、そう思う。
僕が、教えてもらったことを、いつか正しく桜庭さんに返せると信じてくれているのだと。
「椋折さんとは、どういった関係なんですか。」
「あいつは……昔、同じ部署で働いてた。っていうか俺が辞めただけで、キッカも椋折も、ずっとそこに留まってる。」
「特務係、ですか。」
「そう。俺がいた頃は十人前後で構成されてたけど、今はキッカと椋折の二人だけだ。」
「そんなに人が減るのって、よくあることなんですか。」
「ない。本当は解散させろって散々言われてるけど、あいつら絶対頷かないんだ。なまじ有能な人材だから、上も手を焼いてるって。」
辞めさせるにも勿体ないって言われてるんだってさ、と言う桜庭さんの言葉は、蓮月さんはもちろん椋折さんのことも認めているように聞こえて。
他の人が籍を移した特務係に身を置く二人のことを……かつて自分がいた部署を守り続けている二人のことを、嫌っているようには聞こえないのに。
「どうして……あんなに、遠ざけてるんですか。」
「遠ざけてる……か。確かにそうかもな。」
軽く息を吐いて、桜庭さんが頬杖をついた。
遠くを思い出すように、瞳が薄く細められる。
その口が開く、より早く。
「桜庭さんが、毎晩何処かへ行ってることと関係がありますか。」
「えっ、気、付いてたのか!?」
「初めは気のせいかと思ったんですが……毎日不自然な水の音がすればさすがにわかります。水道管を流れる水とも違う音だったし。」
「……毎晩安眠妨害してごめん……。」
「大丈夫ですよ、僕そのまますぐ寝付けるタイプなんで。」
気にしないでくださいと言い重ねれば、項垂れた桜庭さんがありがとう……と弱弱しい声を出した。
額に手を当てて、バレてるんなら仕方ないよなぁ、と小さく続けられる。
背筋を伸ばしたまま待っていれば、やがて桜庭さんが顔を上げた。
くしゃりと崩れたような、笑うのに失敗したような表情。
「特務係にいた頃、俺の相棒はキッカだった。……椋折にも、相棒がいた。」
「……はい。」
「椋折の相棒は……桜庭、空。」
低く、深く、凪いだ声。
暗く寒い、深海のような響きに、ごくりと唾を呑む。
桜庭。目の前のこの人と、同じ苗字。
分かり切った答えを疑う脳に、沈鬱な声が静かに、だけど確かに染み込んでいく。
「俺の弟だ。」




