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探偵 桜庭碧と彼を取り巻く日常について  作者: 風蓮
第一話 ようこそ、桜庭探偵事務所へ。
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ようこそ、桜庭探偵事務所へ。 ⑱

少しこのまま待っていてください、と言って外へ出ていった柊野君から一拍遅れて、ドアがばたんと音を立てる。

……なんかこの光景、さっきも見たような……。

待つと言うよりぽかんと見送っていれば、すぐに開いたドアの向こうから柊野君が大きな荷物を持って戻ってきた。

その、形だけでわかる。かつて僕が愛したもの。


「これを……、受け取って、ほしくて……」

「……ギター、だよね。」


零れた声が自分のものだと気付くより早く、はい、と柊野君が頷いた。

巨大なラッピング袋に包まれたそれは、厚みからしてケースに入っているんだろう。

抱えるようにして傍まで持ってきて、縋るように僕を見る。紅潮した頬。震える声。


「俺……っ、あなたの、ギターの……ファンなんです……!」

「……えっ?」

「動画を、見ました。始めは、ギターの弾き語りをしていた、冬の……」

「ちょ、ちょっと待って。」


必死に言い募る柊野君の肩に手を伸ばす。

確かに動画は上げていた。ギターの弾き語りも、何度かやったことがある。

だけど……。


「あれ、映したの肩から下だけで、顔は出してなかったよね?」

「はい。ただ、その……。」


名前だって本名とはかすりもしないものにしてたから、僕だと特定することはできないはずだ。

強いて言うなら声に加工はしてないけど、裏声や地声より低い音を出したりもしていた。

確証を得るには弱いだろうし……。


「昨日、椿木さんの素性を調べる際、お荷物を拝見しました。」

「あぁ……そういえば。カメラのバージョンとか言ってたよね。」

「はい。勝手に覗いてすみません。それで……筆箱の中に、ピックがありました。何度も見た、ロゴが入ってた。以前、動画でオリジナルだと……だから、」

「お、おっけー、わかった。生配信か何かでそんな質問に答えた覚えある。っていうかほんとによく見てくれてるんだね!?」


はい、と力強くうなずく、短く縛った髪がしっぽのように揺れる。

正直……嬉しいと、思う。

直接ファンだなんて、言ってもらったことなかったから。

だけど、僕はもう、ギターから手を放したんだ。

独りぼっちは嫌だから。

だから。


「俺、それで……ベース、始めたり、して……全然、上手じゃないけど、いつか、あなたと演奏がしたいと思って。……だから……俺のために、このギターを受け取ってもらえませんか!」


そんな風に言われたら、断れるわけがないんだ。

深々と頭を下げる柊野君に、わかった、と答えた自分の声は、思っている以上に穏やかだった。

本当ですか! と勢いよく顔が上がる。

その後ろで桜庭さんが何度も頷いている。


「いやぁ良かったなぁヒロ。こいつな、昨日モネ君が音楽辞めたって言ったとき滅茶苦茶動揺してて。」

「……もしかして、その時桜庭さんの反応が鈍かったのは……。」

「裏でヒロが色々落としながら立ったり座ったりしてたから。」

「その節は、すみません。」

「……車の中で、やけに聞いてくるなと思ったよ……。」

「気になってしまって……音楽を、嫌いになられたわけじゃなくて、良かったです。」

「そうそう。歓迎祝いにギター贈りたいって譲らなくてさぁ、開いてる楽器店調べまわったよ。キッカにも手伝ってもらって。……ま、よかったな。」

「はい。ありがとうございます。」


嬉しそうに笑う柊野君に、桜庭さんも笑みを返す。

カウンターに戻っていた蓮月さんもコーヒーカップを傾けながら微笑んでいて、あぁ、なんか、照れ臭いけど。

それだけ喜んでもらえるならよかったなぁと……ギターに、この人たちに出会えたことは無駄じゃなかったんだと、そう思うんだ。


「それじゃ、上手く纏まったところで。」


桜庭さんが軽く手を打ち合わせた。

ぱん、と柔らかな音。

てのひらから飛び散った細かな水滴がキラキラと日の光を浴びながら、僕の周りに降り注ぐ。


「ようこそ、桜庭探偵事務所へ。」





夜。

水面に月が浮かぶ頃。

正面に立つ俺の影が、水槽に映っている。

揺れる水に合わせて輪郭の歪む、朧でいびつな影。

水は鏡になるのだと、自分の言葉が反響する。


鏡よ鏡、水鏡。

尋ねてみても、宿っているのは答えを持たない俺自身。

あの御伽話の鏡のように、知りたいことの全てを映し出すことができればいいのに。

いくらこの身が人とは違っても、会いたい人の一人も、探し出せないままで。

それでも何かが見付かるのではないかと、ほんの小さな手掛かりがないかと、毎日、毎日、水に意識を溶かしている。

たとえ、その先に待っているのが落胆だと、半ば諦めながらも尚。

奇跡を、願わずにはいられないのだ。


「……始めるか。」

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