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探偵 桜庭碧と彼を取り巻く日常について  作者: 風蓮
第一話 ようこそ、桜庭探偵事務所へ。
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ようこそ、桜庭探偵事務所へ。 ⑰

「先程はお見苦しい姿を見せてしまい、申し訳ありませんでした。」

「いやそんな。びっくりはしたけど、見苦しいとは思ってないから……。」

「せっかく初日なので、少し手を掛けた朝食を用意しようと思っていたんです。お疲れでしょうから、まだお休みかと……。」

「えっ、ご飯くらい自分で作るよ!?」

「先生の分も任せていただいているので……好きでやっていることでもありますから、良ければ食べてください。……蓮月さんも召し上がられますよね?」

「あぁ、頼む。」

「……っ、じゃあ、お手伝いだけでも! ……できること、ある?」

「……では、フライパンにバターを。」


てきぱきと動く柊野君の指示に従って、野菜をちぎったりお皿を出したり。

昨日のうちから準備してあったのか、それとも柊野君の手際がよすぎるのか、十分もしないうちに整えられた朝ごはんをカウンターへ運ぶ。

メニューはフレンチトーストとかぼちゃのポタージュ、生ハムやチーズ、半熟卵の乗ったサラダにデザートのフルーツ。

それからフレンチトーストにかけるシロップやソース、サラダのドレッシングが入った小さな器たち、銀製のカトラリー。

桜庭さんには紅茶、蓮月さんにはコーヒー、僕と柊野君の分はアイスティーを並べたカウンターの上は、まるで喫茶店のようで。


「ありがと。いただきます。」

「いただきます。」


揃って手を合わせて、さっそく一口。

……美味しい。

しっかり中まで染み込んだふわふわのフレンチトースト。塩味と卵のまろやかさ、野菜とクルトンの軽やかな食感。とろみのある甘いスープが喉を滑り落ちていく。

最後に人が手をかけて作ってくれた料理を食べたのはいつだっただろう。

柊野君の朝ごはんはあたたかくて、優しくて……ずっと奥深くまで染み渡るような、そんな味だった。



「それじゃ、食べ終わったところで、ちょっと良いか?」


空になった食器をシンクに下ろし、柊野君が淹れてくれた飲み物のおかわりを前にして桜庭さんが声を上げた。

なんだろうと顔を上げた僕に、まずはあちら、と柊野君を指し示す。


「ご存知だろうけどうちの助手。」

「はい、知ってます。」

「うん。名前がね、真尋っていうんだ。依頼人の前ではフルネーム出さないようにしてて。多分言ってなかったと思うから、紹介しとく。」

「柊野真尋です。先生にはヒロと呼ばれています。お好きに呼んでください。」

「……そういえば柊野君としか聞いてなかった……。」

「んで、俺が桜庭碧。本名です。」

「あ、はい。椿木友音です。僕も本名です。」

「椿木君の場合は苗字の方を隠しといた方が良いか。友音……モネ、でいいか?」

「良いですけど……あだ名ですか?」


少し考えて出された呼び名は、名前の一部を切り取ったもの。

椿木の姓を隠してくれるのは流石の気遣いだけど、それなら単純に友音でも良いのでは……。


「碧は人にあだ名を付けるのが好きなんだ。柊野君もヒロで、俺もキッカ。」

「呼びやすい方が良いだろ?」

「俺をキッカと呼ぶのはお前だけだ。」

「俺もキッカって呼ぶのはお前だけだぞ。」

「それは当たり前だろう。」


真顔の桜庭さんと呆れた顔の蓮月さん。

キッカ、という呼び方は、苗字の終わりと名前の初めを繋げたものだろうか。

やいやいと息のあったやり取りを交わす二人は随分仲が良さそうだけど、と思ったのが伝わったのか、桜庭さんがこちらを向いた。

親指だけで蓮月さんを指して、心なしか低い声。


「キッカとは警察にいた時に一緒だったんだ。元相棒ってやつ。」

「俺は今でも相棒のつもりだが。」

「あーはいはい。残念ながら俺はもう民間人なんで余所当たってください。それより、椿木君に渡したい物があるんだ。」


真面目に答える蓮月さんを受け流して、桜庭さんが何かを取り出した。

違ったモネくんだったと小声で言うのにちょっと笑いながら向き直る。

お椀のように広げた両手に、重みのあるものが乗せられた。

一つは、雫を象ったような小さな格子状のアクセサリー。

広めに開いた隙間から覗く中に、きらきらと何かが輝いている。


「これ……蓮月さんのピアスと同じ……?」

「おっ、よく気づいたな。中に入ってるのが水なんだ。普段は同調切ってあるけど、呼んでくれれば繋がるから。」

「えっ、なんか、大事そう……。」

「すぐ作れるから気負わなくていいよ。モネくんはピアスあいてないみたいだから、ヒロと同じネックレスにしてある。形変えたくなったら言って。それと、これ。」


桜庭さんの言葉に合わせて柊野君が服の下から鎖を引き出した。

確かに同じものが先端で揺れている。

すぐ作れる、ってつまり、僕のためにわざわざ作ってくれたってこと?

それなら、受け取らない訳にはいかない。

大事にしなくちゃ、と思う僕に、桜庭さんが手の中のもう一つを指さした。


「常日頃、できれば肌身離さず持っといて。」

「……手鏡、ですか?」

「うん。まぁおまじないみたいな、気休め程度のもんなんだけど。」


それは片手に乗るような、小さな丸い鏡だった。

大きさの割にしっかりした重さがあって、良い物なんだろうと伺い知れる。


「水は鏡って言っただろ? 映し出した先に鏡があれば、合わせ鏡になって何も見えない。だから鏡を持っていれば俺に心や考えを見られないと、そういうことらしい。」


まぁその気になれば全然押し勝てるんだけど、お互いのために持っといてよと手を握らされる。

近付いてきた柊野君がさっきと同じように胸元から鏡を出して見せてくれた。

詳しいことはわからないけど、桜庭さんと柊野君がそう言うなら、それがいいんだろう。

ありがとうございます、と頭を下げた僕に、あの、と柊野君の声。

見れば、少しばかり緊張しているようでもあって。


「俺も、椿木さんに、渡したい物があるんです。」

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