ようこそ、桜庭探偵事務所へ。 ⑯
「あ、おはよう。よく眠れたか?」
「おはよう。邪魔してるぞ。」
「おはようございます……?」
見事に晴れた青空が眩しい朝。
自由に使ってくれ、と割り当ててもらった十分すぎるほど広い部屋で着替えを済ませて一階へ下りると、二人分の声が僕を迎えてくれるところだった。
僕に背を向けていたのが桜庭さん。
その正面、昨日の僕と同じソファに座っているのが……
「えっと、警察の……。」
「蓮月だ。」
「昨日の話を改めて、ってな。」
小さく頭をさげる蓮月さんにこちらも同じ動作を返してから、桜庭さんの言葉に首を傾げる。
「何か、問題とか、ありましたか……?」
「いや、そういう訳じゃないけど。」
「大きな問題は特に。だがな、碧。お前ちょっとやりすぎただろ。」
「ん?」
「とぼけるな、ちゃんと報告入ってる。」
「ちっ。良いだろちょっとくらい、危機回避だ! 正当防衛だ!」
「まぁ拳銃を持った相手から一般人を守るため、としておいたから、お咎めはないだろうけどな。」
「さっすがキッカ、仕事が出来る!」
「だが上と俺とは違うからな。」
「さすがキッカ頭が固い。」
「……とはいえ報告を聞く限り無茶はやらなかったようだし軽く注意して終わろうかと思ってたんだが、余程腹を割って話したいようだな?」
「結構です!」
まるで嫌がる猫のように両手を前へ突き出した桜庭さんが、鮮やかな身のこなしで僕の方まで駆け寄ってきた。
軽く膝を折って耳元に口を寄せながら、僕の肩越しに蓮月さんを指さす。
「椿木君も言ってやってよ大袈裟だって!」
「……そもそも何の話ですか?」
「あっしまったこれ薮蛇?」
「僕が知ったら怒るようなことなんですか? 分かりました、話してください。」
「わかんないでほしかったなー!」
蓮月さんが簡潔にまとめてくれたところによると、問題になっているのは桜庭さんが社長を操ったくだりらしい。
と言ってもその対処自体はさっきの言葉通りお咎めはなし。
なのにどうして蓮月さんが注意をしに来たか、と言うと。
「恐らく気付いただろうが、碧の目の色が変わったように見えなかったか?」
「あ、はい。見えました。青色から、紺碧みたいな色に……。」
「あれは、碧の防衛本能なんだ。」
「防衛、本能?」
諦めたように元いたソファに腰を下ろした桜庭さんに目を向ける。
隣に座るように促されたせいで横顔しか見えないけれど、それだけでも子供のように拗ねた顔をしているのはよく分かった。
はぁーあ、なんて、わざとらしいため息。
「目って、弱点なの。攻撃されたらまずいとこ。だから、大量の水を使ったり、人の体みたいな水だけで構成されてないものを操ったり……まぁつまりちょっと集中しないといけないときとかに、無防備になっちゃうと困るわけ。」
「た、しかに……疲れるし面倒だって、言ってましたよね……。」
「そ。んで、そういう時に攻撃されても大丈夫なように、目の前に高密度の水の盾が出来るんだって。それが光の屈折率をどうこうしてるみたいで、周りから見たら色が変わって見えるってことらしい。」
「なんか他人事みたいに言いますね。」
「防衛本能って言い出したのはキッカなんだけど、言い得て妙だと思うよ。俺が意識してやってる訳じゃないんだ。そんな時に鏡見たりもしないから、自分の目の色がどう見えてるかなんてわかんないし。」
中二病みたいで嫌なんだけどなぁとぼやく桜庭さんに、やれやれと蓮月さんがため息をつく。
「その防衛本能が働くようなこと、そうそう披露されたくないんだがな。」
「ちゃんと制御はしてましたー!」
「むくれるな、報告でもそう聞いてる。俺が勝手に心配してるだけだ。」
「……あっそーだ! 昨日言わなかったんだけど、こちら椿木君、今日からうちの助手。よろしく!」
「痛っ! 照れ隠しに人の背中叩くって子供ですか!?」
「照れてなんかないけど!?」
分かりやすく顔を背ける桜庭さんに、蓮月さんと苦笑が漏れた。
子供みたいなことばっかりするのは、蓮月さんが一緒だからだろうか。
昨日の柊野君の言葉が脳裏に蘇る。
うん、そうだね。強くならなきゃね。
僕たちの前でもこんなふうに、笑って拗ねて、楽しそうにしていてほしいじゃん。
守られてばっかりなのは、悔しいじゃん。
「……そういえば……柊野君は来てないのか? いつもならもうとっくに来てる時間だろう。」
「あぁ、ちょっと買い物してから来るって。そろそろだと思うけど。」
カウンターの方へ目を向けて、蓮月さんが口を開いた。
なんか用だった? と首を傾げた桜庭さんに、いや、気になっただけだと蓮月さんが答える。
そっか、柊野君は家から通ってきてるのか。
どの辺りに住んでるのかは分からないけど、この時間にはもうここに来てるってことは、随分早起きだ。
僕も明日はせめてもう三十分早く起きようと心に決めたところで、外から軽い足音が聞こえた。
かろん、と、扉の鐘の音。
「おはようございます、遅くなってすみませ……あっ、起きてる……!」
多少慌ただしく入りかけた柊野君が、僕をみて丸く目を見張った。その顔に焦りが浮かぶ。
起きてちゃまずかったんだろうかとぼんやり考える僕をおいて、柊野君は素早く後ずさると扉をばたんと……
「……えっ、なんで!?」




