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探偵 桜庭碧と彼を取り巻く日常について  作者: 風蓮
第一話 ようこそ、桜庭探偵事務所へ。
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ようこそ、桜庭探偵事務所へ。 ⑭

「君さえ良ければ、その方向でどうかと思って……検討してみてくれませんか。」

「その方向、って……。」


記憶を手繰る。

今日の事なのに、まるで遠い昔の出来事みたいに曖昧だ。

僕は記事になりそうなネタを探して、この事務所に忍び込むつもりで。


「僕を、助手にしてください……?」

「う、ん……他に、やりたいこととかがなければ……。」


どうかな、と、顔色を窺うようにおずおずと桜庭さんが僕を見る。

座っていても向こうの方が背が高いはずなのに、角度のせいかまるで捨てられた子犬のように見える。

たった一日の付き合いでも、桜庭さんは常に自信満々で、どんな状況でも余裕たっぷりだったのに。

それがこんな、庇護欲を掻き立てるような顔をするなんて聞いてない!

思わず柊野君の方をむけば、こちらもこちらでじっと僕を見る目が潤んでいるようで。


「……っ、検討、の前に! 条件を聞かせてくれませんか! 僕、言った通り資格とか何もないし……物の調べ方、も知らないし。」

「そ、そうだな。えっと、初めに言ったように資格とかは特に必要ない。物の調べ方は、すまん、嫌な言い方した。働いてくれるなら、こっちでちゃんと教えるから心配しなくていい。」

「嫌な言い方されたとは思ってませんけど、僕、ご覧の通りすぐ騙されるし……足手まといになるんじゃないでしょうか。」

「疑ってかかるのが探偵の仕事、だけど……人を信じることを忘れたらおしまいだから。君みたいな人がいてくれると嬉しいと、俺は思うよ。」

「なら、いいですけど……。」

「それと、うちの労働条件だけど……ごめん、資料取ってきてくれる?」

「こちらに。」

「ありがと。」


いつから準備されていたのか、立ち上がることもなく柊野君から渡された紙の束がそのまま僕に回ってくる。

そこに書いてあるけど一応口頭でも説明するな、との言葉通り、桜庭さんがすらすらと語りだす。


「雇用形態は正社員、区分はフルタイムで就業時間は九時から六時まで、休憩一時間……になってるけど、正直依頼がないとやることないし、逆に人探しなんかになると時間との勝負だからバリバリ残業になる。」

「その場合適宜休憩を取ったり、交代制で動いたりします。遠方で宿泊の際、費用は事務所から支払いますのでご心配なく。」

「休日についても似たようなもんで、一応は週休二日制、お正月とお盆とゴールデンウィーク含めて年間百五十日前後。有給休暇は別途年間十四日から始まって、最大二十日まで増えてくことになるんだけど、急遽出勤してもらうこともある。」

「もちろん代替休暇はありますし、一年のうちに使いきれなかった有給休暇は一年間繰り越して有効となります。」

「で、肝心の給料だけど。」


代わる代わる淀みなく紡がれていた言葉が、そこで途切れた。

今聞いている限り、この条件は悪くないどころかかなりいい部類に入る。

休日も多いし、有給も初年度とは思えない日数ある。

就業時間や休日にばらつきがあるのも仕事柄仕方ないことだと思うし、そこは出版社でも同じだった。

むしろ取材は個人で行う分、定時なんてものはあってないようなものだったし。

だけど、働くにおいて結局一番大切なのは給料だ。

この社会ではお金がないと生きていけない。

ご飯を食べるのもお風呂に入るのも、雨風をしのぐ家を持つことにだって、お金が必要なんだ。


「手当とかいろいろあるけどわかりづらいと思うから、椿木君に合わせた話に限るけど。」

「はい。」

「計算ごとが苦手なので単刀直入にしか言えないんだけど、社会保険とか年金とか諸々差し引いて、椿木君に渡せるのは二十五万からです。残業代及び休日出勤は百五十パー割り増し、昇給有、ボーナスあり!」

「……えっ、そんなにいただけるんですか……?」

「ちなみに、資格とかはないって言ったけど、免許とか持ってる?」

「あ、一応、普通免許なら……教習所出てからは、オートマしか運転してませんけど。」

「マニュアルも運転できるんだ? じゃあ基本給五千円上げます。」

「嘘でしょ……。」

「あと、できればでいいんだけど二輪免許も取ってほしいんだ。普通か大型。費用はこっちで出すし、教習所行ってる間の給料も払うから。」

「いや、それは、いいですけど……自分で払います、なんか、試験にプレッシャーかかるので……もともと興味あったし……。」

「いやちゃんと出すよ、試験も何回受けてもいいし。皆でツーリングしたくなった時に俺しか免許ないと行けないってだけだから。」

「仕事じゃないんですか……。」

「仕事にも使える便利な免許だよ。」

「ううん……じゃあ、半分。で、どうですか?」

「こっちの我儘だから気は引けるけど、椿木君が良いならそれでいこう。あ、それと。」


想像を軽く飛び越えていくような条件の数々に、眩暈すら感じる気がする。

今まで僕が生きてきた社会は何だったんだろうと彼方に思いを馳せながら緩くかぶりを振る。

何かを思い出したように数音階高くなった桜庭さんの声に、ぼんやりと顔を向けた。

もう何を言われても驚く心が麻痺してる気がする、なんてまぁ、見え透いたフラグでしかないわけで。


「住むところだけど、ここの二階空いてるから使ってくれ。家賃はいらないし。」

「さすがに何か裏があるんじゃないかと思いますよこの僕でも!」

「あ、光熱費とか水道代とかは払ってもらうけどな。」

「むしろもっとちゃんと払わせてください!」

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