86話 エピローグ
「これは…どういうこと?」
「まぁまぁ、特別な時間だ。少し待ってあげなよ」
ソプラノの表情には僅かな疑惑が入り込んだ。ロキは嬉しそうに言った。
アキはゆっくりとスノリを大地に下ろした。そのまま振り返らずに言った。
「光の神、バルドルを復活させる」
「…!そのために彼女を殺したの?」
「そうだ…条件は俺の旅隊の全滅」
「つまり…私も殺すってこと?」
「そうだ」
ソプラノは後ろ姿のアキを睨みつけた。隣ではロキがニヤニヤとしている。
「いいわよ」
「…なんだと?」
「いいわよ、でも、条件では貴方も死ぬことになるわ、それでどうやって世界を救うの?」
「残った神々とバルドルに託すしかない」
「そんなあやふやな事で、共に旅したスノリを殺したの?」
「そうだ」
アキは立ち上がり、ソプラノの前に来た。真っ赤な目には未だに涙が流れていた。
「殺して」
「あぁ、…すまない」
ソプラノの胸に黒い短剣が突き刺さった。少女は死に行く中で、静かに口を開いた。
「アルト…やっと貴方と一緒になれる…」
アキは倒れる仲間を抱き支え、地面に優しく下ろした。ソプラノの表情は穏やかだった。
「ロキ、ヘルはどこにいる?」
「私はここよ」
冥府の女王はずっとそこにいたように現れた。醜悪な笑みを絶やす事なく。
「約束を守ってもらう」
「貴方が死んだらね」
「今更自分の命なんて惜しくない。俺は多くの犠牲を出しすぎた。おあつらえ向きの結末だ。ロキ、後は頼んだぞ」
「いいよ、約束は守らせるさ」
アキは頷き、最後の黒い短剣を取り出した。横たわっているスノリとソプラノを見た。ここまで来れたのは仲間達のおかげだった。これで、世界が救われるなら--
「俺を呼んでくれてありがとよ」
短剣は持ち主の胸に突き刺さった。痛みはなかった。ただ、死がそこにあった。
『その後、世界がどうなったか知るものはいない。炎の巨人は止められたのか、それとも世界は燃え尽きたのか。
『スノリのエッダ』には終わったと思われた世界に、生き残った人間のことが書かれている。彼らは再び世界を作り上げ、人が消え去る事はなかった--』
アキはパソコンを打つ手を休めた。明日は論文を教授に提出しに、大学へ行かなければならない。
なんだか不思議な気分だった。自分が北欧神話の世界に入り込んだような錯覚があった。
気づけばパソコンの前で、論文が完成していたのだ。
「徹夜でやったからかな、へんな夢みたいなもんか」
そんなことを呟きながらベッドに潜り込んだ。




