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意外と知らない北欧神話   作者: アイスの棒
永き冬
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84部 戦場に灯もる


ここは決戦の地ヴィーグリーズの野、神々の黄昏(ラグナロク)の中心点。虹の橋(ビフレスト)から神の国(アースガルド)を抜けた東の平原。


「見えるか?」

「ええ、神々の軍、死せる英雄達の軍エインヤヘルが布陣してます。恐ろしい数ですよ」


アキは赤く染まる西の空を見た。黄金の都、神の国(アースガルド)の方向を。時間は黄昏、たが、空が赤いのは都が燃えているからだ。巨人の軍が迫っている。


「まもなくか」

「まもなくです」


その時、轟音がした。大地が震え、木々は根こそぎ倒れ、山は崩れた。激しい角笛の音が聞こえる。世界の終末を告げる笛(ギャラルホルン)の音が響き渡った。

地平線が飲み込まれる。世界蛇ヨルムンガンドが大量の海水を引き連れて陸を進んでいる。その潮の中には船が浮かんでいる。死者の爪を使って作られた死のナグルファル。舵をとるのは三角帽の巨人スリュムだ。

英雄の館(ヴァルハラ)が炎上している。虹のビフレストは炎の巨人スルトの率いる戦車隊に耐えられず、崩壊した。


そこはこの世とは思えない光景だった。巨人の軍勢が神々の軍と衝突する。力と力がぶつかり合い、世界が捻じ曲がる。

オーディンの魔法の嵐が、トールの稲妻が魔物を吹き飛ばし、巨人の自然の力が、英雄を押しつぶす。


「俺たちも行くぞ!世界に、希望という灯火をともせ!」


アキ達は荒れ狂う戦場に躍り出た。雑魚に用はない、狙うのは霜の巨人そのものだけだ。


--兵を殺し尽くせば、将が相見えるのは当然のことだった。ここでもまた、巨人と神が相対していた。


「巨人の王ウトガルザ、ようこそと言っておこう」

「主神オーディン、復讐の時がやって来た。ここで、神々は生き絶える」


ウトガルザが左手を挙げると、巨大な獣が飛び込んで来た。天呑む狼、フェンリルだ。


「確か預言では、君はフェンリルによって殺されるんだったね」

「…預言は絶対ではない」

「試してみなよ、運命に抗えるか」


オーディンは魔法のグンニグルを握りしめた。フェンリルがその牙をもって飛びかかった--


--陸を飲み込んで進む海が突然、何かにぶつかるように止まった。ヨルムンガンドが睨む先には、髭を蓄えた大男が立っていた。


「お前か、トール」

「ふん!でかい蛇め、釣りの続きをしてやろう」


トールの持つ大鎚ミョルニルが振るわれ、海水に大きな穴が空いた。世界蛇がトールを絞め殺そうと体を伸ばす。海水に電撃が走り、海が暴れている--


--死者の船(ナグルファル)は荒れた波に乗り、戦場に砲弾を振りまいていた。舵をとる三角帽子の男が、水滴をぬぐいながら言った。


「ここに来たのは貴方達ですか、私としては因縁の相手というものがいないので、どうしたものかと思っていましたが」

「一つ聞きたいことがあるの、先の大侵攻を行った霜の巨人ベルソルは貴方の兄というのは本当かしら?」

「ええ、血の関係上は私の兄です。あまり似てはいませんがね。どうしてです?」

「なに、君にはあまり関係ないことだけどね、僕の眷属が君の兄に殺されてしまったんだよ」


双子が一つの文章を分けて言った。声は穏やかだが、その目は静かな怒りに満ちていた。


「フレイルにフレイヤ、鏡合わせの双生の神、二人がかりとは、よっぽど大切な眷属だったんですね」

「僕たちは二人で一人、鏡合わせの一つの神」

「理由があった方が燃えるでしょう?」


フレイルが剣を抜いた。フレイヤの周りには魔力が集まっている。スリュムは小さく笑い、舵から手を離した。揺れる船の上で、魔法の業が衝突し、更に大きく船を揺らした--


--炎の巨人スルトの前には、灰だけが残っていた。その白い大地を踏みしめ立ちはだかったのは、片腕の神だった。


「我が名はチュール、いざ参らん」

「………」


寡黙な神の前に無言の巨人が歩みを進めた。炎による死を撒き散らしながら--


アキは走っていた。あちこちで大きな力の衝突が起きているのを感じる。『原初の火(オリジン)』のメンバーは既にバラバラになって機会を伺っているはずだ。


「あら、兄弟じゃない」


走るアキに声が届いた。振り返るとそこには、醜悪な笑みを浮かべた女王が立っている。


「ヘル…!」

「お久しぶりね、バルドルの復活を頼みに来た以来ね。

まだ生きてたのは驚いたわ。旅隊パーティの半分は私のところに来てるけど。あの約束はまだ有効にしてあげてもいいわよ。この戦いだ貴方達が死んだら、バルドルをこの世に戻してあげてもいいわ」


アキは能力ギフトを発動させた。【悪意】を与えるには十分すぎる相手だった。


「単騎でやる気?私は戦闘向きじゃないと言っても、貴方と同じぐらいの力はあるのよ?」

「ならここで、巨人が一人死ぬことになるな」

「ふふふ…自信たっぷりね」


黒き悪意が立ち上り武器を形作る。不気味な笑みを浮かべる冥府の女王に刃が迫った--


--戦場を俯瞰できる丘の上に小さな影が座っている。子供は少年のようでもあり、少女のようでもあった。


「楽しみだね、物語の最後はどうなるのか、僕も登場人物としてとても気になるよ」


ロキの呟いた言葉は、戦場の騒音に消されて誰にも届かなかった。

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