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意外と知らない北欧神話   作者: アイスの棒
永き冬
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83話 冷たく、温かい世界


「--諸君、作戦目的を今一度確認する。何度も聞いていると思うが、これで最後だ。

第一目的は炎の巨人スルトの殺害、奴が残る限り、世界は火に包まれて滅びる。

第二目的は霜の巨人の完全殲滅、一人でも残せば復讐の記憶は強まり、今回を乗り切ったとしても、再び神々の黄昏(ラグナロク)が起こるだろう。

目的を達成するためなら神も巨人も全て敵だ。しかし俺たちは数も、戦力も少ない。これは神と巨人の戦争だ。俺たちは潜み、狙い澄まし、一瞬の隙をついて首をとる」


アキはそこで言葉を切って、部屋に集まった面々を見渡した。たったの三十人、だが、全て『名前付き(ネームド)』だ。この半年、共に戦い抜いた戦友達。向かう先は死が待つ戦場。それでも彼らは迷うことなく参加を決めた。


「--以上で作戦説明を終わる。ここにはもう戻れないかもしれない。各自、別れを済ませておくように」


部屋からバラバラと人が出て行く。最後にソプラノが脚を引きずりながら扉を閉めたのを見て、アキは大きくため息をついた。

彼女は他人の手助けを嫌がった。なにをするのも不自由なくせに、自分一人で済ませたがった。確かに、戦場では鎖を使った機動で飛び回る。誰も片脚が動かないとは思えはないほどだ。だが、日常生活は違う、ずっと一人で同じ場所に座り続け、動く必要があるときは、ああして引きずって行く。助けを申し出るものは多くいたが、彼女の冷たい視線がそれを許さなかった。


「なにを考えてるんですか?」


部屋にもう一人、書類を整理していたセブが手を動かしながら聞いた。アキはそっちを見ずに立ち上がった。


「別に、何でもないさ」

「今の所うまく言ってますよ、ロキはあの日以来姿を消していますが、巨人は約束を守り、決められたルートを進んできてます」


セブの言葉を背中にアキは足早に建物を出た。向かった先は墓地だ。人影がちらほら見える。皆、大切な人に別れを告げているんだろう。


「スノリ、来てたのか」


小高い丘の上で少女が座り込んでいた。友人の墓石の前で祈っているようだった。


「アキ…」


少女は顔を上げた。その顔は哀しみであり、慈しみであり、嘆きだった。顔を見るだけで泣きそうになった。そうしてからゆっくりと墓石に目を戻した。

二人は黙ってそこで時間を過ごした。遠くで風の鳴き声が、鳥の囁きが聞こえた。


「俺は間違っているか?」

「…なんでそう思うの?」

「多数のために少数を、世界のために多数を犠牲にして来た。これで本当に良かったんだろうか」


アキの声は震えていた。スノリはゆっくり体を起こし、震える男の前に向き直った。


「リサ、バルドル、ギュルヴィ、アルト、それに大勢の兵士達。兵士だけじゃない、民、貴族、王まで俺が殺した」

「アキはやるべきことをやったんだよ。正しいと思うことを、それは痛みを伴ったけれど、もうすぐ報われる」

「俺は…俺は自信を持てない、俺のやって来たことは世界を救うためなのか、いたずらに死人を、悲しみを増やしてるだけなんじゃないかと思ってしまう」


ふわりと、柔らかな匂いがした。アキの胸にスノリが寄り添うようにもたれかかった。少女の体温が、声が、存在が心を温める。


「貴方の旅は、私の旅、そしてみんなの旅。終着点はもうすぐだよ。アキには私がいる。他の誰もいなくなっても、私がいる。

私だけが貴方の苦悩を分かってあげる。だから--」


唇に濡れたものが触れた。時間が凍ってしまったようだった。冷たく、暖かい世界には、今だけは二人きりだった。

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