81話 罰
レイが|『原初の火』の拠点、自由の要塞に来てから一週間が経った。ソプラノと最後に話してからも、他の多くの人間に話しかけ、考えや想いを聞いた。
墓地へ向かう。死者が墓を掘る、死体なき墓へ。この一週間で何度も通った道のりだ。墓石の間を進み、骸骨の横を取り抜け、小高い丘へたどり着く。先客がいる、男が花束を手に立ちつくしていた。
「リストを見たよ、やる気になってくれたのか」
「考えを変えました。私もできることをやります」
「そうか…」
アキは花束を墓石の前に放った。ギュルヴィの墓だった。
「彼の…ギュルヴィさんの最期の時を話してもらえませんか?もし…もしよければですが」
「…あんたは会ったことがあったんだったな」
「ええ、一度だけ、私の執務室で、彼は私の秘書を眠らせる為にすぐに部屋から出て行きましたが」
「最期の時なんて言うが、たいして話すことはない。霜の巨人に攻撃をかけた時、反撃を受けて頭を飛ばされた。それだけだ」
「そうですか…親しかったんでしょう?」
「あいつは俺の親友だ。誰が何と言おうと、俺の親友だった」
アキはそう言って踵を返して歩き始めた。レイは後を追った。
「この後、私はどうすれば?」
「四つの国と三つの派閥のトップを集めた首脳会議がある。そこに連邦の代表として参加してもらいたい」
「私でいいんですか?それに議題は何です?」
「あんたの作ったリストを見た。代表十二使の生死を握った人間以外に任せる者はいない。
議題は、これからの人間の国についてだ。俺は巨人の侵攻ルートについて情報を得た。それについて対策を話し合う」
「…わかりました」
留守にしていたのはその情報を得る為なのだろうか。アキもまた、大切なものを失いながら犠牲を積み上げる者の一人なのだ。レイは彼に対して心から同情していた。
それから数日が経った。首脳会議は自由の要塞の一室で行われるらしい。各国から続々と参加者が集まってくる。国王、皇帝、巫女、豪華な馬車が到着するにつれ、レイの緊張が高まっていく。アキの能力を使わないのは何か理由があるのだろうか。
それから数日して、レイは自室から会議室に呼ばれた。大きな部屋には円卓が置かれ、既に席はほとんど埋まっている。アキもまた円卓に座り、目の前の羊皮紙に目を通しているようだ。表情がなく、そこからは何の感情も読み取れない。レイは座席につき、他の顔ぶれを見渡した。
二人がアキを睨みつけている。グラシル王国の国王、マルミネル=ユングヴィ。人間の国が一つの国だった時代からの王の系譜と言われるユグリンド家の当主。
それとギムレー帝国の皇帝、エギル=ギムレット=ブルリング。王国や聖国に対して何度も侵略戦争を仕掛けようとする戦争狂だ。
お互い何度も小競り合いを繰り返しているが、侵攻の後からは手を取り合い協力しているらしい。
皇帝と王の視線には強い憎しみがこもっていた。
その隣に座っているのはユトランド聖国の巫女、イルザだ。オーディンの眷属であり、国の全てを見ることのできる能力をもつ守護者。歴代の巫女の神託により、聖国は何度も危機を乗り切って来たと言われている。
巫女は首に下がった十字架を握りしめ、目を閉じて祈りを捧げていた。
太陽の宿舎の最高指令、『炎天下中』ジルニグラと星の学院の本学長『年老いたハールヴダン』も隣り合って座っている。二人とも神の眷属であり、レイの生まれる前から、派閥を率いている。
司令は腕を組んだままむっつりとしている。一方の学長はなんと微笑んでいた。
レイが訝しげにハールヴダンを見ていると、最後の参加者が入室した。
月の教会の最高権力者、九曜の大司祭の中でもまとめ役を務める人物、『日輪の大司祭』だ。本名は大司祭の職につく時に捨てるそうで、誰も知らない。
大司祭は冷たい怒りに満ちた表情のまま、席に着いた。
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。遠方からお越しの方もいるでしょう。まずは礼を言わせてください」
アキが立ち上がり粛々と言った。それに対して待ってましたと言わんばかりに、怒声が飛ぶ。
「下らん挨拶はやめろ!さっさと情報をはけ!どこを通って忌まわしい巨人どもはやってくるんだ!」
「さよう、我々が集まったのはそれを聞くためだけ、わざわざ呼びつけるのは我々より上位の立場にいると言いたいからかね?」
王に皇帝が敵対心を隠そうともせずに吼えた。間違いなくこの二人は、アキの計画ーーつまり、選民に対して不快感を抱いている。
そしてレイはそこで気づいた。巨人の侵攻ルートが分かっているなら、安全な国が出てくるはずだ。わざわざ二手に軍を分けない限り、北の帝国か南の連邦の片方には軍が通らない可能性が高い。そうすればリストも意味を持たない。
「もちろんお話ししますよ。けれどその前に、あんた達に聞きたい。どんな気持ちで生き残る人を選んだ?どんな感情で死ぬ人間を切り捨てた?それを教えてくれ」
「小僧、調子にのるなよ?お前如きが俺の苦悩がわかるとでも?」
最高指令、ジルニグラが脅しを含んだ声で言った。目はギラつき今にも飛びかかろうという雰囲気だ。
アキはそれを一瞥しただけで無視した。そして円卓を見渡し、答えるものを待つ。
「…最初は不安と絶望、それから時間が経つにつれて一筋の希望、そして罪悪感。それが私がリストを使った時の感情です。本当は言葉では言い表せませんけど」
「そうか」
レイは答えた。それを伝えることも自分の仕事であり役割だと思ったからだ。アキはそれを聞いてもなんら表情を変えなかった。そうしてゆっくりと言った。
「最後に、あんた達は人を選んだ。当然のように自分を選ぶ側だと思っている」
「当たり前だろう!我々を誰だと思っている!人を統べる王だぞ!」
「そうだ。だが同時に、選ばれたものでもある。それは血であり、能力であり、運命でもある。それ故にここで命が果てる」
円卓の間に一瞬の静寂が訪れた。レイも最後の言葉の意味がわからなかった。
「貴様…謀る気だったな!おい、奴を殺せ!」
王が叫び、護衛に声をかける。しかし動く者はいなかった。ただ一人、首謀者の男を除いて。
アキの背後から黒い靄が立ち上る。それは雲のように姿を変え、膨れ上がっていった。
悪意の前にジルニグラが立ち上がった。右手には能力の炎が出現し、焼き尽くさんと燃え上がる。
アキが一瞥すると、背中の黒い雲は鋭く形を変え、しなるような一閃をみせた。太陽の宿舎『炎天下中』ジルニグラはそこで首を失くして死んだ。
「おい!なぜ動かない!ゼルフ!奴を止めろ!気が狂ったか!」
王は泡を飛ばしながら護衛に詰め寄った。胸を掴まれた男は反応を返さなかった。
「不運な王よ。これまではその血を持って権力を好きに使っていたが、もうその時代は終わった。ゼルフは正気だとも、ただ、少し前からこちら側についていただけだ。王を失っても国は回るようにしなければならない」
レイはぼんやりと惨劇を眺めていた。激昂した王に皇帝が胸を貫かれ倒れていった。大司祭は魔法を唱えようとして首を切り飛ばされた。残るのは三人だけになった。
「言い残すことはあるか?」
「神よ、お赦しください。人に救済をお与えください」
巫女は祈りながら死んだ。
「…学長」
「後は頼んだぞ、君だけが世界を救えると信じている」
学長は願いながら死んだ。
学長と巫女、二人は他とは様子が違っていた。希望を託しながら死んだ。まるでこうなることを知っているようだった。
「これは罰ですか?人が人の生き死にを選ぶという傲慢の罪でしょうか」
「違うとも市長、罪でも罰でもない。ただの取引だ。各国の首脳の死と引き換えに、巨人は侵攻ルートを俺に教える。ただの取引だ」
「私は殺されるために選ばれたと?」
「そうだ、気の毒だとは思うが、謝罪はしない」
そうだったのだ。レイもまた、積み上げられる屍の一つになるだけ。この死は無駄ではない、そう信じられるだけ良かった。
「言い残すことはあるか?」
「私はもう市長じゃないですよ………ランディー、あなたは生きてください--」
そうしてレイは死んだ。唯一の友の無事を想いながら。




