80話 墓地
翌日、アイリーンに連れられてレイは建物を出た。それから街をぐるりと回り、開けた場所に出た。そこは無数の灰色の石、墓石が立ち並ぶ墓場だった。
「ここは『原初の火』に所属していた人たちのお墓、私は起こすのが専門なのに眠らせるために墓掘りをしてるんだ。笑っちゃうよね」
「起こすのが専門?」
「言ってなかったっけ?私の二つ名は『墓場起こし』っていうの。死霊使いなんだ」
『墓場起こし』それは大侵攻で死者を動かし、命を弄んだ非道の人物、そう思っていた。しかし、目の前にいたのは悲しみの表情を浮かべたただの女性だった。
アイリーンは黙って歩き始めた。墓石の群れを抜けて進む、レイは歩きながら白く動くものを見た。誰か他に人が来ているのかと思ったが、そうではなかった。骸骨が動いている。人骨がシャベルを手に持ち、穴を掘っていた。
「あれが私の能力、でも土の下には遺体はないの。亡くなった人の形見や思い出の品があるだけ。死体が墓を掘るのにそこに入るのは死体じゃない」
「何故…何故遺体がないんですか?それにこの量、大侵攻で亡くなった方々のお墓でしょうか?」
歩きながらアイリーンはクスリと笑った。それは同情の感情だった。『虚弱な軍師』が笑った時と同じ表情だった。
「レイはまだ、何も知らないんだね」
「それはどういう意味ですか?」
レイは少しだけムッとして言った。確かに『原初の火』が何をやってるかは知らないが、巨人が再度侵攻し、生き延びる人間を選別するという狂った作戦のことは知っている。ただの民衆より多くのことを分かっているつもりだ。
「ここのお墓は大侵攻の後で亡くなった人たちのもの、少しだけ例外はあるけどね。
人間の国は今、平和だと思ってるでしょう?戦争は終わった、これからは復興の時だと」
「まもなく巨人がまた侵攻してくることは知っています」
「まもなくじゃないんだよ、『聖なる柵』の裂け目はもう一つじゃない。守りは失われた。それに、大侵攻で残った魔物達、あれらも人の領域を脅かし続けてる」
「それは…知りませんでした。しかし、残った魔物の軍は殲滅されたはずです!」
「霜の巨人が死んで統制は失ったけど、数十万の魔物を駆逐するのは不可能だった。主力の『名前付き』達が死んで、追撃をかけたけど、大多数の魔物ははぐれになって人間の国に散らばったの。もちろん上位種や強力な魔物もいる。それを殲滅するのが私達の任務の一つよ」
そんなことはありえない、そう言いたかった。けれども、レイには心当たりがあった。魔物の攻撃は大きな爪痕を残し、いくつかの都市とは連絡が分断されている。どうなっているかなんて知る由がない。
「『原初の火』には多くの人が参加してるわ。それは妻を、夫を、子供を、家族を、友人を、恋人を失った人々。彼らは復讐のため、世界を守る為に私たちと共にいる。そうして、死んでいく」
静かに言葉を切った。どうしようもない真実がそこにあった。
墓地を通り過ぎ、わずかに離れた場所、少し小高い丘にいくつかの墓石が立っている。そこでアイリーンは足を止めた。
巨大な大剣が墓石がわりに突き立てられている。刀身に名前が刻み込まれていた。
「ジークフリート?もしかして『真の英雄』?」
「私はいらないって言ったんだけど、アキが作ったの」
アイリーンはとても寂しそうな顔をしていた。レイはこの顔を知っている。大切な人を亡くした時、人はこんな表情をするのだ。
「…親しかったんですか?」
「そうかもしれない、一緒にいた時間は結構長かったから。でも、私は生きてると思ってる。だって彼は不死の英雄だもの」
レイはいたたまれなくなって目を落とした。隣の墓石が目に入る。水滴のような形をしている石には『二対の雫の片割れ アルト ここに眠る』と刻まれていた。
「これは…ソプラノの…」
「そう、双子は霜の巨人との戦いで傷を負った。アルトは助からなかった。お墓を作った時、ジロウがすごく泣いてた。拷問された相手だっていうのにね。代わりにソプラノは涙を見せなかった。あの時から彼女は変わってしまった。人と関わろうとせず、とても冷たくなったの」
レイは唇を噛み締めた。あの少女の態度は、これが原因だったのだ。古い双子の眷属、長い時間を共にした家族が死んだのだ。悲しみは想像もできない。
「アルトの隣は『堕ちた聖騎士』ジロウ。上位種との戦いで部隊ごと全滅しちゃった。ソプラノが見たことない怒りの表情で仇を討ったわ。『二対の雫』と『堕ちた聖騎士』の間には不思議な絆があったんでしょうね」
アイリーンは話を続けた。昔の思い出を噛みしめるように、静かで、哀しい語りだった。
「ジークフリートの左側、こっちはギュルヴィ、『魔術詩人』そしてその隣が『月明かり』リサ。アキにとって特別な人」
「ギュルヴィ…私はその人を知っている。執務室に来た三人の一人、派手な…羽のついた帽子をかぶった人でしょう?」
「そう、大侵攻の前に会ったことがあるんだね」
「ええ、『月明かり』の方は名前だけ知っています」
「リサは私がジークに助けを求めた時…ううん、私が殺したの」
二人が口を閉じると、風の音だけが聞こえた。世界がとても狭くなってしまったようだった。
「あの時は好きなように過ごしてた。命なんてつまらなくて小さいものだと思ってた。でも、今は違う。後悔してることがたくさんある。
だから私はこの墓地を作ったの。残された人が、逝ってしまった人に想いを伝えれるように」
少しの間、アイリーンはそこで佇んでいた。墓石を見つめて、祈りを捧げていた。その姿は儚く、美しく、哀しかった。
「それじゃあ、付き合ってくれてありがとう。貴方がどんな役割を持っているかわからないけど、頑張ってね!」
そうして拠点に戻り、レイは別れた。強い感情に心が揺さぶられていた。
一度自室に戻ろうと階段を上がると、広間に少女がいた。ソプラノだ。初めて会った時と変わらない場所で彼女は一人座っていた。
「あの…すいません、ソプラノさん」
レイは自分でも、何のために話しかけたかわからなかった。けれど、放って置けなかった。
ソプラノがゆっくりと目だけを動かした。そうして感情のない、平坦な声で言った。
「何の用かしら?貴方はリスト作りを断ったと聞いたけど」
「その…さっき、墓地に行って来た。それで…兄弟のことを聞いたわ」
「その話はしたくないわ。用がないなら消えて頂戴」
ソプラノの声には僅かな苛立ちが含まれていた。表情は動くことがなく、姿勢を変えようともしない。
「それでも…貴方はずっとここにいるでしょう?一人で同じ場所に座っている。
私は貴方が心配なの。家族が死んだ悲しみや怒りを抑え込んでるように見えるわ!食事や睡眠はちゃんと取っているの?」
ソプラノが顔を上げ、体をこちら側に向けた。そして自分のローブの裾を掴んで、たくし上げた。
白く美しい脚が露わになる。レイが驚いたのはその先だった。白い脚は片方しかなかった。左脚の膝から先には、鈍く光る機械が取り付けられていた。
「私は眷属だから食事も睡眠も必要ない。脚が悪いからむやみに歩くことはない。これでいいかしら?
貴方は何のためにここにいるの?薄い同情をするだけなら、早く出て行ってもらえるかしら」
ソプラノはローブを放して脚を隠した。そして机に向き直り、羊皮紙を手にとって読み出した。これ以上会話を続けるのは不可能だった。
レイは自室に戻った。ベッドに座り込んで頭を抱え込む。『原初の火』に居る人は、大切な者を失っている。あのアキも同じだ。
それ故に、目的の為に犠牲を積み重ねることに慣れてしまったのだ。いや、犠牲を無駄にしない為に、さらなる屍を積み上げているのかも知れない。
思えば自分には大切な人がいなかったかもしれない。両親は他界しており、兄弟もいない。結婚もしていない。政治抜きに親しい友は秘書のランディーくらいだろうか。あぁ、彼は今、どうしているだろうか。巨人が侵攻して来た時、彼もまた死んでしまうのだろうか。
レイはベッドに潜り込んだ。少し眠ろうと思った。だが、アイリーンとソプラノの想いの強さが、哀しみの表情が瞼の裏に焼き付いて離れなかった。




