79話 決心
レイは部屋で一人、アキの言葉を思い出しながら考えを巡らしていた。生き残る人間を選ぶなど正気な沙汰ではない、それは神の領域だ。
長い時間をかけて結論を決めた。やはりそんなことは間違っている。考えは変わらない、レイは決心して部屋を出た。
順路を逆に歩み、広間にたどり着く、先ほどよりは人がまばらだが、何人かが熱心に話し合っているのが見えた。
「あの…すいません、『虚弱な軍師』を探しているんですが、何処にいるか知っていますか?」
一人椅子に腰掛けている少女に話しかけた。子供に聞くのははばかれたが、話し合いに参加していないのは目の前の少女しかいなかったのだ。
少女はゆっくりと机の羊皮紙から目を上げてレイを見た。とても冷たい目だった。
「貴方は…?」
「私は七角都市の元市長のレイです。実は--」
「別に説明しなくていいわ。リスト作りにアキに呼ばれたんでしょう。セブはそこの階段を二つ上がった先、三つ目の部屋よ」
少女はそう言いながら興味を無くしたように羊皮紙に目を戻した。時折何かを書き込んでいる。
「ありがとう」
お礼の言葉にも少女は反応しようとしなかった。少し不快に感じたが、邪魔をしたのはレイなのだ。諦めて階段を上ることにした。
「ええ、それでは王都の『七色の種』を呼び戻すように。…『墓場起こし』はしばらくここに滞在しますよ」
目的の部屋に入ると、男が忙しなく指示を飛ばしていた。レイの姿を見て口早に話を終わらせ、こちらに歩み寄る。
「お待たせしました。ここの参謀を務めさせていただいているセブといいます。レイさんですね?どうぞ腰掛けてください」
「いや、このままで結構。私はリストを作る気は無いと伝えに来たわ」
セブは少しだけ眉を動かし、クスリと笑った。それは疑惑ではなく、同情を示していた。
「そうですか、それではご自宅までお送りしましょうか?七角都市でよろしかったですかね?」
「自宅はもうない、放火されてね。今は宿暮らしよ」
「それはお気の毒に。それでは何処かお望みの街へ送りましょう。アキは任務で外に出ていますので、馬車になりますが」
拍子抜けだった。ここで口論になるとばかり思っていたからだ。
「そう…それならいいのだけど…」
「アキをお待ちになりますか?一週間ほどあれば帰ってくるでしょう。七角都市まで馬車で行くとなると同じくらいかかりますので」
「そうね…私も彼に呼ばれた以上、直接言いたいことがあるからそうしてもらいましょうか」
「結構です。案内されたあの部屋を使ってください。食事は食堂が二階にあります。ある程度自由に動いてくれて構いませんよ。組織の人間に何を聞いても良いです」
レイはなんだか上手く話に乗せられているような気がしたが、それでも構わなかった。どうせ戻っても法廷で責められるだけ、道端では罵声を浴びせられることもあった。そんな場所には戻りたくなかった。それに、ここで彼らが何をやっているのか興味もあった。
「いいわ、アキが戻ったら教えて頂戴」
「分かりました。何かあれば私は基本的にこの部屋にいますので」
会話が終わって部屋を出る。とりあえず食堂に向かおうと階段を下りながら、今は何階にいるのか分からないなことに気づいた。
下に向かう途中に広間をちらりと見ると、先ほどの少女が座っていた。相変わらず一人だ。レイが気を取られていると、階段を登って来た人物に正面からぶつかった。
「あ、ごめん!大丈夫?」
バランスを崩してもたつくレイに手が差し伸べられた。紫色の髪をした女性が申し訳なさそうにこちらを見ている。
「いえ、こちらもよそ見していたので、すいません」
「ほんとごめんね!あれ?貴方あんまり見たことない人だね。新しい人?」
「まぁ、そうですね、今日来たばかりです。食堂を探していて」
「やっぱり!私はアイリーンって言うの!案内してあげるよ」
アイリーンと名乗った女性はにっこりと微笑んで言った。ここに来て初めて好意的な人物に出会ったようだった。
「レイと言います。それではお願いしてもいいですか?」
「もちろん!もう一つ下が食堂だよ」
アイリーンはとても親切な人だと思った。レイは付いて行く前に気になることを聞いてみることにした。
「あそこに座っている少女の名前を知ってますか?」
「んー?ああ、ソプラノのこと?『二対の雫』の片割れだよ。聞いたことない?」
確か兵舎の古い『名前付き《ネームド》』にその名があったことを思い出した。一度くらい姿を見たことがあったかもしれない。あそこまで冷たい印象は受けなかったと思うが。
「そうでしたか、先ほど道を聞いたもので」
「まぁソプラノはあんまり話すのが好きじゃなくなったからね。近づかないほうがいいと思うよ」
「そうですか…」
そうしてレイは食堂に案内されてそこでアイリーンと夕食をとった。彼女は逆に話すのが好きのようで、矢継ぎ早にペラペラと喋り続けていた。
「それで本当は三重の城壁を作るつもりだったんだけど、そんな時間はないってことで諦めたんだよね。でも要塞といえば城壁だと思わない?やっぱロマンだよね!」
「…アイリーンさんはここでどんな仕事…任務についてるんですか?」
「私はねー…うーん、今は待機中なんだよね。それで空いた時間を使って墓掘りをしてるんだ。レイは?」
アイリーンはフォークを指で弄びながら答えた。底抜けに明るい表情がわずかに曇ったような気がした。
「私も待機中です。一週間ほど」
「そうなんだ、じゃあ明日、私に付き合ってくれる?」
「かまいませんけど…」
レイは約束して食堂で別れた。自分の部屋に戻る途中の広間には、少女がまだ座っていた。




