77話 元市長
七角都市の元市長、元暫定都市国家連邦代表のレイはため息をついた。これで何回目の召喚だろうか。
半年前の魔物の大侵攻、それによって人間の国はとてつもない被害を受けた。結果的には魔物の軍は撃退できたものの、防衛軍はほぼ壊滅、人類の英雄たる『名前付き』が多数失われた。
何処からか情報が漏洩し、無謀な突撃、死者による反攻作戦が世に知られた。残された人々は怒り、涙を流して叫んだ。
責任を求められたのは、作戦の核となった『原初の火』。ではなく、連れて来たレイだった。別に喜んで連れて来たわけじゃないし、彼らがいなければ人間の国は滅びていたかもしれない。
そんなことは民衆にとって関係がなかった。レイは市長の任を追われ、法廷に召喚されては作戦の妥当性について、尋問と言う名の吊るし上げを受けた。
「それで?命を冒涜した作戦を立案した『虚弱な軍師』セブは今どこに?」
「何度も言うようですが裁判長、私はなにも知りません。彼らはあの戦いの後から姿を消してしまったのですから」
今日もまた、法廷の席で責められていた。レイはうんざりしながら答えた。何度同じことを言っただろうか、ずっと繰り返しだ。
「では話題を変えましょう。『原初の火』と呼ばれる犯罪者集団がバル自治区を不当に占拠していることを知っていますか?」
「ええ、いまは自由の要塞と呼ばれてるとか」
「そうです。そこに視察に行った兵舎の部隊が攻撃を受け、二度も壊滅しました。彼らは何を目的としているんですか?」
視察?明らかに敵意を持った部隊が攻め入って来て何もしない訳がないだろう。とはいえレイはそれについても何も知らなかった。
「分かりません、彼らとは連絡を取っていませんので」
「…数ヶ月前に『灼熱の檻』で集団脱獄があったそうです。『原初の火』が関与しているとの情報もありますが?」
「何度も言うようですが何も知りません。それに脱獄があったのは私の責任ではない。この裁判の内容から逸脱しすぎてはいませんか?」
レイは苛立ちながら言い放った。裁判長は渋い顔をしてから小槌を叩いた。
「一度休憩にしましょう。続きは午後一時からです。閉廷」
午後も内容は相変わらずだった。法廷の帰り道、例の怒りは頂点に達して雪の塊を蹴り飛ばした。こんなことになるのは全て奴らのせいだ。南に要塞を作ってるらしいが、乗り込んでやろうか。そんなことを思いながらコートをしっかりと体に巻きつける。
それにしても寒い、大侵攻の後からずっとこうだ。季節が狂ってしまった。
「市長、調子が悪そうだな」
狭い路地から声がした。暗がりからゆらりと姿を見せた。この状況を作り出した人物がそこにいた。
「今は市長じゃない」
「そうらしいな、市長じゃないあんたにやってもらいたいことがある」
レイは顔をしかめた。この男は突然現れて、突然消えた。それにまた突然現れた上にまた勝手な望みを押し付けようとしている。
「今の私が手伝えることは少ないと思うが」
「別に構わないさ、それはこっちが決めることだ。スノリ」
アキの後ろから少女が幽霊のように現れた。肌は青白く、目は虚ろでまるで死人のようだった。少女だけではない、目の前の男も何かおかしい。無表情に口だけが動いている。目の光は暗く沈み、絶望を纏っている。
「君たちもあまり調子が良いようには見えないね。そういえばもう一人はどうしたの?前は三人いたと思ったけど」
アキの表情が僅かに動いた。それは哀しみであり、怒りだった。レイが瞬きをする間に感情は水面下に消え去った。
「…彼はもういない」
「もしかしてあの侵攻で死んだのか?それはすまないことを言ったね」
「多くの人間が死んだ。多くの友人や家族、恋人が犠牲となった。皆、痛みを支払っている。それだけだ」
アキが静かに言った。声は平坦でそこから何も読み取ることはできなかった。
「さて、雑談はやめよう。一緒に来てもらうぞ」
「わかった、どうせ他にやることはない。法廷で責められるだけ。協力しましょう」
アキが小さく頷くと、三人は路地から掻き消えた。




