76話 終戦
「なんだ…これは?」
ベルソルは目の前に立つ人間を見て呟いた。アキの背中からは黒い液体が噴き出し続けた。それは姿を変え続けた。形は翼のようで、腕のようで、剣のようでもあった。
「…痛みを」
黒い液体はアキの意志に連動して姿を変えた。巨大な釘の形になり、ベルソルの胸につき刺さった。
「何だこれは…!」
血を吹き出しながら巨人が怒鳴る。あらゆる攻撃を無効化した霜の皮膚は簡単に貫かれた。
「下等な人間風情が!」
ベルソルは腕を上げた。圧縮した空気で押し潰す。力を発動させる前に、新たな黒い釘に腕が打ち付けられた。
「…痛みだ」
ベルソルは恐怖した。黒い液体は質量を増し、あらゆる形を作っていた。剣、槍、ドリル、鋸、槌、液体は分裂を続け、来たるべき運命を決定づける。
「ふざけるなよ!こんなところで霜の巨人である俺が--」
あらゆる武器に体を貫かれ、切り裂かれ、押し潰された。血があふれ、肉が飛び散る。それでもなお、巨人は生きていた。強靱な生命力だった。
「…ふっふははははは!なんだ、殺せないのか?見掛け倒しか!?」
ベルソルは笑って言った。四肢は折れ曲がり、内臓は潰れていたが、霜の巨人はそんなことで死んだりはしない。
「…死を懇願しても、それを与えない。命を差し出しても、それを受け取らない」
ベルソルの笑顔が引きつった。黒い液体はさらに細かく分岐し、あらゆる形の拷問器具と化した。アキの目は暗く沈んでいる。
「まて!まて!くそ!魔物ども!何をしている!こいつを殺せ!」
ベルソルはそう言ってから初めて気づいた。魔物の様子がおかしい。周りを取り囲む軍は、戦いを始めていた。人間とではなく、魔物同士で殺しあっていた。
「なにが…なにが起こっている!お前はなんだ!なにをした!」
「…懺悔しろ、お前が殺してきた人間達に、そして償え、痛みを持って」
「やめろ!やめるんだ!!!」
霜の巨人の絶叫は戦場に轟いた。それは戦争の終わりだった。
『魔物の大侵攻についての報告書:簡易版』
『聖なる柵の裂け目から出現した魔物の軍は総勢三十万を超えており、人間の国による連合軍(脚注1)は、兵力の集結のために撤退を余儀なくされた。
決戦は帝国との国境付近にあった聖国の城砦群(脚注2)が選ばれた。各国から兵士と名前付きが集まり、激しい防衛戦が始まった。
開戦から十二日目に反攻作戦(脚注3)が実行され、多大な犠牲を出しながらも、敵総大将である霜の巨人の討伐に成功。指揮官を失った魔物は同士討ちを始め、残存した城砦軍によって殲滅された』
各脚注については以下の資料を参照
脚注1:『彼我の戦力差についての報告書』
脚注2:『撤退の真実』
脚注3:『誰があの殺戮作戦を考えたか 戦争の考察と責任追及』




