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意外と知らない北欧神話   作者: アイスの棒
永き冬
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75話 祈り


アキ達は白き軍勢の中、死者に守られながら進んだ。前線では粉塵が舞い、苛烈な戦いが今もなお続いている。その先頭に立つのは、身の丈ほどもある大剣を振り回す不死の英雄だ。


「ジークフリート!」

「遅かったな、全く待ちくたびれたぜ」

「もう終わらせるさ!行くぞ!」


アキは馬から飛び降りて叫んだ。相対する魔物に小鬼ゴブリンはもういない。暴力と死を撒き散らす化け物共だ。

それでも突き進んだ。共にあるのは強力な『名前付き(ネームド)』達。敵を薙ぎ払い、押し倒し、殺し尽くして進む。まるで一本の矢のように。


「アキ!見えましたよ!」


ギュルヴィが叫んだ。遠い視線の先に白い天幕が見えた。長い戦いも間も無く最後の時だ。武器を握る手に力が入る。多くの血が流れた。恐ろしいほどの犠牲を払った。霜の巨人を殺す、そのためだけに。


「ギュルヴィ!やれ!」


アキの声に詩人は弓を引き絞った。魔法ルーンが織り込まれた矢は弧を描くように飛び、空中で紅蓮の炎となって天幕を焼き尽くした。


「進め!進め!敵本陣は近いぞ!巨人の首を取れ!」


アキは振り返って叫んだ。そしてもう一度前を向いた時、それは起こった。おかしい、戦場から音が消えている。とても静かだった。怒号や叫び声が後ろから聞こえ、目の前には静寂が訪れていた。

ジークフリートが膝をついている。目の前にいるのは長髪の男だ。異形の魔物ではなく、人間のように見えた。

異変を察したものが集まっている。ギュルヴィやアルト、ソプラノもいる。何故だ?何故誰も何も言わない。何故戦いが止んでいる?


「控えろ、矮小な存在である人間よ。我が名はベルソル、五元素プラチナの一柱にして大気を司りし霜の巨人である」


長髪の男が空気を震わして言った。巨人の言葉は心を抑えつけ、鉛のように体を重くした。それでもアキは前に出た。周りで仲間が動く気配がした。


「巨人の割には小さいんだな」

「ふん、お前がロキの眷属だな?あの間抜けに似て貧弱そうだ」


ベルソルが言い終えた時、光の矢が横から飛び込んだ。矢は正確に巨人の頭部を撃ち抜いた。

膝を折っていたジークフリート機敏に動き、体を揺らした巨人を大剣で斬りつけた。『二対の雫』の鎖が現れ、身体を突き破りながら縛り付ける。合わせて四方八方から炎と雷撃の魔術が飛び込んだ。


「人間というのはなんと言う弱さか、神の血を持ってしても、この程度とは笑わせる」


爆炎の中から悠々とベルソルが現れた。鎖を難なく引きちぎり、砂埃を払っている。ジークフリートが飛び込んだ。大剣を振りかぶり、叩きつけようとする。


「不死の英雄、忌まわしき呪いの持ち主。哀れだな」


ベルソルは大剣を振るわんとする腕を掴んだ。そのまま腹部に一撃を入れ、投げ飛ばした。ジークフリートの姿は視界から消え去った。


「双生の神の眷属、壊れた古い鏡め。長い間人の国を守っていたようだが、ここまでだ」


背後からアルトが幾つもの鎖を携えて攻撃を仕掛ける。ベルソルが腕を一振りすると、アルトは上から押さえつけられたように地面に叩きつけられた。血が噴き出し、四肢があらぬ方向に曲がっている。


「もう一つの片割れはそこだな?」


白の軍勢が吹き飛んだ。その中から転がりながらソプラノが姿を見せる。目は爛々と輝き、怒りに表情が燃えていた。敵に向かおうと立ち上がった瞬間に膝から崩れ落ちる。ベルソルが醜悪な笑みを浮かべていた。


「吟遊詩人、人の物語の紡ぎ手よ、お前が我が天幕を燃やした不届き者だな?償え」

「ギュルヴィ!!!」


アキの叫びは虚しく響いた。ベルソルが指を爪弾くと、見えない空気の弾がギュルヴィの頭を吹き飛ばした。羽のついた飾り帽が、持ち主を探すようにふわふわと空中を漂った。


「貴様ぁぁああああ!!!」


アキは突進し、ベルソルの胸ぐらを掴んだ。巨人は振りほどこうともせずニヤニヤと笑っている。


「ロキの眷属よ、お前に何ができる?頼れる仲間達は倒れた。他の人間も間も無く死ぬ」


ベルソルがそう言うと、今まで沈黙していた魔物達が突撃軍に襲いかかった。英雄を失った人の軍はじわじわと後退していく。


「クソが!!!」


アキはそのまま無理やり一回転した。【無秩序な跳躍】で巨人を連れていく。しかし、人間の大きさに凝縮された巨人の力はアキの能力ギフトを超えていた。跳んでいる途中に視界が反転し、戦場に投げ出される。そこは先ほどとは少し離れた場所、魔物の軍の真っ只中だった。


「神々が出てくると思ったんだが、現れたのはロキだけ、人間は見捨てられたのか。そしてその眷属もここで死ぬ。

人間の国(ミッドガルド)全てを征服してやろう。人間どもは拷問し、死を懇願してもそれを与えない。命を差し出しても、それを受け取らない。苦しめ続けてやろう」


地面に這いつくばったアキに向けて、ベルソルは上機嫌に話した。体がうまく動かない。能力ギフトが暴発したせいか骨が軋むように痛む。


「今まで落としてきた城や街の最後を知っているか?男は生きたまま魔物の餌に、女は陵辱し、小鬼ゴブリンの苗床になった。悲鳴は心地いいものだ」


ベルソルはアキを蹴飛ばし、愉快そうに続けた。アキの息が荒くなり、頭に血がのぼっていく。


「お前は何のためにここにいたんだ?何をしたかったんだ?無意味だ。存在が無意味なんだよ。お前は誰も救えなかった。目の前で砦が崩れるのを見るがいい。そして叫べ、泣き喚け、それが我が愉悦」

「黙れ!何も知らないくせに!」


アキは神々の黄昏(ラグナロク)を止めるために戦ってきた。その為に犠牲を払ってきた。『月明かり』のリサ、光の神バルドル、そしてこの戦いで死んでいった多くの兵士達。

まだ辿り着けていない、世界の終わりを止める遥か手前で、死ぬわけにはいかない。

アキは目の前に立ちはだかるベルソルを見上げた。人を虫けらのように殺し、アキの存在を否定する巨人をみた。憎い、殺してやりたい、心の中でどす黒いものが湧き上がるのを感じる。想いは渦巻き、膨れ上がった。


「殺してやる…」


殺すだけでは足りない、こいつは好き放題やりすぎた。愉悦のために殺しすぎた。痛みを与えなければ赦されない。

体が熱い、感情が溢れ出す。それは実体を持ち、そして吹き出した。




「あれは…黒い雨?」


前線から離れた城壁の上でスノリが呟いた。戦場の中心から黒い液体が噴き出し、一帯を染めていた。隣に座るロキが嬉しそうに言った。


「敵意とも殺意とも同じようで違う。【悪意】それは仇なす想い。罪の意志であり、破滅への祈り。彼はどんな【悪意】を持つのかな?」


戦争が、間も無く終わりを迎えようとしていた。

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