表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
意外と知らない北欧神話   作者: アイスの棒
永き冬
73/89

71話 開戦


空気が震え、大地が悲鳴をあげている。数十万の魔物の進軍は、まだ姿は見えなくとも城砦群に伝わってきた。


「見えるか?」

「いいえ、斥候の報告では間も無くだそうですが」


双眼鏡を覗き込むギュルヴィに向かってアキが言った。


「緊張してるのか?アキ」

「リラックスして、貴方は大丈夫よ」


双子が宥めるように言った。アキは気を取り直した。作戦は確かに簡潔だ。雪崩れ込む敵軍を砦でせき止める。強力な個体や上位種が現れた場合、『名前付き(ネームド)』がそれを狩る。本来は部隊と部隊、砦と城の連携で複雑のはずだが、アキが理解しているのは自分達『原初の火(オリジン)』の動きくらいだった。


俺は落ち着いてるさ、スノリ、大丈夫か?」

「え?あっはい!大丈夫だと…思います」


スノリは急に話しかけられて驚いていた。苦い顔で笑ってみせようとするが、真っ青でガクガクと震えている。アキはできるだけ優しく微笑んだ。


「見えてきましたよ」


遥か遠くに砂埃が舞っている。小さな点は瞬く間に広がり、平原は黒く蠢く魔物達に埋め尽くされた。


「笑えないな、規模がおかしい、常識の外の数だ」

「こちらの陣営にだって規格外の人間なら何人かいますよ」

「まぁ、確かにな…。そろそろ有効射程内か?スノリ、奴らに挨拶してやれ」


ギュルヴィが肩をすくめるのを横目に、アキは指示を出した。少女が静かに前に出る。そのまま砦の縁まで歩き、大きく息を吸い込んだ。魔法ルーンが紡がれる。それは彼女だけに与えられた祝福の魔法、神から受け継ぎし常世を超えるもの。神の魔法ルーン

スノリの言葉を紡ぎ終えると、目も眩む閃光と大気を震わす爆炎が、蠢く魔物の一角を吹き飛ばした。


「開戦だ」


それを皮切りに、砦から雨のように矢が飛び出した。魔術師の炎弾が敵を薙ぎ払う。おぞましい魔物の断末魔の声が聞こえてくる。

しかし、進軍は止まらない。斃れた死体を踏みつけに進み続ける。軍は砦の前まで難なくたどり着いた。小鬼ゴブリンが城壁をよじ登る。まるで巨大な一つの生き物のように、白い壁が黒く染まっていく。彼らに梯は必要なかった。


「上にあがらせるな!叩き落とせ!」


近くの指揮官が叫んだ。兵士達は鬨の声をあげ、無尽蔵に現れる敵に武器を振り下ろしていく。小鬼ゴブリン一匹と人間の兵士一人では、勝敗は人に分がある。迫り来る数は単純な力関係を覆す。怒号に悲鳴、流血、そして死。そこは地獄そのものだった。


「押し返せ!小鬼ゴブリン程度、何匹いようと我々の敵ではないぞ!」


戦乱の中で、輝きを放つのは名うての『名前付き(ネームド)』達だ。群れを紙切れのように吹き飛ばし、疲弊した味方に希望を与える。夥しい数の敵を押さえ込んでいるのは、彼らの奮闘のおかげだった。

小鬼ゴブリンの濁流だけの攻めは数時間に及んだ。太陽が地平線の彼方へ沈み、恐ろしい夜がやってくる。篝火が焚かれ、砦を照らした。


「他の場所の様子はどうだ?」

「全ての城砦群は健在です。上位種は未だに現れていません。こちら側の被害は想定範囲内ですね」


セブが忙しそうに書類を読みながら言った。アキは指揮所の机に腰かけた。時折、爆発音共に部屋が震える。外では休むことない戦いが続いていた。


「お前も暇そうだな」


壁にもたれかかるジークフリートが退屈そうにしてアキに声をかけた。作戦上での彼の役割は、手の付けられぬ上位種の処理と敵の総大将たる巨人殺しだ。いわば勝利の鍵になる人物である。


「いつになったら俺の出番が来るんだ?」

「手が空いてるのなら、防衛に出てもいいんだぞ」

「ふん、小鬼ゴブリンなぞ暇つぶしにもならん」


ジークフリートが退屈そうに言った。戦いは長期戦になる。それぞれに役割が与えられていた。アキもまた、来たるべき時までは戦線に立たなくてもよかった。今頃、『二対の雫』はどこかの壁の上で指揮をとっているだろう。『魔術詩人』は中央塔で戦況の監視.『祝福の子』は奥の部屋で寝ているだろう。神の魔法ルーンは数日に一度しか使えないそうだ。世界との接続が悪くなるとか。


「俺は一回りして来るよ」


アキは指揮所を出た。遠くから誰かの叫び声が聞こえた。戦争では命が簡単に失われる。

今日は眠れそうになかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ