70話 告白
「すごい大きな城ですね」
隣に立つスノリが呟いた。。アキ達がいるのは帝国と聖国の国境付近に位置する城砦群、その中で最も大きな砦の物見櫓だ。
代表十二使の会議はその後、苛烈を極めた。しかしながら結論はレイの提案を受けることになったのだ、他に手段がないために。
アキ達は国々を回り、交渉と連携を行なった。無論、実質的に行なっているのは、暫定首長権限を付与されたレイだったが。
国々での首脳会議では、一昼夜では終わらないほどの激論の末、帝都の放棄と人間の国全軍力の終結。城砦群での決戦が行われることになったのだ。
「あ、アキさ…アキ!見てくださいあれ」
「なんだ大声を出して、どうしたんだ?」
「あの、あそこの雲がなんとなくクロボさんに似てるななんて…」
スノリの言葉は尻すぼみに小さくなって言った。恥ずかしいのか顔が真っ赤だ。
恥ずかしいなら言わなければいいのに…アキは空を見上げた。乱雑を浮かんだ雲の中に丸いものが見える。確かに、あれに黒い絵の具でも濡ればクロボそっくりだ。まぁ、そんなことを言ったら、世にある丸いものは大体クロボなんだが。
帝国軍は本部隊はすでに撤退済み、残ったわずかな兵で遅延戦闘を繰り返している。魔物の軍は帝都にまっすぐ進んできており、途中の拠点のみ攻略している。そのため民間人は思ったほどには被害が出ていない。
城砦群には二十五万を超える兵が終結している。帝国、聖国、連邦と敗残した王国兵だ。予備兵や義勇兵も多く集まっている。それに各地から『名前付き』、人類の英雄達も現れている。この戦いの鍵を握る者たちだ。彼らは一騎当千、ものの小鬼など相手にはならない。しかし敵にも上位種や特別個体が多く存在している。
「こんなところにいたんですか」
「ヤッホー、アッキー!」
階段から姿を見せたのはセブとアイリーンだ。当然、『原初の火』も重要な戦力だ。バル自治区の要塞化の作業を中断して呼び寄せてある。
「先ほど帝都が落ちたとの連絡が入りました。二時間後に軍事会議が始まります。全く、あなたといると退屈しませんね。場所は最高司令室です」
アキは頷き、歩き出した。
城砦群の中心に位置する最も巨大な城、堅牢な砦群と強固な城壁に守られた本陣、そこに最高司令室が置かれている。
部屋は広く、あらゆる技術と魔術の粋が集められ、広大な戦場の状況を把握できるようなシステムが作られている。
「来たな、よろしいでは始めよう」
この会議に参加している人数は限られている。まずは四つの国の代表、そして三代派閥のトップにこの戦争で唯一人間の後ろ盾となった神、ロキである。もっとも、ロキは会議には出席したがらなかったため、アキが眷属として、代理を務めている。
神々は最後まで、血を与えた眷属達に対して姿を見せなかった。神託も無しだ。人という種の危機を放置するこの異常な事態は、ロキ曰く
「オーディンの命令だろうね。彼は人間を救う気がないのさ。この戦争で君達が死ねば光の神バルドルがヘルの手から戻ってくる。死ななくても大量の戦死者で『死せる英雄達の軍』を強化できるってわけさ」
とのことだ。神の奇跡は望めない。人間達は持っているもので戦わなくてはならない。
「魔物の軍は帝都を陥落させた。しかし、我が勇敢なる帝国兵の奮闘により、人間の国の戦力を集結させる時間を稼ぐことができた。すでに戦略については先の話し合いで決まっていることだ。変更はない。決戦の時は近い、各人は傘下の勢力に対し、今一度作戦確認をお願いする」
最高司令室での会議は短い時間の間に終わった。それもそうだ、作戦会議などは多くの軍師や将軍を交えて、数え切れないほどに長い時間やり終えている。今更トップが集まったところで、やることはないのだ。
これからは国の元首達は、指揮官や兵士達との調整や激励などいくつものやるべきことがあるのだろう。だがアキにはそんな責任はない、彼の下には『原初の火』がいるが、『虚弱な軍師』や『二対の雫』がいるのだ。戦術や作戦は任せてある。
アキは連絡馬車に乗り南西の砦に向かった。城砦群の五つの砦のうちの一つだ。ここがアキの持ち場だった。もちろんその他大勢の兵士、指揮官、将軍などがいる。
『原初の火』の兵達で構成されたアキ達はロキの直轄軍との位置付けで独立して行動することを許されていた。
「帝都が落ちたそうだ。こっちに向かってる。まもなくだ」
集まった幹部達に会議の報告を行うと、セブとアルトは忙しそうに書類の束を抱えて出て行った。ご苦労なことだ。アキも何もしないのも悪いと、適当なところに足を運ぼうと考えていた。
「アキ、大切な話しがあります。二人だけで」
声をかけたのはギュルヴィだった。眼差しは真剣そのものだ。いつものーー最近はそんなことは少ないが、ふざけた様子はない。アキは小さく頷き、後について部屋を出た。
たどり着いたのは砦の物見櫓、今朝にスノリと二人で雲を見ていた場所だ。ギュルヴィはくるりとアキの方に向き直った。
「謝らなくてはいけないことがあります」
「…突然だな、心当たりはないが、もしかしてまたスノリのベッドに潜り込んだのか?あまりやりすぎると嫌われるぞ」
「それは巨人の館への旅の途中のことでしょう。それにあの時はスノリさんが間違えて僕ベッドに潜り込んだんです」
アキは軽く笑って見せた。詩人はそれをみて口を尖らせて答えた。そして、もう一度真剣な目をして言った。
「アキ、ずっと前から言わなければいけないと思ってました。実は僕は…『不平等の民衆』の一人なんです」
「そうか」
「…そうか?それだけですか?僕はあなた達をずっと騙していたんですよ?ロキの指示を受けて、誘導していたんです」
「もっと驚いたほうがよかったか?」
「いえ…そういうわけでは…」
ギュルヴィは顔をしかめてそれっきり黙ってしまった。アキは朗らかに言った。
「なんであれ、お前はいつも俺たちを助けてくれた。その事実は変わらない、ギュルヴィ、お前は俺の仲間だ。それに大切な友人だ」
ギュルヴィは下を向いた。目元に雫の光が反射するのが見えた。
「僕は…僕はでも…」
「気にするな、そんなことより今は目の前の戦争に集中しろよ。頼りにしてるぞ」
「…ありがとう…ございます…」
ギュルヴィは振り絞るように声を出した。アキは肩に手を置き、空を見上げた。今や雲ひとつない青空は、アキの心のように晴れ晴れとしていた。




