51話 招待
「オーディン様、ロキ様と『祝福の子』様です」
「なんだと?…通せ」
扉が開かれ三人は部屋に入った。部屋は館に比べればこじんまりとした書斎だ。机の奥に老人が腰掛けている。
「ロキ、お前は私の軍馬盗んだ。あと半年は顔を見なくてすむと思ったんだがな。間違いだったらしい」
「借りただけだよ。ほら、すぐ返したでしょ?」
ロキは手をフラフラとふってみせる。すでに手枷はない。いつの間にか外したようだ。
「分かった。馬のことはもういい。
じゃあ、消えてくれ。私の館から出て行ってくれ」
「酷くないかい?僕が彼らを連れてきたんだよ?ここにいていいはずだ」
オーディンは睨みつけたが、無理やり追い出したりはしなかった。あるいは無駄だと思ったのかもしれない。
「さて、二人とも旅は大変だったろうが、よくやってくれた。フェンリルとの遭遇は災難だったが、ルーン文字も教会を中心としてよく広まっている。
アキ、お前には約束のニーズベルンの指輪をやろう。これは五つの指輪の一つだ。慎重に扱うように。
スノリ、お前には神々のルーンを教える。トールのものはもう知っているようだが、これで魔法のより高みへと至ることができるだろう」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます、おじ様」
アキは指輪を受け取った。これをユトランドに返すつもりだったが、今さら別にそんな必要もなさそうだ。
「ふむ、してアキよ。お前にはついてきてもらうところがある」
「は、私ですか…?」
「さよう、お前に来てもらう」
嫌な予感がする。とてつもない嫌な予感が。
「どちらに行かれるんですか?」
「それは後ほど説明する。
さて、わたしには少しばかり片付けなければならん仕事がある。その間は適当に神の国を回ってるといいだろう。宿はわたしの館を使え。案内に戦乙女を一人つける」
「僕が案内してもいいよ?」
オーディンはロキを無視した。先ほどとは別の戦乙女が部屋に入る。髪が長く、眼鏡をかけている。厳格そうだ。
「フリストと言います。よろしくお願いします」
「なんだ『援軍』か、僕はついて行くのやめるよ」
戦乙女の名には戦場に関わる様々な意味がある。彼女をみてロキが嫌そうに言った。苦手なタイプなのだろうか。
「それではこちらへ」
フリストの案内でアキ達は館を出た。陽の光が建物に反射して眩しい。
「どちらに行かれますか?」
「まぁ…どこでもいいけど、トールはいるかな?一応知り合いだし、顔を出しておきたい」
「かしこまりました」
向かったのはトールの邸宅、そこはオーディンの館より遥かに大きく、家というより城か砦のようだった。
「巨大な邸宅です。九つの世界で最も大きい住居ですよ。
トール様はご自宅に誰か入られることを気にしておりません。鍵もなければ門番もいない、自由に入れるのです」
そう言って邸宅への扉を開けた。無数の通路、数えきれない階段、おびただしい数の扉を抜ける。
ついたのは広間だった。遠目からでもわかる、赤ひげでがっしりとしたトールが他の二人と話しているようだ。
「フリストか!よく来たな!それで奥にいるのは…おぉ!小僧と小娘ではないか!こっちに来て座れ!」
「お久しぶりです」
馬鹿でかい声でトールが言った。二人は軽く挨拶をし、促された席に座る。
「フリスト、お前はいいのか?あぁそうか、お前は真面目だからな…。
さて、紹介しよう。この娘はオーディンの『祝福の子』スノリだ。こっちの小僧はアキ…だったな?そうだ、アキだ!
二人ともわしが巨人の国に行った時の道連れだよ」
ぺこりと頭を下げた。同席しているのは若い美男子と美女だ。アキは誰なのかおおよそ見当がついた。
「あの時は大変じゃったなぁ!よく生きとった!あの蛇め、次にあったら絞め殺してくれる」
「アキ…というとロキの眷属だね?初めまして、僕はフレイル、君のことは『二対の雫』から聞いているよ」
「私はフレイヤよ、バル自治区での仕事を手伝ってくれたんですってね。ありがとう。『月明かり』のことは残念だわ」
アキの心にチクリと痛みが走ったが、笑顔でごまかした。それにしてもあの双子と雰囲気がそっくりだった。
「あの…すいませんでした。『二対の雫』のアルトさんは僕を庇ったせいで重傷を…」
「君が気に病むことはないよ。あの子達は古の希望の一つだ。そう簡単にくたばったりしないとも」
「希望ですか…?」
「そうよ、はじめに眷属となった七人の人間達。彼らは長い時代を生き、いつしか人の希望と呼ばれるようになったのよ」
フレイヤがにこやかに答えた。その声は美しく、透き通るような声だった。
「まぁ惜しいことをしたものだ。『月明かり』を亡くしてバルドルの奴も悲しんどったな。しかし、【不死の呪い】相手では仕方ないだろうて」
「今度は呪いですか?」
「さよう、あまりにも強すぎる力は人には呪いとなる。竜の小僧も不老不死の体となって、死に場所を探しているそうじゃないか」
「他にはどんな呪いが?」
「ふむ、六つの呪いといってな。六つあるはずじゃが、あまりよく知られてはいない。【不死】以外には【死への未来視】があるのう」
「それはどんなものなんですか?」
トールはニヤリと笑って盃を傾けた。
「知りたいかね?いいじゃろう。
【死への未来視】を持つものは一つの映像を視続ける。必ずやってくる未来じゃ。それは自分の死、その場面を眠るたびに視続ける。回避することはできない。視れば視るほど、自分の死の詳細がわかる。これを呪いと言わずなんという。それに、この呪いを持つものは皆、一ヶ月以内に死ぬのじゃ」
トールは再び盃を傾けた。今度は笑わなかった。




