48話 褒美
「はぁ、はぁはぁ…」
アキは目を覚ました。この世界で何度夢からこうして目覚めただろう。今回は夢ではなく死からだが。頭に靄がかかっているようだ。目覚める前のことをうまく思い出せない。
ギュルヴィが信じられないという顔で目の前にいる。隣には一緒にスノリが泣いて、目を腫らしている。
「リサは…リサはどうなった!?」
詩人は俯いて横を見た。視線の先には『月明かり』がそのまま横たわっていた。胸は血で真っ赤に染まっている。ピクリとも動かない。
「そんな…」
アキはこの時、自分のいる場所を見た。戦いの後の広間だ。離れたところに何人かの人影、その中に見えたのは、死の直前に見た顔。
「ジークフリート!!!」
アキは飛びかかろうと立ち上がったが、すぐに目の前の二人に押さえられた。
「アキさん!戦いは終わったんです」
「あいつがリサを殺したんだ!許せるか!」
「落ち着いてください!戦っても勝てません!」
「『魔術詩人』の言うとおりさ、落ち着きなよ」
からかうような声が聞こえる。アキは睨みつけた。この世で最も厄介な相手を。
「ロキ、何故ここにいる?」
「久しぶりだね僕の眷属。彼が実は僕だったんだよ、驚いた?」
ロキは悪戯っぽい笑みを浮かべて、黒フードをひらひらと振ってみせた。
「どういうつもりだ」
「なに、いろいろ大変だと思ってね。手伝ってあげたんだよ、ヘルと会えたでしょ?
使命達成おめでとう!これで三人の子供達に会うことができた!ご褒美に神の国に招待するよ!」
ありえない、異様な空気だった。ロキは嬉しそうに笑っている。戦いの後、死者が出たばかりの広間で。誰もなにも言わなかった。
アキはこの時、初めてロキを憎いと思った。気まぐれがリサを殺した。気づけば部屋を飛び出していた。一人になりたかった。
「彼は戻ってくるよ。必ずね」
ロキが自慢げに呟いた。
壊れた通路を進み、崩れた階段を登る。たどり着いたのは作戦室の部屋、壁に穴が空き、夕日が差し込んでいる。うな垂れるように座り込んだ。何故こうなったんだ。
時間は人の思いとは無関係にすぎる。夕日は沈み、部屋は夜の灯りに包まれた。アキは少しも動こうとしなかった。クロボもまた、なにも言わなかった。
部屋に人が入ってくる気配がする。それはアキの隣に腰を下ろした。柔らかな甘い匂い、スノリだ。
「アキさん…」
返事はなかった。なにも言えなかった。
「アキさんはなんで、旅をしているんですか?なんで、私と一緒にいてくれたんですか?」
少女がか細い声でそう呟いた。何故?何故俺はこの世界で旅をしたんだ?悪戯の神にただの気まぐれで呼び出され、最初は流れのままにオーディンの命令で彼女と旅をした。何故?神々の黄昏、三人の子供達、この世界の終わりを知っていたからだ。
「アキさんの旅はまだ続くんですか?それとも、もう終わり?」
終われない。世界の終わりまで。それを止めるために旅をしていたはずだ。だが、結果はどうだ?『天呑む狼』『世界蛇』とはろくに会話もしていない。『冥府の女王』との会話は覚えてもいない。なにもできていない。
「俺はまだ、まだやることがある」
何をすればいい?光の神の眷属『月明かり』のリサは死んだ。そうだ、次にやることは、次に起こることは光の神バルドルをロキの暗殺から救うことだ。彼を救えれば神々の黄昏は起きない。
「俺は神の国へ行く」
アキは決意した。それは、新たな旅の始まりだった。




