42話 昔話
アキは再び、バル自治区の通りを歩いていた。隣にいるのは今度はギュルヴィだ。今朝、アキは詩人から少し歩かないかと誘われた。特に任されている仕事もなかったため、二つ返事で了承をしたのだ。それに、アキはギュルヴィが思っていることに大方の察しがついていた。
二人はぶらぶらとあてもなく歩き、適当な酒場で昼食をとった。食後酒を飲み終えた時、ギュルヴィは少し逡巡するそぶりを見せ、やがて口を開いた。
「アキさん、私がスノリさんを----」
「何も言うな、ギュルヴィ」
アキはわかっていた。彼が事件を解決した後も、この数日渡って悩んでいたのを。スノリがいなくなった時、アキは激昂してギュルヴィを責めた。既に謝罪もしているとはいえ、彼なりにけじめをつけたかったんだろう。
「分かってるよお前が責任を感じてるのを。あの時は感情を暴走させた俺が悪かったんだ。誰が付いてても、きっとスノリはさらわれてたよ。お前のせいじゃない、だから何も言わなくていい」
「アキさん…すいません…ありがとうございます」
詩人は目に涙を浮かべて頭を下げた。アキは目の前の友人の肩をたたいた。なんだか清々しい気持ちだった。
「せっかく男二人で出て来たんだ。どこか行こう。クロボ、この辺で何かいいところないか?」
「…この街がどんなところかわかってますよね?なら、ピッタリの場所がありますよ。ロキ様を祀った神殿です」
ロキ関連は出来たら遠慮しておきたかったが
、他に行くところもないため二人は結局神殿へ向かうことにした。
町の外れに見えてきたのは古びた建物だ。壁はひび割れ、柱には蔦が這い上がっている。
「一段とまた凄いところですね」
がたついた扉から入ってギュルヴィが言った。中も荒れ放題だ。床は土がむき出しになり、あちこちから雑草が生えている。
天井の一部が崩れ、陽の光が奥の石像を照らしている。悪魔のような大男だ。鎖を持ち、その先は民衆に繋がっている。
「おや、お客様ですかな?」
声のする方向を見ると老人が歩いてきた。薄汚れているが、服装からして神官のようだ。
「勝手に入らせてもらってるよ」
「もちろん構いませんよ、ここは寂れた場所ですが、どうぞゆっくりしていってくだされ」
アキ達は軽く会釈して挨拶した。老人は微笑みながら言った。
「石像を見ていたようですね。それはロキ様です。鎖が見えますか?自由のために人々を解き放つ場面を彫ったものです」
この大男がロキ?冗談みたいだが神官は本気のようだ。まぁ、ここはロキを祀った場所だから、目立つ場所にあるのはロキを象ったものなのだろう。
それにしても全く似ていない。それにこの石像からはロキが鎖で人々を縛っているようにしか見えない。
「見事な彫刻です。ところで、ロキ様がこの街を作ったというのは本当なんですか?」
アキは詩人のお世辞がわざとらしいと思ったが、老人は嬉しそうに答えた。
「そうでしょう?あぁ本当ですとも、ロキ様は何もない荒野に、真の自由のための街を作られたのです。少し昔話をしても良いかね?」
「ええ、もちろんです」
「ありがとう、あれは古き時代、まだ人間の国が四つの国に分かれていなかった頃。人同士の大きな争い、『大戦』がおきた。戦士にはオーディン様やトール様が加護を与え、共に戦ったが、戦う術を持たない弱きもの達、彼らの前に現れたのが、ロキ様じゃった。
ロキ様は力無き人々を導き、あらゆる組織、国、軍隊に属さない共同体を作り上げた。それが『不平等の民衆』、彼らと共に一つの街を作った」
ロキの性格からすると、自分が自由に使える人の駒を持っただけのように思える。弱き人々の前に現れるなんて、煽動しやすいからじゃないか?
アキの思いとは関係なく、神官は話を続ける。
「その街では戦争のための条約も協定も意味をなさなかった。場所は南の外れで戦略的価値もなく、わざわざ攻め入る軍もなかった。完全に独立しており、多くの民が庇護を求めて集まった。いつしか『大戦』は終わり、人間は手を取り合って復興の道を歩みだした。街は外と不干渉を貫いていたため、少しずつ人が減り、やがて殆ど居なくなってしまった。残った街にはならず者達が居着いた。それがバル自治区の昔話じゃ」
老人は語り終えた。ロキの本心はわからないが、かつてこの町に集ったのは戦いを嫌ったもの達。気づけば独立は孤立に、誰からも奪われぬ自由は、誰からも奪う自由になった。アキは複雑な気持ちだった。
「貴重なお話ありがとうございました。この街にそんな伝承があったとは知りませんでした」
「私こそありがとう。今日は珍しい日だ、来客は君らで二人目だからね。またいつでも来るといい」
アキ達は挨拶して神殿を出た。この街を作ったのは本当にあの知っているロキなのか。『不平等の民衆』はどうなったのか。
神官の言葉が、なんとなく頭に引っかかっていた。




