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意外と知らない北欧神話   作者: アイスの棒
恐ろしい三人の子供達
30/89

28話 軍


王都で一晩を過ごした一行は、再びトールの戦車で移動していた。トールとリサはいびきをかいて寝ている。昨日は一日中、王都の蜂蜜酒を飲み続けていたらしい。ギュルヴィが泣きそうな顔になりながら、二人を引きずって宿屋に帰ってきたときは、さすがに笑ってしまったほどだ。


「アキさん、これで良かったんですよね?」


詩人は心配そうに声をかけた。戦車はある地点に向かっている。それは『|聖なる柵《ハイ・ガード』に空いたとされる穴だ。魔物が集結しているらしい。

普通なら避けるのが当然だが、アキには考えがあった。このまま魔物達が王国になだれ込めば被害は甚大だ。その前に、なんとかトールに蹴散らしてもらえないかと思ったのだ。


「わからん、俺たちにも被害が出るかもしれん。だけど、俺達には国を救えるかもしれないほどの戦力がある。トールもわざわざ俺たちを見殺しにしたりはしない…と思う」


アキは正直自信がなかった。神は気まぐれだ。トールはかなり人間味があるが、何もしてくれないことも考えられる。しかし、王都で詩人から話を聞いた時に、アキはできる限りのことをしようと決意していた。


「まぁ、どれくらいで着くかもわからないですけどね。この戦車の速さは想像がつきません」


詩人は肩をすくめた。

穴に向かうようにトールを説得するのは簡単だった。それは今日の出発前のことだ。蜂蜜酒の飲み過ぎでフラフラしているトールに対しアキは言った。


「トール様、『聖なる柵(ハイ・ガード)』に穴が空いているようです」

「んー?なんじゃと?それはいかんな…わしは担当じゃないが、…まぁ見に行くか」

「魔物達が集まっているようですが」

「ふむ…まぁ大丈夫じゃろ…。うえっ気持ちわるいのう」


とのことで経由地が決まった。トールの発言からなんとかしてくれそうだが、酔っ払いだ。起きたら忘れているような気もする。

夜になって、ようやく全員が目を覚ました。リサは何度かトイレに行って吐いている。


「ううぅぅ。昨日はさすがに飲み過ぎたね。今から何?魔物がたくさんいるとこに行くんだって?トールん、それって後どれくらいでつきそうなの?」

「そんなの知らんわ!だが、まぁ明日の昼過ぎくらいに着くように山羊たちに言っておこう。それなら酒も抜けるじゃろう」


トールはそう言いながら酒瓶を開けている。こいつは酒がないと死ぬのか?飲み過ぎで自分のさっき言ったことすら覚えてないのか?

アキはやはり心配になってきた。


翌日の昼過ぎ、トールは戦車の上から大きな声で合図した。


「間も無く着くぞい!」


戦車に衝撃が走る。外を見ると大量のなにか《・・・》を跳ね飛ばしながら進んでいるようだ。砂埃が舞うせいでいまいち様子がわからない。


「そら!戦車から出てこい!」


頭上から雷のような声が轟き、戦車が止まる気配がする。一行は扉から飛び出た。

目の前には天高くそびえる巨大な柵が見えた。『聖なる柵(ハイ・ガード)』だ。一部が焼き焦げたように崩壊している。

戦車の周りは砂埃が舞い上がっているが、それを取り囲んで、魔物の群れが雄叫びをあげている。数は数えることができない。目の前全てに広がっているのだ。


「ガハハハ!!久々に面白くなりそうじゃのう。お前たちの戦いの様子も見せてもらおう」


トールはそう行って大鎚ミョルニルを振り上げた。雷撃が地面を走り、魔物達が灰になった。


「おぉ!こんな数見たことないね!」


リサはそう言って魔物の群れに切り込んでいった。片眼の眼鏡モノクルの奥は煌めくように青い光を纏っている。『月明かり』は未来を見ているように、乱戦の中で攻撃をかいくぐり、優雅に舞っている。


「私とアキさんでスノリさんをカバーしましょう。スノリさんは自由に魔法を放ってください」


こちらに飛びかかる小鬼ゴブリンを剣で切り倒し、ギュルヴィが叫んだ。アキは漆黒の短剣を取り出し、補正される動きに身を任せた。両手に持った短剣が次々と襲いかかる魔物の急所を切り裂く。

返り血が降りかかるが、そんなことを気にしていられる状況ではない。望んだ展開のはずだ。魔物の軍に対して、トールは高笑いをしながら攻撃を繰り出している。リサも単身で魔物の群れを屠っている。アキは何も考えていなかった。ただ目の前の敵に対して、最適な攻撃を体が行うだけ。


「トロール!右前方!数2!」


詩人が叫ぶのが聞こえる。無意識にそちらを見ると、トロールの頭が吹き飛ぶのが見えた。スノリの魔法のようだ。アキは視線を前に戻した。

時折詩人の叫び声が聞こえる。『月明かり』が魔物の吹き飛ばす姿が見える。スノリやトールの魔法による地響きが聞こえる。

どれくらい時間が経ったのかわからない。戦うことはわかっていたはずだが、突然こんな死地に立たされるとは…。目の前には魔物の軍が広がっている。アキはもうフラフラだった。


「トール様!一度引きましょう!」


詩人が力一杯叫んだ。トールが笑いながら答える。


「なんじゃもう限界か?戦車の中に入っとれ!リサ!お前も戻れ!」


スノリの魔法が目の前一帯を吹き飛ばした。その間に詩人がアキを無理やり戦車に引っ張り込む。その後すぐに、どこからともなくリサが現れ、戦車の扉が閉まる。


「やっぱりこっちが五人じゃ全然減らないね!やっぱり数は大事だなー」


リサはけろりとして言った。アキはもう体が動かず、その場で倒れ込んでいる。詩人も少女も息を切らして座り込んだ。

戦車が動き出す、魔物を跳ね飛ばしながら進んでいる。しばらく経ってからまた急に止まった。


「スノリ出てこい!」


頭上から雷の声だ。少女ばびくりとしたが、すぐに行動を開始した。アキはなんとかついていく。

外に出ると、魔物の軍から少しばかり離れた全体が俯瞰できる丘の上だった。地面にはびっしりと魔物達がうごめいている。


「なんじゃお前も来たのか」


よろよろと歩くアキの姿を見てトールが言った。


「スノリよ、前に教えた魔法ルーンがあるじゃろう。あれを使ってみなさい」

「雷神の魔法ルーンですか?あれは基本文字に入っていない、危険なものだってトール様が…」

「よい、お前の実力なら制御できるじゃろう」


物騒な会話だ。アキは止めようとしたが、喉が思うように動かず、声が出なかった。


「…わかりました…『轟き(ドラグ)』『響く(ボルド)』『雷神よ(トール)』----」


スノリは目を閉じて詠唱を始めた。明らかに通常とは異なる魔法の気配がする。世界が震えている。異変を受けて、ギュルヴィとリサも飛び出して来た。驚きのあまり目はスノリに釘付けになっている。世界が震えている。アキは生唾を飲み込んだ。


「----『闘争において(ハクアス)』『灰になれ(アルディアス)』!」


目も眩む閃光と鳴り響く轟音、巨大な雷渦が戦場を呑み込んだ。何も見えない。

目が元に戻った時には、大地は黒く焼き焦げ、灰が宙を舞っていた。地に動くものはただ一つもなかった。

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