28話 軍
王都で一晩を過ごした一行は、再びトールの戦車で移動していた。トールとリサはいびきをかいて寝ている。昨日は一日中、王都の蜂蜜酒を飲み続けていたらしい。ギュルヴィが泣きそうな顔になりながら、二人を引きずって宿屋に帰ってきたときは、さすがに笑ってしまったほどだ。
「アキさん、これで良かったんですよね?」
詩人は心配そうに声をかけた。戦車はある地点に向かっている。それは『|聖なる柵《ハイ・ガード』に空いたとされる穴だ。魔物が集結しているらしい。
普通なら避けるのが当然だが、アキには考えがあった。このまま魔物達が王国になだれ込めば被害は甚大だ。その前に、なんとかトールに蹴散らしてもらえないかと思ったのだ。
「わからん、俺たちにも被害が出るかもしれん。だけど、俺達には国を救えるかもしれないほどの戦力がある。トールもわざわざ俺たちを見殺しにしたりはしない…と思う」
アキは正直自信がなかった。神は気まぐれだ。トールはかなり人間味があるが、何もしてくれないことも考えられる。しかし、王都で詩人から話を聞いた時に、アキはできる限りのことをしようと決意していた。
「まぁ、どれくらいで着くかもわからないですけどね。この戦車の速さは想像がつきません」
詩人は肩をすくめた。
穴に向かうようにトールを説得するのは簡単だった。それは今日の出発前のことだ。蜂蜜酒の飲み過ぎでフラフラしているトールに対しアキは言った。
「トール様、『聖なる柵』に穴が空いているようです」
「んー?なんじゃと?それはいかんな…わしは担当じゃないが、…まぁ見に行くか」
「魔物達が集まっているようですが」
「ふむ…まぁ大丈夫じゃろ…。うえっ気持ちわるいのう」
とのことで経由地が決まった。トールの発言からなんとかしてくれそうだが、酔っ払いだ。起きたら忘れているような気もする。
夜になって、ようやく全員が目を覚ました。リサは何度かトイレに行って吐いている。
「ううぅぅ。昨日はさすがに飲み過ぎたね。今から何?魔物がたくさんいるとこに行くんだって?トールん、それって後どれくらいでつきそうなの?」
「そんなの知らんわ!だが、まぁ明日の昼過ぎくらいに着くように山羊たちに言っておこう。それなら酒も抜けるじゃろう」
トールはそう言いながら酒瓶を開けている。こいつは酒がないと死ぬのか?飲み過ぎで自分のさっき言ったことすら覚えてないのか?
アキはやはり心配になってきた。
翌日の昼過ぎ、トールは戦車の上から大きな声で合図した。
「間も無く着くぞい!」
戦車に衝撃が走る。外を見ると大量のなにか《・・・》を跳ね飛ばしながら進んでいるようだ。砂埃が舞うせいでいまいち様子がわからない。
「そら!戦車から出てこい!」
頭上から雷のような声が轟き、戦車が止まる気配がする。一行は扉から飛び出た。
目の前には天高くそびえる巨大な柵が見えた。『聖なる柵』だ。一部が焼き焦げたように崩壊している。
戦車の周りは砂埃が舞い上がっているが、それを取り囲んで、魔物の群れが雄叫びをあげている。数は数えることができない。目の前全てに広がっているのだ。
「ガハハハ!!久々に面白くなりそうじゃのう。お前たちの戦いの様子も見せてもらおう」
トールはそう行って大鎚を振り上げた。雷撃が地面を走り、魔物達が灰になった。
「おぉ!こんな数見たことないね!」
リサはそう言って魔物の群れに切り込んでいった。片眼の眼鏡の奥は煌めくように青い光を纏っている。『月明かり』は未来を見ているように、乱戦の中で攻撃をかいくぐり、優雅に舞っている。
「私とアキさんでスノリさんをカバーしましょう。スノリさんは自由に魔法を放ってください」
こちらに飛びかかる小鬼を剣で切り倒し、ギュルヴィが叫んだ。アキは漆黒の短剣を取り出し、補正される動きに身を任せた。両手に持った短剣が次々と襲いかかる魔物の急所を切り裂く。
返り血が降りかかるが、そんなことを気にしていられる状況ではない。望んだ展開のはずだ。魔物の軍に対して、トールは高笑いをしながら攻撃を繰り出している。リサも単身で魔物の群れを屠っている。アキは何も考えていなかった。ただ目の前の敵に対して、最適な攻撃を体が行うだけ。
「トロール!右前方!数2!」
詩人が叫ぶのが聞こえる。無意識にそちらを見ると、トロールの頭が吹き飛ぶのが見えた。スノリの魔法のようだ。アキは視線を前に戻した。
時折詩人の叫び声が聞こえる。『月明かり』が魔物の吹き飛ばす姿が見える。スノリやトールの魔法による地響きが聞こえる。
どれくらい時間が経ったのかわからない。戦うことはわかっていたはずだが、突然こんな死地に立たされるとは…。目の前には魔物の軍が広がっている。アキはもうフラフラだった。
「トール様!一度引きましょう!」
詩人が力一杯叫んだ。トールが笑いながら答える。
「なんじゃもう限界か?戦車の中に入っとれ!リサ!お前も戻れ!」
スノリの魔法が目の前一帯を吹き飛ばした。その間に詩人がアキを無理やり戦車に引っ張り込む。その後すぐに、どこからともなくリサが現れ、戦車の扉が閉まる。
「やっぱりこっちが五人じゃ全然減らないね!やっぱり数は大事だなー」
リサはけろりとして言った。アキはもう体が動かず、その場で倒れ込んでいる。詩人も少女も息を切らして座り込んだ。
戦車が動き出す、魔物を跳ね飛ばしながら進んでいる。しばらく経ってからまた急に止まった。
「スノリ出てこい!」
頭上から雷の声だ。少女ばびくりとしたが、すぐに行動を開始した。アキはなんとかついていく。
外に出ると、魔物の軍から少しばかり離れた全体が俯瞰できる丘の上だった。地面にはびっしりと魔物達がうごめいている。
「なんじゃお前も来たのか」
よろよろと歩くアキの姿を見てトールが言った。
「スノリよ、前に教えた魔法があるじゃろう。あれを使ってみなさい」
「雷神の魔法ですか?あれは基本文字に入っていない、危険なものだってトール様が…」
「よい、お前の実力なら制御できるじゃろう」
物騒な会話だ。アキは止めようとしたが、喉が思うように動かず、声が出なかった。
「…わかりました…『轟き』『響く』『雷神よ』----」
スノリは目を閉じて詠唱を始めた。明らかに通常とは異なる魔法の気配がする。世界が震えている。異変を受けて、ギュルヴィとリサも飛び出して来た。驚きのあまり目はスノリに釘付けになっている。世界が震えている。アキは生唾を飲み込んだ。
「----『闘争において』『灰になれ』!」
目も眩む閃光と鳴り響く轟音、巨大な雷渦が戦場を呑み込んだ。何も見えない。
目が元に戻った時には、大地は黒く焼き焦げ、灰が宙を舞っていた。地に動くものはただ一つもなかった。




