16話 学院
『人間の国で最も美しい街はどこか、その問いには自信を持って答えられる
グラシル王国北部に位置する湖の街ミスラン、フレイヤの涙と呼ばれる湖のほとりにある街だ
真珠のようにきらめく建物、入り江には人魚達が男を誘って美しい踊りを見せる
フレイヤの涙からに沈む夕日は、見たものに感嘆を与えるだろう』
-ポストウィンの世界旅行記 湖の街ミスラン-
「そもそも学院って何する場所なの?」
アキは歩きながら思いついたことを口に出した。それに対して、いつものように解説係がスラスラと答える。
「星の学院は、魔術、非魔術問わず教育を行う場所です。しかしここ、本院に限り、純粋の魔術師教育のみに力を入れています。他にも、新たな魔術の研究や、生活を向上させるための道具の開発などを担っています。最終目的は魔術を超える魔法の開発ですね」
「そうそう、それが三日、四日前くらいにね。新しい魔法が伝えられたんですよ」
クロボの説明に対して、横からギュルヴィが口を出した。
「どういうこと?」
「なんだか、学長が神託を受けたらしくてですね。ルーン文字って呼ばれてるんだけど、これまでの魔術とは全く異なる理論で、魔法の使用が可能になったって話なんですよ」
「へ、へぇ…学長は神の眷属なのか?」
聞き覚えがある。アキは感情を悟られないように気をつけながら聞いた。
「そうですよ。魔術の父である主神オーディンから加護を得てます。多くの人間にルーン文字を伝えよと言われたようで、まず本院の魔術師たちに公開されたってわけです」
「中々難しくて使えるのはまだ一握りですけどね」と続ける詩人の話を聞いて、アキは考えていた。オーディンは既にルーンを広める作業にかかっている。時期的にはアキ達がトロール退治に出発した頃だ。自分達が帝国に跳んだことを知っていれば、昨晩の間に眷属の学長にコンタクトを取っているかもしれない。なにせ全知の神だ。スノリのことも溺愛しているようだし、可能性はある。
「着きましたよ」
廊下の果てには木の梯子がかかっていた。ギュルヴィが先に登り、天井にある押し戸を開けた。アキ達もそこに続く。
梯子を登りきると、倉庫の一室のようだ。古びたキャビネットや本棚、机や椅子が無造作に置いてある。
「どうぞ、お嬢様」
ギュルヴィが梯子を登るスノリに手を差し出している。少女は少し迷う素ぶり見せたものの、自分一人で登りきった。詩人はアキの方をみて肩をすくめてみせたが、アキは無視した。
倉庫を出ると、そこは広大な広間だった。天井からは美しく光るシャンデリアが垂れ下がっている。何人かの人が、ローブを纏い固まって移動しているのが見えた。
「さぁ、いろいろみて回りましょうか。今はルーン騒ぎで通常のカリキュラムは停止しています。授業は残念ながら見れないかもしれません」
詩人の案内で、一行はいくつかの部屋を見て回った。半円形に広がる教室、天突くような尖塔、何千人も入れそうな巨大な演習場、不可思議な薬品が立ち並ぶ地下室、何万冊あるのかわからない高く本が積み上げられた図書館などだ。
「おい、ギュルヴィ殿ではないか?貴方は確か退学処分になったはずだ」
天井が美しい星空になっている食堂で、ある男に声をかけられた。ギュルヴィはニコニコしながら答える。
「あぁ、ハイムス殿下。そうですよ、わたしは退学になったので、荷物をまとめるために戻ってきたのです。こちらのお二方はわたしの手伝いをしてくれる友人です」
「そうなのか、なら問題なさそうだな。もちろん、許可は取っているのであろうね?」
「無論です殿下。お心遣いに感謝いたします」
詩人は優雅に頭を下げた。ハイムスも満足したのか、手を上げて取り巻きとともに離れていく。こいつ、流石に口が上手いようだ。アキがホッとしていると、つかつかと女性が歩いてきた。つり上がった眉に眼鏡の奥には鋭い眼差し、深い赤のローブをまとっている。
「おや、ペシア先生。いかがなさいましたか?」
「ギュルヴィ君、貴方は退学処分になり、この敷地から強制退去命令を受けたはずです」
ギュルヴィの柔らかな挨拶に対し、ペシア教授は冷たく言い放つ。今すぐ叩き出すといった剣幕だ。
「先生、もちろん学長から許可をいただいてます。荷物を取りに帰る間だけですけどね。これが書類です」
詩人が取り出した羊皮紙をペシアは引ったくった。羊皮紙に目を落とした瞬間、女教師の目から光が失われ、トロンとなるのをアキは見た。
「ええ、これなら問題ないわね。いってよろしい」
「ありがとうございます先生。さぁ、行こう」
ギュルヴィはペシアが持つ羊皮紙をするりと抜き取り歩き出した。ペシアはまだ羊皮紙があったはずの場所を泳いだ目で見ている。二人は後を追って食堂から出た。
「ほらね、問題ないでしょう?」
「あの紙、何をしたんだ?」
歩きながらおどけてみせる詩人に対して、アキは問いかけた。
「あの羊皮紙にはルーン文字が書いてありましてね。ちょっとした催眠効果のあるものです。一時的なものなので危険はありません。いったでしょう?僕はここのエリートだって」
「元だろ」
アキの一言にギュルヴィはくすりと笑うだけだった。
「ここにしましょう。ここなら邪魔は入らない」
三人はある扉に入った。そこは、壁や床、天井までが黒ずんだ大きな広間だった。
「ここは…なんですか?」
スノリが部屋を見渡しながら質問する。アキは床を触って見た。黒い粉が指に着く、どうやら煤のようだ。
「ここは『戒めの広場』と呼ばれてる場所です。人はあまり来ることがない。こうなったのはそう、その昔、悪戯の神ロキが学院に現れた時のことです」
詩人が物語を語るように言葉を紡ぎ始める。ロキの名前にうんざりする。どうせろくな話ではない、しかし二人は黙って聞くことにした。
「ロキは学院を回りこういった。『ある魔法を使って、1番大きなものを作ったものに、神の褒美を与えよう』と。その言葉につられて、三十人もの魔術師が集まった。その中にはかなり力を持つ魔術師も何人か混じっていた。ロキは使う魔法を魔術師たちに教えた。それは花火の魔法だった。それは、使う人間が多ければ多いほど、力を増す類のものだった。何も知らない魔術師たちは一斉に魔法の言葉を紡ぎ、その後がこの有様さ。当時の学長は、この悲惨な事件を忘れぬよう、そして『魔術を自身の欲のために使った者の末路』としてこの『戒め広間』を遺すことに決めたそうだ」
悲しい話だ。と呟いて詩人の語りはそこで終わった。やはり、ここでもロキはとんでもないことをしている。三十人の魔術師を何の意味もなく殺すとは、頭がいかれてるとしか思えない。アキはこの国でロキの眷属だとバレないようにすることを、強く誓った。




