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意外と知らない北欧神話   作者: アイスの棒
恐ろしい三人の子供達
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15話 跳んだ先は

『トールの持つものは素晴らしい魔法の力を秘めている

稲妻に似た、投げても持ち主の手に戻る大鎚ミョルニル

締めれば力を倍増させる金色のベルト(バルトルルル)

あらゆるものより硬く、火の国(ムスペルヘイム)の炎でも形の変わらない鉄の籠手(メルト)

さらに素晴らしいのはこれらの道具を使いこなす勇敢なトール自身だ』


-ギュルヴィのたぶらかし 雷の道具-



回転が終わった時、そこは既に別の場所だった。往来する人々の視線を感じる。アキは急いで抱き上げていたスノリを下ろした。街灯がある。通りがある。店がある。どこかの都市のようだ。

スノリは状況が理解できていない。周りを見渡しながら、目を何度もこすっている。


「クロボ」

「お待ちください…わかりました。ここはギムレー帝国の『学術都市』スプリントベルですね」

「帝国?国を渡ったか、まぁ人間の国(ミッドガルド)なだけましか…」


アキは大きく息を吐いた。良かった。一か八かの賭けだったが、とりあえず安全な場所に跳べたようだ。また、服が血まみれのままなことにも気づいた。


「服を買いたい。金はオーディンからもらった巾着がまだある。その後、適当な宿屋に入ろう」


アキはそう言うと歩き出した。スノリはまだぼーっとしていたので、腕を引っ張っていった。通りを進むと都合よく服屋があった。適当なものを選び、外は寒かったので合わせてスノリと自分のコートを購入した。店主は血まみれの姿にギョッとした様子だったが、なにも言わなかった。

一行は適当な宿に入り、手早く受付を済ませて部屋に入った。やっと休める。アキは倒れこむように座った。


「えっと…どうなってるんですか?ここはどこですか?」


スノリがやっと口を開いた。理解が追いついていないようだ。宿に入ったというのに部屋の入り口でつっ立っている。


「俺の能力ギフトでどこかに無作為に移動するのがあるんだ。それを使って今、ギムレー帝国の学術都市にいる。もう安全だ」

「あ…そうなんですか。私、死んだかと思いました。大きな狼が私を飲み込もうとして、それで…」


アキは身を起こすと、少女の前に歩いていった。顔を近づけて手を握る。数時間前と逆の立場だ。


「スノリ、もう大丈夫だよ」


少女はへなへなと座り込んだ。腰が抜けている。それほどに恐ろしい体験だった。間違いなく、能力ギフトがなければ死んでいただろう。アキは少女に肩を貸してベットに座らせた。


「何か食べ物を持ってくる」


そう言い残してアキは部屋を出た。酒場、宿屋の一階に降りるとざわざわとする人の話し声に混じり、なにやら音楽が聞こえる。酒場の壁に寄りかかるようにして、飾りのついた帽子をかぶった男が弦楽器リュートを爪弾いているのが見えた。


「『遥か昔のそのまた遠い昔のこと、太陽と月の交わる日のこと、火の国(ムスペルヘイム)が、眩しく燃え上がっていた時代のこと。舌王ハイルストンの王女が拐われ、王は勇者を集めた。集まったのは九人の英雄。これは、彼らの冒険の物語-----』」


吟遊詩人が物語を紡いでいる。周りの男たちは盃を持って詩に聞き入っているようだ。アキも少し興味を惹かれたが、今は身体がくたびれ果てている。カウンターに行き、食事を受け取ると、チラリと詩人の方を見て部屋に戻ることにした。物語は九人の英雄の一人が怪物と戦う場面に移っていた。

部屋に入ると少女は既に眠っていた。アキは持って来た盆を机に置くと、自分もベットに潜り込んだ。そして、丸太のように眠った。その日は、なんの夢もなく、ぐっすり休むことができた。



目が覚めると、太陽は既に真上に登りきっていた。昼過ぎだ、アキは伸びをして起き上がる。部屋に少女の姿はない。クロボもいないので、特に心配はしていなかった。欠伸をしながら下に降りていく。

酒場につくと、スノリの姿が見えた。昼は食事のために解放されているものの、夜よりは人が少ないためすぐに見つかった。同じテーブルに見知らぬ男が腰掛けている。アキは訝しげに思いながらも近寄っていった。


「おはようスノリ」

「…おはようございます」


言葉に棘があるようにアキは感じた。同席している男の顔は見覚えがある。昨晩、弦楽器リュートを弾いていた吟遊詩人だ。深緑切り揃えられた短髪に、はにかむような笑顔を浮かべている。


「やぁ、君はスノリさんと言うのか。美しく、可愛らしい貴女にぴったりの名前ですね」


大体理解した。昼からナンパとは元気なことだ。吟遊詩人の男を完全にいない(・・・)ものとして扱っているスノリにならい、アキも無視して空いている席に腰掛け、飲み物を注文した。


「スノリさんのお兄様ですね?初めまして、僕は吟遊詩人のギュルヴィと申します。以後お見知り置きを」


詩人は優雅に席を立ち一礼する。アキは驚きを隠せなかった。都合よく、現れたアキを兄扱いしたことではない。詩人の名前のことだ。ギュルヴィは北欧神話に登場する人間のうちの一人。王でもあり吟遊詩人でもある彼は、オーディンとの魔法戦を幾度も繰りひろげ、最終的には和解するという、オーディンにとって人間の好敵手ライバルような存在だ。そんな英雄が昼の酒場(こんなところ)元奴隷の少女をナンパ(こんなこと)しているなんて信じられない。


「スノリさんは魔術師だったりしますか?そこの黒いのは使い魔かな?僕もこう見えて魔術師の心得もあるんですよね」

「スノリ、もう行こうか」


ギュルヴィ(こいつ)に付き合っても要らぬ面倒ごとを引き起こしそうだ。そんな感覚もあり、アキは立ち上がった。二人は代金の硬貨を何枚かテーブルに置き、建物を出る。


「申し訳ありませんでした。アキ様、スノリ様。不届きな輩が勝手にテーブルに座り、私にはどうすることも…」

「別にクロボのせいじゃない、気にするな。ところであいつはどんなやつだ?」

「特に神々の中で話題に出るような人間ではありませんね。ただの人です」


元の世界では有名だが、こちら(・・・)ではそうでもないらしい。または、これから有名になるかだ。思いふけっていると、スノリが声を出した。


「あの…私、学院に行ってみたい」

「学院?」


「学術都市には三大派閥ファンクションの一つ、ステラの学院の本院があるんですよ」と説明係クロボが教える。なんでも、ギュルヴィが来るまで二人はその話をしていたとか。


「おっとお二人方。本院に行かれるので?それでは、この僕におまかせください。なにしろ僕はステラの学院のエリートですから」


振り返ると、後ろから現れたのは二人を追って来た吟遊詩人ギュルヴィだ。アキは無表情になる。派閥ファンクション繋がりもあるとは、間違いなく面倒なやつだ。スノリはあらかさまに嫌そうな顔をしている。


「とりあえず行こう。クロボ、案内を頼む」

「おっとつれないなぁ、本院は加入しているものの紹介状がないと中に入れないよ?」

「そうなのか?」

「いえ、そのような記録はありません。尤も、私が訪れたのはかなり前ですので、規則が変わっているかもしれませんが」

「まぁまずは行ってみよう」


二人は歩き出した。後ろから当然のように詩人も付いて来るが、諦めて無視することに決めた。街を一時間ほど歩くと、巨大な橋にたどり着いた。向こう側にはいくつもの尖塔が立ち並ぶ古城が見える。入り口には衛兵が立っていた。


「すいません、ちょっと中を見学させてもらいたいんですが」

「駄目だ、残念だが今は紹介状のあるものしか入れない」


アキの問いかけはすぐさま衛兵に却下された。どうやら詩人の言うことは本当らしい。


「あの後ろにいるやつ、あいつは入れるんですか?」

「ん?あれはギュルヴィ殿か?もちろん駄目に決まっている。彼は破門された」


離れたところでスノリの横に格好をつけて立っている詩人を指差して聞くと、思いもよらない答えが返ってきた。スノリのところに戻ったアキは、詩人に向けて冷たい視線を放った。


「お前、破門されてるんだってな。どうせお前も入れないじゃないか」


視線をかわすようにギュルヴィは指を立てて左右に振った。口元は笑みが広がっている。


「ふふふ、僕は何も正面から入るなどとは言っていませんよ、お兄様。当然、秘密の抜け道があるのです」


アキはまた無表情になった。どうやら詩人こいつの言葉を聞くと、感情が失われるらしい。正直関わり合いにはなりたくなかったが、学院に入るには力を借りなければならないようだ。アキはちらりと少女をみた。ほとんど欲求を表に出さないこの娘が言うのだ、ぜひ連れて行ってあげたい。


「その抜け道は安全か?中に入ってからの行動はどうなる?捕まったりしないか?」

「ふ、お兄様。やっと僕と話してくれましたね。安心してください、絶対に大丈夫だと保証します」


信頼はできないが、自信はあるようだ。嫌だったが、アキはギュルヴィと行動することに決めた。


「アキさん、いいんですか?」

「せっかくここに来たんだ。行ってみよう。クロボ、いいだろ?」

「問題ありません。その男が信頼できるかは分かりませんが、いざとなれば逃げればよろしいでしょう」


クロボには反対されるかもと思ったが、なんてことはない、主人ロキは行きたいところに行く。入ってはいけないと言われる場所にこそ、喜んで入るような性格だ。不法進入について寛大にもなる。


「じゃあお前に頼むことにする。俺はアキだ。別にスノリの兄ではない。腰についてるのが使い魔のクロボ。あっちはもう知っているが、スノリだ」

「そうだったんですか。アキさん、喜んでご案内しますよ。スノリさんも、クロボくんもよろしく」


大げさに反応した後、変に格好をつけて礼をする。キザなやつだ。

ギュルヴィの案内に従って、橋の下手に降りた。詩人が橋の支柱のレンガを叩くと、人一人が通れそうな穴が空いた。


「レデイーファーストです」

「いいからお前が先に行け」


アキは詩人を押し込み、続けて穴に入る。そこは外からでは考えられないほど広い石造りの通路だった。所々で松明の火が揺らめいている。


「少しここから歩きます。足元が濡れていることもありますのでご注意下さい」


三人は廊下を歩き出した。

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