13話 殺し
『死の国ではね、冥府の女王ヘルが戦いのために船を作っているの
その船は死者の爪を使って出来ているから、死んだ人を埋葬するときは、爪を切らなければならないのよ』
-古のエッダ 若き老婆の戯言-
息が荒い、呼吸が乱れる。緊張で頭がくらくらする。ちらりと横を見ると、スノリが真っ青な顔をしている。
アキは岩陰から周りをうかがった。未だ動きはない、いや、いる。生い茂る木々の間から姿を現したのは、緑の体皮、醜悪な顔でよだれを垂らしてた小鬼だ。
アキは手に握った真っ黒な短剣を握りしめた。汗で手が滑る。もう一度横を見た。少女は震えている。
「今です!」
クロボの合図でアキは飛び出した。すぐさま手に持った短剣を思い切り投げる。投合物は真っ直ぐに飛び、最前列にいた小鬼の額に突き刺さった。
後ろでスノリが何かを呟くのが聞こえる。小鬼達が叫び声をあげながら突進してくる。アキは-----
その日の朝、アキ達は村を後にし、レイムスの森に入り込んだ。木々は深く生い茂り、薄っすらと暗い世界を作り出している。アキはこちらの世界に来た時のことを思い出していた。ちょうどこんな森だった。なんだか、それからとても長い時間が経ったように感じる。
クロボの案内で、森を二人は歩いた。とても静かだった。聞こえるのは風に揺られる葉音だけ。時おり、木々の隙間から柔らかな日差しが目に入る。スノリも森の散策を楽しむように鼻歌を歌っている。アキと視線が合うと、あわてて顔を真っ赤にして静かになった。別に鼻歌ぐらいいいじゃないか。
数時間歩いただろうか、足に疲れを感じ始めていた時、クロボが突然警告を発した。
「止まってください!なにか、いえ、この魔力反応からして小鬼でしょう。右前方、2時の方角から向かって来ます。五匹。|はぐれのようです。
「なんだよ?どうすればいい?」
アキは焦りながら聞く、不味い、これがロキの言ってたなにかか?
「そこの岩陰が良さそうですね、右後ろのとこです。さぁ、そこに隠れて!」
クロボは冷静に指示する。声に緊張が含まれているのをアキは感じた。急いでスノリを連れ、岩陰に隠れる。
「まっすぐこちらに来ていますね。臭いで追って来ていると考えるべきでしょう。迎撃するしかありません」
「逃げるのは?俺は戦えないぞ!どうしろって言うんだ!」
アキは混乱しながら叫ぶ。妙に現実感がなかった。小鬼は物語では最弱の魔物、狩りの対象。だが、物語の主人公達は戦いの術を知っている。アキは知らない。
「落ち着いてくださいアキ様。いいですか?選択肢はありません。戦うか、死ぬかです。小鬼が五匹程度、大丈夫です。まず、あなたが、いいですかアキ様、あなたが小鬼を足止めするのです。その間にスノリ様がルーンを唱え、敵を一掃します」
「俺にできると思うか?五匹を足止め?無茶だろ!」
「アキ様!スノリ様を守るのではなかったのですか?どうか落ち着いてください。あなたはロキ様の眷属。必ず身を守るための能力があります」
クロボの言葉にアキは少しだけ自分を取り戻した。冷や汗がびっしょりだ。隣の少女を見た。青白い顔で震えている。そうだ、いくつも年下の少女がいる。自分がやらなければ、この少女は死ぬ。
「わかった。大丈夫だすまない、もう大丈夫だ。具体的にどうすればいい?」
「ナイフがあるでしょう。それを投げましょう。ロキ様の能力があれば間違いなく当たるはずです。そのあとは、向かって来た小鬼に一匹ずつ相手にしましょう」
アキは内心全然大丈夫ではなかったが、落ち着けるよう努力した。元の世界でナイフなど投げたことがない、ダーツだって数回だ。そんなことは考えないようにした。
「スノリ様は、私はあまり魔法の心得がありませんので推測で言わせてもらいます。何か殺傷能力がある魔法を残った小鬼全体が入るように使用してください。私はスノリ様につきます。その時は合図しますので、誤射に気をつけて。できますね?」
スノリは震えながらも頷いた。息が荒い、呼吸が乱れる。緊張で頭がくらくらする。横のスノリの顔は真っ青だ。
アキは岩陰から様子をうかがった。未だ動きはない。いや、いる。小鬼だ。
アキは真っ黒な短剣を握りしめた。汗で手が滑る。少女は震えている。
「今です!」
クロボの合図でアキは飛び出した。すぐさま手に持った短剣を思い切り投げる。腕が何かに引っ張られるように動き、投合物は真っ直ぐに飛び、最前列にいた小鬼の額に突き刺さった。
後ろでスノリがルーンを呟くのが聞こえる。小鬼達が叫び声をあげながら突進してくる。アキは二本目の短剣を腰から抜き、向かって来た敵に向かって一撃を振り下ろした。また腕が引っ張られるように動いく。短剣は小鬼の首に食い込んだ。嫌な感触がする。短剣の断面から真っ赤な液体が飛び出す。アキはそれを思い切り顔に浴びた。血が口にはいる。臭いで吐きそうだ。
「アキ様、下がって、伏せてください」
「『風よ』『かの者たちを』『吹き飛ばせ』」
キーキー声が聞こえる。アキは無我夢中で声のする方向へ飛び込んだ。地面に顔がつくと同時に、後ろで断末魔の叫びが聞こえる。振り返ると、残っていた三匹の小鬼は皆、太い木々に激突し、動かなくなっていた。
「アキさん!大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない」
スノリが真っ青な顔のまま、駆け寄ってくる。アキは呼吸を荒げたまま答えた。
「ここを離れましょう。血の匂いで他の生き物が集まるかもしれません」
クロボの言葉を聞き、アキはまだ夢の中のような気持ちのまま、少女に支えられて歩き出した。体が震える。この時、この世界に来て初めて、元いた世界に戻りたいと思った。




