12話 一晩の宿
『巨人族は世界の果てにそびえる最期の山々に巨人の国を作りそこで暮らしている
彼らは原初の力そのもので、嵐や雪崩、地震、噴火、津波といった自然の力の化身である』
-古のエッダ 神を生み出しもの-
旅の二日目も順調だった。昨晩でスノリとクロボは仲良くなったようだ。解説係がなにかの景色や、遠くに見える山々について知識を披露すると、少女がそれに対して相づちをうったり、クスクスと笑ったりしている。アキはあいかわらずやることがなかったので、二人の会話に耳を傾けたり、何も考えず空を見上げたりしていた。
空が紅に染まる頃、中継地の村にたどり着いた。畑に囲まれた小さな集落だ。夕暮れの中、生活の灯りがポツポツと見える。
「ようこそおいでくださいました。何もないところですが、ゆっくり休んで行ってください」
アキは村長のところまで行って挨拶し、一晩の宿と馬を預かって欲しい旨を伝えた。代金として金貨2枚を渡す。村長はニッコリと微笑み、村の中で一番大きな建物の一室を快く貸し出した。
「たいしたものはお出しできませんが、夕食を後ほどお持ちします。その他御用がありましたら、下の階におりますのでお申し付けください」
「ありがとうございます」
村長に遣わされた侍女が深々と頭を下げるのを見て、アキはお礼を言った。非常にスムーズにことが運んでいる。
「クロボ、明日はどの程度歩きそうだ?」
「ワタリガラスのムニン殿に大まかな位置は聞いていますので、何事もなければ、昼過ぎには住処にたどり着けると思います」
スノリは部屋の端で何やら本を読んでいる。きっと魔法関係のものだろう。順調だ、何も問題は出ていない。アキはなんだか、上手くいきすぎている。そんな予感がした。
夕食を終え、寝床につく、一日ぶりの布団が柔らかい。うとうとしているうちに眠りについた。
「ねえ、はやく起きなよ」
嫌な予感がする。この声と台詞は聞き覚えがある。アキは目を閉じたまま、夢なら覚めろと念じながら自分の頰をつねった。
「何してるの?はやく起きなって」
「うっ」
腹部に衝撃が走る。うっすら目を開けると、やっぱりこいつだ。少年とも少女とも言える中性的な容姿、人をからかうような挑戦的な目。アキはうめきながら身を起こした。どうやら先ほどの衝撃は、ロキに蹴飛ばされたようだ。
「おはよう、元気だった?」
「今度は何の用だよ」
ロキは嬉しそうに笑う。アキの嫌そうな態度を全く気にしていない。
「僕のたった一人の眷属が、何やってるのか気になっただけだよ」
「そうかよ」
アキは吐き捨てるように言った。そして、望みは薄いと感じながら、聞きたかったことを口にする。
「俺に与えた能力はどんなものなんだ?どんなことができる?」
「そんなの僕が知るわけないでしょ、知ってても教えないけどねー」
アキががっくりと肩を落とすのを見て、ロキは楽しそうに、付け加えるように話しだした。
「はははっ、実はこの前のことをトールに話したらさ、神託はそんなものに使うんじゃないって怒られたわけ。だから今日は、君に面白い助言をあげようと思ってね」
悪戯の神が面白いと思うものが、他の人にとって面白いわけがない。アキは今すぐ、あの小さな村の一室に戻りたいと強く思った。
「こほん、じゃあいくよ?一回しか言わないからよく聞くこと!『君は、一つの仕事をやりとげるだろう。それは同時に、他の人間の命を奪うことになる。仲間を助けたければ、勇気を持って踏み出さなければならない』ってね、じゃあ、がんばれよ、僕の眷属」
アキは呆然としていた。何を言っているのかわからない。そんな様子を見て満足したのか、ロキはクスリと笑って、くるりと回った。立ち尽くすアキ以外の人影は、もうそこにはなかった。
アキが目を覚ますと、空が白んでいた。暁の光が目に入る。ゆっくり身を起こすと、必死に頭を巡らせた。仕事をすると、他の人が死ぬ。誰が死ぬんだ?スノリか?それとも他の人か?『仲間を助けたければ勇気を持って踏み出す』どういうことだ、俺に一体何をしろというのか。
「アキ様?もうお目覚めですか」
机に置いてあるクロボから声をかけられる。アキは急いで今あった夢のことを話した。
「ロキ様が神託をなさるとは、感激です。…失礼しました。内容は単純に考えれば『仕事』は今行ってるトロール退治、『他の人間』は今我々が関わっているのはスノリ様くらいでしょうか、『仲間』にも当てはまるような気もしますね。『勇気を持って踏み出す』は何かの比喩に思えます。今できることは、スノリ様に近づく危険に警戒を行うくらいでしょうかね」
「あまり深読みしても、ロキ様の神託ですから」と話すクロボに、アキは同意するしかなかった。今日はきっと何かが起こる。それは間違いなく、ロキにとって面白いことで、アキにとっては面白くないことだろう。その考えを頭から追い出すことはできなかった。




