9話 正体
『僕がなんでそんなことするかって?
仕方ないよ、そういう風につくられたんだから』
-ロキの言葉-
アキは教会の入り口まで戻って来ていた。何であれ、とりあえずここを離れたほうが良さそうだ。
「アキ様、大変な目に遭われましたね」
「あいつは何者だ?」
通りを歩いている途中で、腰からキーキー声がする。解説キャラが定着しているようだ。
「月の教会お抱えの聖騎士の一人、『月明かり』のリサ、それが彼女の名前です。霜の巨人アウルボサの単独討伐、小鬼と鬼師団撃退の前線指揮、祈りの霊薬の開発と七つの利用方法の考案など、様々な功績を挙げた英雄です」
「どうせどっかの神の血を持ってるんだろ」
「そうです。彼女の契約神は美と善良さを司る光の神バルドルです。ロキ様と特別に仲の悪い神の一人ですよ」
「そうかよ、俺もあいつとは仲良くできそうにないな」
アキは得体の知れない恐怖をリサから感じ取っていた。自分とは正反対の属性の存在。これが契約神同士の相性なのだろうか。
「早めに宿に戻ろう。夜まで下の酒場で時間をつぶしてればいいだろう。金は持ってないから、オーディンにつけさせとくか」
街を回って宿にたどり着いた時には夕暮れだった。適当なテーブルに座り、食事を頼む。この世界に来て食欲を感じたことがない、食べることは問題なくできるが、飢えの概念が消え去っているようだ。これも神の血の力なんだろうか。
食事を済ませると見知った隻眼の老人が姿を現した。アキの姿を見ると同じテーブルに座る。隣にいる少女は---
短く切り揃えられた髪、元の世界ではボブカットと呼ばれていた髪型だ。埃をかぶって灰色だった髪の色は薄っすらと青が入った美しい白。服は清潔な白いブラウスに黒いスカート。典型的な展開ではあるが、薄汚かった奴隷のスノリはなんというか、可愛かった。
「素晴らしいぞ!この子は!もう基本のルーン文字を習得した!」
オーディンは席に着くなり、上機嫌で話す。褒められたスノリは照れくさいのか、頰を紅潮させ俯いている。
「それは良かったです。ぶどう酒を頼みましょうか、スノリも飲むかい?」
「あの…はい…いただきます」
飲み物が運ばれ、スノリは食事を始めた。オーディンはぶどう酒ばかりを飲んでいる。
「街では何かあったかね?」
オーディンはアキに目をやりながら問いかけた。たいしたことはない世間話だろう。アキはこの時、オーディンに自分の名前を紹介してないことに気づいた。
「教会に行き、バルドル様の眷属の『月明かり』のリサに会いました」
「あのじゃじゃ馬か、教会の秘密を探ろうとしているようだが、あまり感心せんな」
嫌なことを聞いた。間違いなく昼間のあれは、教会の秘密とかいうものを探ろうとしていた。オーディンはぶどう酒さらに注文しながら、どこからかやって来たカラスを肩に止まらせ、耳を近づけていた。
「残念なことにこの辺で人間の戦いはないようだ…」
「と、いいますと?」
「スノリに実戦を行わせたいと思っているんだがな」
また不吉なことだ。スノリは食事に夢中なのか反応していない。この少女を戦争に出す?魔法が使えるかの実験のために?まぁ、戦いがないなら大丈夫か…。大丈夫じゃないだろうが。
「ん?なるほど、それはいい」
「何か見つかりましたか?」
アキは祈った。どうか、どうか何もありませんように。無駄だとわかっていたが、祈る神はどこにいるのやら、祈らずにいられなかった。だが、やはり無駄だった。
「人間ではないが、トロールの住処を見つけた。まぁ巨人の眷属の中でも下等な部類だが、実戦にはなるだろう」
ついに魔物との関わり合いが出て来た。クロボの説明で小鬼と鬼が出て来たところで薄々感づいていたが、やはりこの世界でもそういったファンタジーの住民が出てくるのが確定した。
「お前にはついていってもらう。明後日出発するから、明日の間に旅の支度を整えろ」
「私ですか?私は戦闘能力が皆無ですのでお力になれるかわかりません」
「スノリは旅の経験がない。一人で行かせろというのか?」
いやいや、あんたはついて行かないのかよ!俺も旅の経験とかないんですけど!アキは心の中で毒づいた。
「安心しろ、これが終われば指輪はお前にやる。旅費も手配しよう。それにお前の腰にいい案内役がついてるだろう?」
「ハール様はご一緒されないので?」
「私は他にやることがある。それに、ルーンは人間がこれから発展させていくのだ。神の助けを借りてばかりではいかん」
「わ、わかりました。それでは同行させていただきます」
オーディンは満足気にぶどう酒を傾けた。整理しよう。トロールの住処へ行き、退治せよ。シンプルな依頼だ。ゲームなら序盤にある程度。問題は、ルーンを習って一日目の元奴隷の少女と鍵開け以外できない転移者の男しか旅隊にいないことだった。
アキは目の前の少女を見た。必死に食べ物を口に運んでいる。今まで十分に食べられなかったのだろう。スノリは視線に気づくと、恥ずかしそうに顔を俯けた。
「美味しいかい?」
「…!はい!とても…とても美味しいです」
この少女と二人でトロール退治なんて不可能だろう。しかし、老人は何か確信があるのだろうか、絶対に諦めはしない。アキにできるのは、明日が最後の晩餐にならないよう祈るしかなかった。




