第4話 二十四人分の商い
翌朝、秀吉が店へ下りると、オルドはすでに仕入れたばかりの干し肉を棚へ移していた。
「二十四本、揃ったぞ」
「助かる」
「礼を言うのはまだ早い。昨日も言ったが、今日なら出せるというだけだ。毎日二十四本は無理だからな」
「分かっとる。まず今日は今日じゃ」
昨日の夕方、河港の荷役組から新たに十四人分の昼食を頼まれた。
先に注文のあるガルドの組が十人。
合わせて二十四人分になる。
ただし、まだ正式には受けていない。
パンと干し肉を本当に揃えられると確認してから返事をする、と秀吉自身が言ったからだ。
帳場ではリゼが昨日の数字を確認している。
「パンも見に行く?」
「行こう。オルド、干し肉は一本二枚でええんじゃな」
「二十四本でも同じだ。四十八枚」
「それよりは下がらん?」
「下げてほしいなら理由を持ってこい」
オルドは棚を指した。
「数が増えれば仕入れも増やさなきゃならん。昨日まで余っていた物をまとめて持っていくのとは話が違う」
「もっともじゃ」
「今日は随分素直ね」
リゼが帳面を閉じる。
「無茶を言うて相手を潰しても、次から買えんからの」
秀吉は店を出た。
◇
中央市場の南側にあるヘルムパン店では、朝の焼き上がりを待つ客がまだ何人か並んでいた。
店主のマルタは、腕に小麦粉をつけたまま秀吉とリゼを迎えた。
「あら。昨日十個買っていった二人ね」
「今日は二十四個欲しい」
「今日?」
マルタの声が少し低くなる。
「昼の鐘までじゃ」
「昨日より増えてるじゃない」
「客が増えた」
「それはそっちの都合よ」
言いながらも、マルタはすぐに奥の作業台を見た。
生地を捏ねている男と二言、三言話し、窯の中も確認して戻ってくる。
「二十四なら何とかする。でも一個一枚。二十四枚よ」
リゼが秀吉を見る。
昨日は十個まとめて九枚で買っている。
「数が増えたのに安くならんのか?」
「昨日は焼いてあった分を十個まとめて持っていったでしょう。今日は予定にない二十四個を追加で焼くの。生地も薪も手間も増えるわ」
「なるほど」
秀吉はそこで値切るのをやめた。
「なら今日は二十四枚でええ」
「えらくあっさりね」
「無理を頼んどるのはこちらじゃからな。ただし、前の日に数を言えば話は変わるか?」
マルタが秀吉を見る。
「前の日?」
「二十から三十ほど。毎日同じ数とは限らんが、夕方までに翌日の注文を出す」
「それなら最初から生地を増やせるわね」
「売れ残りも出ん」
マルタは少し考えた。
「二十四個なら二十一枚。二十個を下回ったら、その時にまた値段を決める。当日の追加は一個一枚」
「それでええ」
「ただし注文した分は全部引き取って。急に要らないと言われても困るから」
「当然じゃ」
話が決まると、リゼがすぐ帳面へ書き込んだ。
今日、二十四枚。
前日注文なら二十四個で二十一枚。
マルタはその手元を見た。
「しっかりした子を連れてるのね」
「こいつがおらんと、わしが銭を何枚持っとるかまで疑われる」
「疑ってるんじゃなくて確認してるの」
リゼが即座に返した。
マルタが笑う。
「昼前には用意しておくわ」
「頼む」
店を出て少し歩いたところで、リゼが言った。
「もっと値切ると思ってた」
「今日の二十四個を安くさせて、明日から嫌な顔をされても困る。向こうにも儲けてもらわんとな」
「明日から三枚下がるしね」
「前もって数を言えば、マルタも楽になる。こちらも安くなる。それで十分じゃ」
リゼは何も言わず、その数字も帳面へ残した。
◇
バルガス商店へ戻ると、昨日の夕方に注文を持ち込んだバルトが店先にいた。
「どうだ?」
「二十四人分、用意できる」
「なら、うちの十四人も頼む」
「一人四枚。十四人で五十六枚じゃ」
「ああ」
「最初の取引じゃから、一人一枚ずつ先に預かる。十四枚。残り四十二枚は届けた時でええ」
バルトは腰の袋へ手を入れた。
「昨日もそう聞いた。ほら」
差し出された銅貨を、リゼが受け取る。
「十四枚、確かに預かりました」
帳面にはガルド組とは別に、バルト組の欄が作られていた。
「ガルドのところは前金を取らんのか?」
バルトが聞いた。
「一度、最後まで取引しとるからの。今回は届けた時に四十枚まとめて貰う」
「俺も次からそうなる?」
「約束通り払ってくれればな」
「分かりやすい」
「銭の話は分かりやすい方がええ」
バルトが帰ったあと、リゼは預かった十四枚を別の小袋へ移した。
「これで現金は、ユアンの十二枚と預かり金十四枚。合わせて二十六枚」
「パン代は二十四枚」
「払える。でも二枚しか残らない」
「干し肉はオルドが後でええと言うとる」
「四十八枚、ちゃんと返してよ」
「おぬしまで貸した本人みたいに言うな」
「帳面に借りって書くのは私だから」
秀吉は苦笑した。
手元の銭だけ見れば、ずいぶん危うい商いだ。
だが、二十四人の買い手はすでに決まっている。
ガルドの十人分で四十枚。
バルトの十四人分で五十六枚。
売上は九十六枚。
パン二十四枚、干し肉四十八枚を引けば二十四枚残る。
今日の商いが予定通り終われば、昨日の倍以上の利益になる。
問題は、数が増えたことで一人では運べなくなったことだった。
「リゼ」
「うん。二つに分けるんでしょう?」
「話が早いの」
「ガルドさんとバルトさんの休憩所、離れてるもの。同じ昼の鐘までなら、一人で順番に回るより別れた方が確実」
リゼは帳面の二つの欄を指した。
「私はガルドさんの十人分を持っていく。昨日も場所へ行ってるし、残金は四十枚全部だから分かりやすい」
「一人で任せてもええか?」
「任せるつもりで連れてるんでしょう?」
秀吉は笑った。
「では頼む」
「頼まれた」
その返事には、以前のような戸惑いがなかった。
◇
昼の鐘が鳴る少し前。
秀吉とリゼは、パンと干し肉を分けた二つの籠を持って河港へ入った。
「終わったら監督所の前で合流じゃ」
「分かった。銭を受け取ったら、その場で数える」
「客の前でもか?」
「客の前だから数えるの」
「はい、任せた」
「そういうところだけ素直なのね」
二人は途中で別れた。
秀吉が向かったのは、西側の倉庫群だ。
バルトの組では十四人全員がまだ荷を運んでいた。
「来たぞ!」
バルトが先に気づく。
「十四人分じゃ。先に数を見てくれ」
休憩所へ籠を置き、パンと干し肉を並べる。
バルトは仲間の一人と一緒に数えた。
「十四、十四。間違いない」
「残り四十二枚じゃ」
「分かってる」
銅貨が渡される。
秀吉は一枚ずつ数えた。
「四十二。確かに」
「お前もちゃんと数えるんだな」
「帳場の先生が厳しいんじゃ」
「昨日一緒にいた娘か」
「そうじゃ」
昼の鐘が鳴った。
昨日までなら、この少し前には買い出し役が二人、中央市場へ向かっていたという。
今日は十四人全員がここにいる。
最後の木箱を倉庫へ入れ終えた二人も、そのまま休憩所へやってきた。
バルトが荷役場の方を見る。
「四番倉庫、昼前に空いたな」
「いつもより早いんか?」
「昨日なら、あと何台か残ってた。買い出しに二人抜けねえだけで違うもんだな」
「なら明日も四枚払う価値はありそうじゃの」
「商売人だな、お前」
「今さら何を言うとる」
バルトが笑った。
「明日も十四人で頼みたい」
秀吉はその場では頷かなかった。
「夕方まで待ってくれ。仕入れを確認する」
「またか」
「売ると言うて、明日になって物がない方が困るじゃろ」
「……それもそうだな」
昨日より早く、バルトは納得した。
◇
監督所の前へ戻ると、リゼはすでに待っていた。
「終わったか?」
「十人分、問題なし。四十枚受け取った」
「前金なしじゃったから全部か」
「そう。ガルドさんにも数を確認してもらった。明日も十人で頼みたいって」
「こっちも十四人じゃ」
リゼが帳面を開く。
「じゃあ、明日も二十四人。ただし仕入れ確認が先」
「その通りじゃ」
秀吉が四十二枚を渡すと、リゼは数えてから自分が受け取った四十枚と分けて記入した。
売上、九十六枚。
その数字を見たリゼが少し息を吐く。
「三日前、梨を二十数個売ってたのにね」
「梨には梨の役目があった」
「馬鹿にしてるわけじゃない。でも、増えるのが早い」
「客がおるなら、無理にゆっくりする必要もなかろう」
それ以上は言わず、二人は店へ戻った。
◇
バルガス商店へ戻ると、まずオルドへ銅貨四十八枚を渡した。
「干し肉代じゃ」
オルドが数え終え、頷く。
「確かに四十八」
リゼが帳面を開く。
「売上九十六枚。パン二十四枚、干し肉四十八枚。利益二十四枚」
秀吉の元からあった十二枚はそのまま残っている。
今日の商いで増えた二十四枚を合わせ、手元は三十六枚になった。
秀吉はそこから八枚を取り、リゼの前へ置く。
「取れ」
「八枚?」
「今日は帳面をつけただけではない。ガルドの注文一件を最初から最後まで一人で任せた。その分じゃ」
リゼは銅貨と秀吉を交互に見る。
「利益の三分の一よ?」
「わし一人では同じ時刻に二か所へ届けられんかった。おぬしがおらなんだら十四人分を断るか、時間をずらしてもらうしかない」
「それでも八枚は多い気がする」
「では三枚に減らすか?」
リゼが八枚を自分の方へ引いた。
「それは嫌」
「素直でよろしい」
「ユアンが言ったんでしょう。働いた分は貰えって」
「覚えがええの」
リゼは八枚を小袋へ入れた。
それから帳面に、新しく自分の取り分まで記入する。
「これでユアンの手元は二十八枚」
「合っとる」
「明日も二十四人なら、パンは前の日に頼めるから二十一枚になる。今日より三枚増える計算」
「干し肉があれば、じゃな」
その一言で、オルドが顔を上げた。
「そこだ」
秀吉とリゼが見る。
オルドは、朝には二十四本並んでいた棚を指した。
「明日、出せるのは十二本だ」
リゼの手が止まる。
「十二?」
「今日の二十四本は、朝の仕入れを増やして何とか揃えた。だが同じところから毎日倍の量は取れん。俺の普通の客の分までなくなる」
「明後日は?」
「もう少し入る。ただ、二十四本を毎日確実にとは約束できん」
秀吉は空いた棚を見た。
パンは前もって注文すれば揃う。
客も二十四人いる。
届ける人間も二人になった。
なのに、肝心の干し肉が十二本しかない。
「他から買えば?」
リゼが言う。
「市場にも干し肉を売ってる店はある」
「買える」
オルドが答えた。
「ただし、一本三枚か、それ以上だ。それでも売れはするだろうが、今までと同じ儲けにはならん」
秀吉は少し考えた。
「オルド。この干し肉は、どこから仕入れとる?」
「何をする気だ」
「明日だけ高い店で十二本補うのは簡単じゃ。じゃが二十四人が三十人、四十人になれば、また足らんようになる」
オルドは黙っている。
「作っとるところを知りたい」
「直接買うつもりか?」
「まず話を聞く。今より多く作れるのか、なぜ数が限られとるのか、それも知らんうちから値の話をしても仕方あるまい」
オルドはしばらく秀吉を見ていた。
「西門の外に、燻製小屋が三軒ある。俺が一番多く買ってるのは、ベルクという男のところだ」
「近いのか?」
「歩いて一刻弱。ただし、行ったからといって余分に売ってもらえると思うなよ。あそこは他の店とも取引してる」
「それでええ」
「よくないだろ。何がいいんだ」
「他にも客がおる方が、話のしがいがある」
オルドは露骨に嫌そうな顔をした。
「また何か考えてるな」
「まだ何も」
「その顔で言うな」
リゼはすでに帳面の端へ書き込んでいた。
ベルク。
西門の外。
燻製小屋。
秀吉はその文字を覗き込む。
「明日の朝、行ってみるか」
「店の仕事が終わってからよ」
「分かっとる」
明日の注文を待つ客は二十四人。
用意できる干し肉は十二本。
足りない数が、はっきり見えた。
なら、次に会う相手も決まった。




