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これは取材結婚です ~物語を書きたい姫と、英雄になりたくない近衛騎士~  作者: 梨千子


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第8話 罪なお方です

「ずいぶんと人が多いんですね」


 リリエルは、日除け用の帽子のつばを摘まみ、差しこむ陽射しから目元を影にした。

 初夏も半ばに入り、午後の日差しが厳しくなってきている。今日は髪を下ろさず後ろでまとめて首筋を出してきたけれど、それでも少し暑さを感じる。

 

 王宮の外苑(がいえん)にある騎士団の訓練場では、稽古に励む騎士たちが各々大きな声を上げていた。汗だくになりながら、訓練用の木人を相手にしたり、ペアになった騎士と打ち合っている。

 王宮を出入りする際に、馬車の中から何度か訓練風景を見かけたことがあったけれど、その時よりも明らかに人の数が多い。


 訓練場を見渡せるように、観覧席は少しだけ高く作られている。

 彼女が(たたず)む隣で、案内役の近衛騎士団長バルト・クラウゼが、大きな声で笑った。


「今日は姫様が訓練を見学されるって案内がありましたので。持ち場を離れられん者以外は、だいたい顔を出しているでしょうな」

「まあ。急なお願いでしたのに、許可をいただけてありがたいことですわ」

 

 リリエルは、頭ひとつ分以上高い男を見上げる。

 

 バルト・クラウゼとは、その昔、彼が父の護衛騎士を務めていたこともあって、旧知の仲だ。案内役に彼がつくと聞いて、リリエルは安心した。

 強い騎士の名前を問われたら、リリエルは必ずバルトの名前を挙げるだろう。がっしりした体つきや揺るぎない立ち姿、強面の顔まで、リリエルの考える騎士にぴったりだ。

 もっとも、彼はリリエルが生まれた頃にはとっくに結婚していて、夫候補として検討することはしなかったのだけれど。


「いつでも来てくださって構わんのですよ。姫様に見ていただけるだけで、皆の士気が高まりますからな」


 リリエルは、訓練場へ視線を戻した。

 確かに、騎士たちは皆、熱心に剣を振っている。木剣が打ち合わされる音、靴底が砂を削る音、荒い息遣い。


 なるほど。これが騎士団。


 リリエルは胸の内で、そっと感動した。

 物語の中で何度も読んだ、剣に生きる男たちの世界が、目の前に広がっている。


「皆さま、とても鍛錬熱心なのですね。王族の一員として、頼もしく思います」

「ははは。そうですな。今日は特に熱心でしょう」


 バルトの声には、どこか含みがあった。

 リリエルは少し首をかしげたが、深くは追及しなかった。今の彼女にとって一番の関心事は、ここにいる騎士たちではない。


「それで、カッセル卿はどちらに?」


 その名を出した瞬間だった。


 訓練場の空気が、わずかに変わった。

 木剣を振っていた騎士の腕が止まり、打ち合っていた二人が距離を取る。こちらを見ないふりをしながら、明らかに耳だけを向けている者もいる。

 

「……姫様もなかなか罪なお方ですな」


 バルトが、愉快そうに口の端を上げた。


「罪、とは?」

「いや、何でもありません。カッセルなら、もうすぐ城下の巡回から帰ってくると思いますよ」

「まあ。直前までお仕事を?」


 この時間にリリエルが見学に来ることは伝えてあった。

 忙しいと聞いていたけれど、本当に職務の合間になるとは。


「大会に向けて、警備の見直しを行っておりまして。カッセルは責任者ですので、今は現場と王宮を行き来しております」

「まあ。それは……お忙しいはずですわね」


 リリエルは頬に手を当てた。


 そういえば、ゼファーは確かに兄との茶会で、そのようなことを言っていた。

 あのときは、どうしたら彼の剣技を見せてもらえるかで頭がいっぱいだった。警備の話は、ほとんど耳を通り抜けていた気がする。

 リリエルは少しだけ反省した。ほんの一瞬だけ。


 とはいえ、目的が達成できなければ意味がない。


「日を改めたほうがよろしいかしら。巡回から帰ってきたばかりで、剣技を披露していただくのは難しいでしょう?」


 疲労で本来の実力が発揮できない男を取材しても、いい絵が見られるとは思えなかった。

 第一章のために早く知りたいのはやまやまだったが、()いては事を仕損じることもあるだろう。


「ご心配には及ばんでしょう」


 バルトは訓練場の入り口を指し示した。漏れてしまった、といったような、強面をわずかに崩す笑みを浮かべている。

 ちょうど、ゼファーが数人の騎士と連れ立って入ってくるところだった。


「初めて大会を制した生意気な子供(ガキ)に、騎士団の連中がどれだけ(しつけ)をしたと思います。あれは、それを全部乗り越えて、我々に認められた男ですよ」


 バルトの声は誇らしげというよりも、もっと何か、重いものを含んでいた。怒りの熱か。あるいは、叱咤や期待というような。

 

 リリエルは、ゼファーを見下ろした。

 彼は制服のポケットから懐中時計を取り出して、時間を確認していた。屈強な騎士たちの中にいると、その細身の体躯(たいく)は逆に目立つ。時間を見る様子も、騎士というよりは時間に正確な政務官か侍従のよう。

 

 訓練場の騎士たちも、現れたゼファーに注目している。しかし、侮るような気配は感じられなかった。

 むしろ逆だ。

 

 彼が懐中時計の蓋を閉じる、その音。ポケットに戻す動作。訓練場の地面を確かめる視線の動きまで。

 ひとつひとつが重なるたび、場内の緊張感が増していく。

 ぎらぎらした眼差しが、ゼファー・カッセルに向けられている。


 まさしく、英雄の登場シーンだ。

 リリエルは、自身の頬に熱が集まっていくのを感じた。

 胸が高鳴る。


 バルトがその空気を割るように、大きく手を叩いた。


「よし、全員聞け!」


 その言葉に、訓練場にいる騎士が姿勢を正した。

 座って休憩していた者は立ち上がり、木剣を振っていた者は剣を脇に抱え、打ち合っていた者は動きを止める。全員が、バルトの方を向いて敬礼する。

 

「すでに聞いている者もいると思うが、今年の大会は参加希望者が多い。多すぎる! 当日の警備に支障が出るくらいだ。だから今からやるのは、姫様に見てもらうための練習試合じゃねえ。予選の予選だ。負けたやつは出場を諦めてもらう」


 団長の言葉を聞いて、騎士たちが表情を引き締めた。

 リリエルは、ゼファーの顔をじっと見ていた。けれど彼の視線は、リリエルの隣のバルトに向いている。彼は一度もこちらを見なかった。視界には入っているはずなのに。


 なるほど。

 リリエルは持っていた手帳を開くと、彼が登場してからの様子をメモに取り始めた。

 

 ちら、と横に視線を滑らせる。静かに控えていたアネットが、うなずいて下がっていった。

 ほどなくして、観覧席の後方で絵師たちが紙と画板を広げ始める。


「試合は一対一形式だ。大会では運営側が組み合わせを決めるが、今日はめんどくせえから、おまえら自由に試合したいやつを指名しろ。今回に限っては、試合相手の重複を許可する!」


 バルトがそう言うと、騎士団の面々が一斉にゼファーを見た。

 ゼファーの表情が、わずかに死んだような気がした。


「姫様。何か一言お言葉をいただけるとありがたいのですが。やつらが奮起するようなものを」


 バルトは大きな手で、騎士たちを指し示す。

 リリエルは手帳を閉じて、頬にかかった髪を耳の後ろへかき上げると、ゆっくりと一歩前に出た。背筋を伸ばし、顎を引く。口角を上げ、ふわりと表情を崩す。少し高めの声を意識して、口を開いた。


「皆さまの鍛錬の成果を拝見できること、王族の一員として嬉しく思います。なかでも、大会の三連覇を成し遂げたカッセル卿の剣技を間近で目にできるのは、大変幸運なことですわ。よき試合を期待しております」


 一瞬、訓練場が静まり返った。

 次の瞬間、騎士たちの目に、先ほどよりも濃い熱が宿る。

 ゼファーが胃のあたりを押さえるのが見えた。


 一歩下がってバルトを見上げれば、彼は愉快そうな顔をしていた。


「やはり、姫様は罪なお方だ」

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