表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
これは取材結婚です ~物語を書きたい姫と、英雄になりたくない近衛騎士~  作者: 梨千子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/13

第7話 カッセル卿、立つ

「カッセル卿。どうしてもだめですか?」


 リリエルは、日除けの帽子が脱ぎやすいように、少しだけ顎を上げた。

 侍女のアネットが帽子を外して、リリエルの髪を整える。

 上目遣いで見つめても、ゼファーには効果がなかった。彼は姿勢を保ったまま、周囲に視線を戻した。


「職務中ですので」


 王宮の庭園には、初夏の風が通っていた。

 緑がさわさわと揺れていた。その風が、白い石柱に支えられたガゼボの影をやわらかく震わせている。

 その中央に置かれた白いテーブルには、茶器と焼き菓子が整えられていた。


 王太子ルーファスは、すでに席についていた。

 毎週、必ず設けている兄とのお茶会だ。

 リリエルはアネットに椅子を引かれて腰を下ろすと、唇を尖らせて兄に訴えた。

 

「お兄様。未来の夫がひどいです」

「まだ夫じゃありません」


 ゼファーが何か言ってきたが、無視をする。

 ただ、「まだ」と言ったことだけは、しっかり胸に留めておいた。

 意外と諦めが悪い男である。


「ゼファー、何をした?」


 ルーファスは、侍女のアネットに視線だけで合図をしながら言った。

 その菫色の瞳は、面白い見世物を前にしたように細められている。

 アネットは静かに目礼して、紅茶の準備を始めた。


「何もしておりません」

「では何をしなかった?」

「職務を放棄しておりません」

「なるほど」

「お兄様。納得しないでください」


 リリエルはすかさず口をはさんだ。このままでは、兄がゼファーの味方を始めてしまう。


「リリ。職務中の騎士に職務を放棄させようとしたのなら、おまえが悪い」

「お兄様」

「ただし」


 ルーファスは軽く言葉を切った。


「夫として不誠実だったというなら、話は別だ」

「まだ結婚していません」

「お兄様。わたくし、毎日カッセル卿にお手紙を送っているのです」


 ルーファスの斜め後ろ、白い石柱の脇に控えていたゼファーが、苦々しい表情になった。

 紅茶の上品な香りが、風に乗って運ばれてくる。


「手紙。取材の申し込みだな?」

「はい。彼の生態が知りたいのです」

「生態」

「でも、ずっとお断りされているのです。忙しいと」

「ゼファー」


 ルーファスは、テーブルに片手を置いたまま、視線だけをゼファーに流した。

 ゼファーは目を伏せると、一歩だけ前に出て言った。


「事実です。剣技大会の警備体制の見直しを、団長から直々に任されております」

「そういえば今年は、騎士団からの出場希望者が多いと聞いている」

「……そうですね」

 

 兄は指先でテーブルを一度鳴らした。

 アネットが、音もなくルーファスの前に紅茶を置いた。


「リリ。確かにゼファーは今、忙しい」

「お兄様」

「だから、今回は一度だけで我慢しなさい」

「殿下!」

「ゼファー、一度の無理で仕事に集中できると考えれば、悪い話ではないだろう」


 リリエルは、ぱっと頬を緩めた。

 ゼファーが、苦い薬を飲まされたような顔になった。

 ルーファスは、ティーカップを持ち上げて香りを楽しむと、満足するように口の端を上げた。


「ではわたくし、カッセル卿の剣技が見てみたいですわ」

「……剣技ですか」

 

 ゼファーは一度ルーファスの方を見たけれど、兄は静かに紅茶を味わっている。もう口をはさむつもりはないらしい。

 リリエルは、お兄様に相談してよかった、と思った。


「大会になれば、嫌でもご覧になれますが」

「それでは遅すぎるのです」

「……遅い?」


 ええ、とリリエルは、自身のティーカップを持ち上げた。

 今日のお茶は、若葉を思わせる香りがした。北方産の若摘み茶。

 さすがはアネットだ。兄の好みを押さえている。

 

「すでに第一章を書き始めているのです。題して『カッセル卿、立つ』ですわ」

「うわあ」


 ゼファーの視線が、どこか遠くを向いた。


「剣で次々と敵を倒していくシーンがあるのです。それには、カッセル卿の剣技を見せていただく必要があるでしょう?」

「……確か姫は、私が初優勝した大会をご覧になっていたのでは?」

「はい。確かにおりました。でもわたくし、あのときはまだ作家になるなんて思ってもみなかった頃なのです。それに……」


 リリエルは紅茶を一口味わってから、カップを戻した。

 アネットが静かに近づき、ミルクと砂糖を足した。ミルクは少し、砂糖はひと(さじ)。リリエルの好み通りだ。


「どれだけ思い出そうとしても、カッセル卿の剣技が思い出せないのです。あっという間に試合が終わって、優勝されたのは知っているのですが」


 静まり返った会場が、一瞬で沸き立った光景を覚えていた。それだけだ。

 まだ子供だったリリエルは、早く部屋に帰って英雄譚の続きを読みたいとさえ思っていた。

 優勝者が誰であったか、どのような試合だったかという記憶は、ほとんど残っていなかった。

 

「覚えていないなら、その程度のものだということです。私の剣なんて見ても、面白みがないですよ」

「面白いかどうかは、わたくしが決めますわ」

「姫が期待されているようなものではないと思いますが」

「なら余計に、確認しなければいけませんわ」


 リリエルは、ゼファーの腰にある細身の剣に目をやった。

 飾り気のない剣だ。手入れはされているようだが、装飾のひとつもない。少なくとも、宝物庫に収められているような剣とは明らかに違う。

 近衛騎士は普通の騎士よりも高給と聞いている。剣に惜しみなく金をかける者も多いはずだが……。

 

 尊敬するクライバー先生は、『マクリントン戦記』の中で、剣にはその人の人生が出ると書いていた。

 ゼファー・カッセルはなぜ英雄と呼ばれるようになったのか。剣技を見れば、それが解き明かせるかもしれない。

 

 ゼファーはため息をついた。ようやく、折れてくれたらしい。


「……では、本当に職務の合間でよろしいのであれば」

「もちろんですわ」


 リリエルは微笑み、紅茶を再び口に含んだ。

 早速、絵師の手配をしようと思った。いつでも思い出せるように、いろんな角度で絵に残しておかなければ。


 そういえば、ルーファスがパトロンをしている中に、貴族の間でも話題になっている天才絵師がいたはずだ。

 リリエルは、目の前で優雅に紅茶を味わっている兄に目をやった。

 次の交渉相手は決まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ