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これは取材結婚です ~物語を書きたい姫と、英雄になりたくない近衛騎士~  作者: 梨千子


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第3話 待ってください

『王国の珠玉が公開求婚 お相手はダスター戦の英雄』

『身分差を越えた恋か 第四王女と近衛騎士』

『ダスター戦の英雄ゼファー・カッセル、姫君の手を取る』

『関係者は語る 姫と騎士の秘めたる恋物語』


 翌朝の朝刊は、どれも最悪だった。

 ゼファー・カッセルは、据わった目で、朝刊の一面に踊る文字を見下ろした。


「燃やしたい」


 割と本気だった。王都中の新聞を買い占めれば、王宮の炊事場の火起こしに役立ちそうだ。


「おい、すべて備品で購入してるやつだぞ。燃やすなよ」


 近衛騎士団、団長室。

 王宮の一階にあるその部屋は、飾り気がない。重厚な執務机、使い込まれたソファ、壁際に並ぶ武器と鎧。部屋の主と同じで、質実剛健だった。

 執務机の椅子に座った強面(こわもて)の男――近衛騎士団長バルト・クラウゼが、立ったままのゼファーをじろりとにらみつけた。


 バルト・クラウゼは、四十を半ば過ぎてもなお、鎧の方が似合う男だった。

 側頭部からこめかみにかけて、(とび)色の短髪が一直線に薄くなっている部分がある。刀傷の跡だ。広い肩と太い首。椅子に座っていても隠しきれない体の厚み。

 その迫力はさすが近衛騎士団長といったところで、ゼファーは正面から逆らう気になれない。


 団長の武骨な手には、新聞が握られていた。

 事件が起こるたび、事実と噂を混ぜて流す、胡散臭(うさんくさ)い新聞社のものだ。今すぐ破り捨ててしまいたい。

 

「ほーう、カッセルおまえ、姫さんと八年間にわたって愛を育んでいたらしいが、本当か?」

「八年前だと姫は九歳ですよ。俺を変態にしないでください」

「王国剣技大会で優勝を飾った際、リリエル姫から祝いの言葉をかけられたのがきっかけで、恋が始まった……らしいが?」

「確かに姫からお言葉をいただきましたが、当時は騎士爵の息子って肩書だけで、俺自身は爵位も何もない平民でしたよ。お近づきになれる立場じゃないでしょう」

「ここ数年は、毎週決まった場所で逢瀬を繰り返している……らしいが?」

「毎週、王太子殿下とのお茶会で、俺が護衛についているだけです。わかって言ってますよね?」

 

 ゼファーは深くため息をついて、机に広げられた新聞をひとつずつ畳んだ。事務担当者がこの後ファイリングをするので、いつもはもう少し丁寧に畳むのだが、さすがに今回ばかりは雑になった。

 嘘ならまだ許せるが、どれも事実の端をつまんでいる。まったく、たちが悪い。


「ま、こういったもんは、好き勝手書くもんだ」


 バルトが机の上に、読んでいた新聞をばさりと投げた。

 彼は、椅子の背もたれに背中を預けると、にやにやした顔でゼファーを見た。

 

「で? 姫さんと結婚するのか?」

「したくありません」

「貴族の若造どもがこぞって夢中になってる美姫(びき)に想われて、何が不満なんだ」


 その可憐な姫の動機は、色恋ではなく取材ですよ。

 ゼファーは無言で視線を逸らした。

 

 バルトは「まあいいか」と肩をすくめると、引き出しから書類を取り出して寄越した。


「なんですか?」

「王国剣技大会の出場リスト。騎士団から出るやつらだけだがな」


 目を通すと、見慣れた名前が、上から下にずらっと並んでいた。自身の名前も載っている。

 例年よりも参加者が多い。いや、多いどころではない。団員の七割、下手すると八割の名前が載っている気が……。

 ゼファーはリストから目を上げて、バルトの顔を見た。先ほどからずっと、彼はにやにやしている。


「今年の大会はすごいことになるぞ。第一、第二の騎士団からも、普段は出ないやつらまで出場するっていうからな」

「……なぜ」

「そりゃおまえ、恋に破れたやつらが押し寄せてるんだよ。姫さんが求婚した男が参加するとあっちゃあな」

「待ってください。なぜ俺が出るって知られているんです」

「早朝に、王太子殿下から全騎士団宛に通達があったぞ」


 さすがルーファス王太子。仕事が速い。こんな時まで、有能でなくてもいいのに。

 ゼファーは主君の顔を思い浮かべて、心の中でだけ悪態をついた。


「……つまり俺の公開処刑に、これだけ集まってるわけですか」

「そういうこったな」

「どう見ても参加者に既婚者が混ざってますが?」

「妻がいるやつらだって、姫さんを可愛がっているからな。姫さんに選ばれた男を、一度は叩いておきたいんだろ」


 ただの八つ当たりではないか。

 リストを見直すと、明らかに剣を振るうより若手を怒鳴る側の古参騎士の名前まで載っている。後方で指揮を執るはずの隊長格の名前まで、なぜか混ざっていた。


「……団長。これは本当に出場者名簿ですか。討伐隊の編成表ではなく?」

「似たようなもんだろ」


 ゼファーは、昨夜泣きついてきた同僚を呪った。急な腹痛を起こしただの、王女殿下の相手役を代わってほしいだのと言ってきた、あの男だ。

 あの頼みさえ聞かなければ、今頃はいつも通り、平穏な生活を送っていたかもしれない。


「というわけで、だ。今年の大会は参加者が多い。陛下と王太子殿下、それに王女殿下も観戦に来られる。警備体制を見直さなきゃならん」

「……はあ」

「カッセル、おまえが中心になって警備の段取りを組め。出場組のほとんどが、自主訓練で忙しいらしいからな」

「待ってください。俺も参加者ですが?」

 

 バルトは無言で歯を見せた。

 ゼファーの口元がひきつる。そうだった。この団長もまた、リリエル姫を可愛がっている側の人間だった。

 

 いっそ、騎士をやめて実家に帰ろうか。一瞬だけ、父と母の顔がよぎる。

 ゼファーは目を伏せた。さすがにそれはできない、と思い直す。

 王女の求婚を蹴って逃げてきたなどと聞けば、優しいあの人たちは卒倒してしまうだろう。目を覚ましたあとで、死をも辞さない覚悟で王宮に詫びを入れにいくに違いない。

 

 不意に、団長室の扉がノックされた。

 バルトの顔が、すっと真顔になる。


「誰だ?」

「――第四王女殿下付き侍女のアネットでございます。王女殿下より、お届け物を預かってまいりました」


 バルトがちらとゼファーを見る。ゼファーがうなずくと、彼は入室の許可を出した。


「入れ」


 入室してきたのは、(はしばみ)色の髪をきっちりとまとめ、控えめな侍女服を着た女性だった。

 侍女のアネット。護衛騎士として、もちろん面識がある。

 彼女は執務机のそばまでやってきて軽く挨拶をすると、抱えたバスケットの中身を見せ、机の上に置いた。


「ほう、菓子か」

「はい。近衛騎士団の皆さまで召し上がっていただければと。……それと、こちらはカッセル卿へ、姫様よりお手紙です」


 ゼファーは差し出された手紙を前に、一瞬だけ固まった。

 しかし、受け取らない選択はできない。

 しぶしぶ手紙を受け取り、第四王女の紋章が押された封蝋(ふうろう)をじっと見つめる。


「姫さんからのラブレターか。うらやましいなあ、カッセル」


 よければ代わってあげますよ。

 ゼファーは、妻子持ちの団長を睨んだ。

 

 アネットは、封が切られそうにない手紙を一瞥(いちべつ)し、仕方なさそうに口を開いた。


「カッセル卿。姫様は、『デート』にお誘いしたいと仰っております」

「……デート?」

「はい。『デート』です。詳細はそちらのお手紙に」

「……」

 

 アネットが、ゼファーをまっすぐに見つめている。やけに「デート」という言葉を押してくる。嫌な予感しかしない。

 しかし、アネットは退出する気配がなかった。読むまで帰らないつもりらしい。

 団長からペーパーナイフを借りて、手紙を開封する。


 王女の直筆なのだろう。流れるような美しい文字が、時候の挨拶から始まっていた。


 ***

 

 拝啓

 カッセル卿におかれましては、ますますご健勝のこととお喜び申し上げます。

 昨日は、突然の申し出にもかかわらず、誠実にご対応いただきありがとうございました。


 つきましては、改めて二人でお話しする機会をいただきたく存じます。

 アネットによれば、これは一般に「デート」と呼ばれるそうです。

 したがいまして、これはデートのお誘いです。

 取材ではありません。


 なお、当日はカッセル卿の幼少時代、剣を学ばれた経緯、王国剣技大会でのご経験、英雄と呼ばれることについてのお気持ちなどをお聞かせください。


 ご都合のよい日時を、アネットまでお知らせいただけますと幸いです。


 ***


 ゼファーは手紙から目を離すと、アネットの榛色の目を無言で見つめた。

 

 ――最悪だ。逃げたい。

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