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これは取材結婚です ~物語を書きたい姫と、英雄になりたくない近衛騎士~  作者: 梨千子


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第10話 仰せのままに

『王国剣技大会 六年ぶりの出場 ゼファー・カッセル』

『王女と英雄 熱愛 身分差婚へ』

『ダスターの英雄、史上初四度目の優勝への挑戦』

『関係者が証言 彼の姫への愛は本物だ』


 ぐしゃり。

 ゼファーは新聞紙の端を握りしめた。


「誰だよ関係者」


 王国剣技大会の出場者が発表された翌日の朝刊は、予想通り大会についてのことが一面に載っていた。

 一部のまともな新聞社以外は、よほどゼファーとリリエルの話を膨らませたいらしい。破り捨てたい。

 

「ゼファー、破るな。私物だ」


 王太子の執務室。

 王宮の二階奥にあるその部屋は、品が良く整えられていた。

 革張りの執務机は窓を背にして置かれ、入り口近くにソファが二つ向かい合って置かれている。絨毯(じゅうたん)の色は深い緑で毛足が細かく、踏むと音が消える。壁際に本棚があり、ずらりと厚みのある本が並んでいた。


 執務机の椅子に座ったルーファスは、ひじ掛けに片腕を預けて、ゼファーに視線を流した。

 東側の窓からは、午前の明るい陽射しが入ってきている。王太子の顔は、正面にいるゼファーから見ると少し(かげ)っていた。


「私物? どなたの……まさか殿下のではありませんよね」

「もちろん、私のだ」


 ゼファーは思い切り顔をしかめた。


「……新聞は、担当政務官が備品購入して、毎日まとめていたはずですが」

「そうだな。それとは別に必要だから買ってこさせた」


 必要? そんなわけあるか。

 ゼファーは、引き結んだ唇を歪めた。


 ルーファスが手を差し出す。ゼファーは無言で、皺がついた新聞紙を差し出した。

 彼は受け取った新聞を机の上に置いて、その紙を指の腹で叩く。


「公的なものとは別に必要だった。新聞というものが庶民に出回り始めてもうすぐ二年。情報の操作がどこまで実用的で効果的か、知りたかったからな」


 なるほど。ゼファーは目をつむった。

 ()()()は王太子だったわけだ。


「——王女殿下の求婚を利用したわけですか」

「ちょうどいい試金石になった」

「……それで、本音は?」

「こんな面白い余興を放置するのはもったいない」


 そうだよな。

 ゼファーはため息をついた。

 王もリリエルも知らないだろうが、ルーファスは真顔でこういうことをする男なのだ。


「ゼファー、これはおまえのためでもある」

「俺のため?」


 そんなわけあるか。

 言いかけて、黙る。

 ルーファスの切れ長の目が、こちらを見ていたからだ。

 

「誰もダスター以前のことを深く調べない。リリとの純愛ロマンスにしておいたほうが、都合がいいだろう?」

「——」

 

 ルーファスは口元に薄い笑みを浮かべると、机の上にあるベルを鳴らした。

 すぐに、外で控えていた侍従の一人が入室する。


「紅茶を。それと、例の名簿を資料庫から取ってくるように」


 侍従は礼をすると、きびきびとした動きで出ていった。


 ルーファスは新聞を脇にどけると、机の引き出しを開けた。

 真鍮(しんちゅう)の取っ手はよく磨かれていて、くすんでいない。その中から一枚の紙を取り出して、内容を確かめる。


「それで、おまえはどうする、ゼファー?」

「……どうする、とは?」

「大会だよ。優勝する気はあるのか?」

「優勝してもしなくても、結果は同じでしょう?」


 ゼファーは視線を逸らした。

 その先に、脇にどけた新聞紙の一面がある。


『王女と英雄 熱愛 身分差婚へ』


 もはや、この路線は避けられない。ルーファスが関わっているならなおさらだ。

 一年後か二年後、ゼファーは第四王女の夫として、国民に紹介されることになる。


 本当に最悪だ。

 こんなことなら、父母が薦める通り、さっさと実家の村の誰かと結婚しておけばよかった。


「おまえは案外、リリと相性がいいと思うが」

「ご冗談を。俺には身に余ります」


 先日行われた、大会出場を賭けた予選が頭をよぎる。


 日除けの帽子につけられた灰青のリボンが、風にたなびいたのを見た。


 己の目の色。

 意識的か、それとも偶然か。貴族の間では婚約者や配偶者の色を身にまとう習慣があるらしいが、彼女の場合はどちらだったのだろう。


 バルトの隣に立つリリエルは、いつもより華奢(きゃしゃ)で小さく見えた。初夏用のドレスは生地が薄いから、余計にそう見えたのかもしれない。

 黒い絹糸のような髪が一房、白い首元に落ちていた。普段は男しかいない訓練場にあって、彼女の周りだけが、豊かな色彩に満ちているような気がした。

 きっと、あの場にいた皆がそう感じていただろう。


 あのとき、ゼファーの剣を見て、リリエルはどう思っただろうか。


 派手な技などない。急所を突くことを(よし)とする、地味でいやらしい剣だ。きっと彼女の期待とは真逆のものだったはずだ。ゼファーが英雄などではないと、彼女もわかったのではないだろうか。

 あの取材に燃える菫色の瞳が失望に染まったかもしれないと思うと、多少の申し訳なさを覚えるが、どうしようもないことだ。


「勘違いしているようだが、おまえが優勝しなかった場合、爵位を上げる話はなしだ。結婚の話も白紙になる」


 ゼファーは目を見開いた。

 負ければ結婚話が消える? それは非常に魅力的な話のように思えた。

 ——その話を持ってきたのが、ルーファスでなければ。


「……その場合、俺が失うものは何です?」


 ルーファスは無言で、手に持った紙を差し出した。

 ざらっとした厚めの感触がした。新聞紙や、その辺の報告書とは異なる高級紙のものだ。


 ゼファー・カッセルを、伯爵に陞爵する。

 その(むね)が書かれた公式文書。大会当日の日付と、王やルーファスの署名も記入済みだった。

 おそらく、優勝したときに正式な辞令として渡すつもりで用意しているものだ。


 その中の一文に目が留まった。


『北部・旧ノルヴェイン地方を領地とする』


 胸の内が、すっと冷える。


 ルーファスは、脇にどけた新聞紙を再び手に取って言った。


「おまえが負けた場合、一面は『英雄の敗北。王女殿下は傷心のため静養に』などがいいだろうな。そうすれば、数年は結婚せず執筆できる。リリも納得するだろう」

「……相変わらず、えげつないやり方ですね」


 こんな文書を用意されてしまっては、もはや笑うほかない。

 ゼファーは唇を歪めると、文書を返した。


「勝てばすべて手に入る。負ければ名誉以外、何も失わない。それだけだ。不満は?」

「——ありません」

「結構」

 

 ルーファスの指が、机を叩く。

 

 ちょうど、執務室の扉がノックされた。

 ルーファスが入室の許可をすると、資料を脇に抱えた侍従と、紅茶を載せたワゴンを押す侍女が入ってきた。


 ゼファーは壁際に下がった。

 侍従がルーファスに分厚い資料を渡す。侍女がテーブルの上に茶器を整える。その二人の手元と動きを、じっと見ていた。


「ゼファー」


 ルーファスが資料を確かめながら呼びかける。

 返事をする前に、彼は言った。まるで、季節の挨拶や世間話と同じような軽い口ぶりだった。


「勝ってこい」


 本当に、この王太子もその妹も、勝手なことばかりを言うものだ。なんという傲慢(ごうまん)

 ゼファーは侍従と侍女が退出するのを見送ってから、表情を変えずに口を開いた。


「——仰せのままに」

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