私のクラスには王子様がいる
ノート紛失事件はどんな内容だったのか?ということを別の生徒視点から
私の幼馴染のアンドレア・バイオムント伯爵令嬢は何でも大袈裟に捉えてしまう女の子だ。
夢みがちな乙女……と言うのは十歳まで許されるのかな?と私の感覚ではあるのだが彼女は貴族の学園に通うようになってからもどこかふわふわしていた。
「私大きくなったらお姫様になりたい」こう言って良いのは貴族なら五歳までだと思う。
アンドレアの親は彼女に甘く、叱ると言うことをしない。だから十五歳になってもそう言った発言をずっと許しているところがあった。
困ったことにアンドレアの母親は幼馴染の私に叱ることまで頼んで来る。
『ごめんなさいね。アンドレアもジェシカちゃんくらいしっかりしてくれたら良いのに……そうだ!ジェシカちゃん!もし目に余るようなことがあったら遠慮なくあの子を叱って!』
親のあなたが教育しないとダメでしょう?そう思ったが子爵家の我が家がバイオムント伯爵のアンドレアの家に言うことはない。アンドレアはそういう浮ついた性格であちこちでトラブルを起こすことが多かったし、そのトラブルの解消には私が駆り出されることが殆どだった。
「ジェシカ!シンシア様が私を虐めるのよ。課題をちゃんと提出しないって怒鳴るの」そう言って泣きついてきたこともある。
話をちゃんと聞けば虐めたりなんて全くされていない。
アンドレアがグループ課題で割り当てられた自分のパートを未提出で、最悪なことに手もつけていないことが発覚しただけだ。
シンシア嬢は自分たちのグループ評価点が下がることを嫌がり
『ちゃんとやって!しないなら貴女をグループから外させて!』と当たり前のことを伝えただけだった。
たちの悪いことにアンドレアの見た目は子鹿のように儚気で、淡い栗色の巻毛と、大きな瞳は男子生徒には人気だ。
アンドレアは思い通りにならないことを私に泣きついたりすることも多かったが、私が正論で論破すると今度は男子生徒を頼るようになった。
男子生徒は必ずアンドレアを擁護する。
「シンシア嬢、気持ちはわかるが彼女に荷が重いところだったんじゃないか?そこまでキツイ言い方をしなくても良いんじゃないか」
性格が滅茶苦茶に悪いわけではないが、少し困難なことがあると逃げ出したり、調子の良いことを言って周囲を楽しませるけれど責任を取らない女。それがアンドレアの評価だった。
クラスの女子生徒はアンドレアの我儘なところには辟易しているらしく、徐々に距離を置かれているのは本人も感じていたようだった。
唯一救われているのはアンドレアは〈賢くはない〉と言うところだった。
単純で、欲求に素直で、ついている嘘が十歳程度。
扱いが難しい人間ではないが、トラブルメーカー。
人との摩擦を緩和すること、苛立つ周囲のクラスメイトを宥めるために便利に使われているのが『ジェシカ』私であった。
「ねえ。ジェシカはもしロマーノ王子がプロポーズしてきたらどうする?」
ランチボックスを食べながら聞かれた質問にはギョッとした。クラスメイトの一人にでも聞かれたら『王族への不敬』ととられかねない言葉だ。
(ああ、アンドレアはこんな単純なことも貴族として身についていないのか……)とため息を溢しながら私は彼女に注意をする。
「万が一でも億が一でもそんなことは起こらないわ。キュリア公爵令嬢と婚約も整われて、お二人は相思相愛ですもの。アンドレア……今の発言は聞かれたら『危険思想』と取られてしまうわ。気をつけてよ」
「だって〜昨日の夢でロマーノ殿下が現れたんですもの。これって予知夢かな?って思うじゃない」
「アンドレア!!」
このように私と彼女は幾度となくやり合ってきた。
周囲も私が本気で困っているのをわかっているのか、同情を寄せることすらあった。
そんな毎日を送っていた私だが、なんとアンドレアより先に婚約者が出来てしまった。
チェリオ子爵令息。平凡な私には勿体無いくらい性格の良い、農業で成した資金もあるハンクス子爵家の次男だ。
チェリオは私のことをクラスメイトの一人として接するうちに
『是非将来を見越してお付き合いしたい』と何度か家に招待してくれた。そしてハンクス子爵家の家族にも気に入って貰えて夏休みが終わった後、正式に私たちは婚約を整えることが出来た。
チェリオは男子としては可愛らしい雰囲気の人で、柔らかな金髪に少し垂れ目のアンバーの瞳が印象的だ。身長は最近少し伸びてきているらしく160センチの私を少し追い越している。きっとあと、二年もすればもっと背が高くなり、かっこよくなるだろう。
赤毛にそばかすがある私のような容姿の女に、よくぞ交際を申し込んでくれたものだと、未だに半信半疑なところがあるくらいで……だが、私はチェリオとの婚約に浮かれつつあった。
夏休みに親しくするうちに、自然な形で距離が縮まり、彼の良いところをたくさん見つけられたのも良かった。
グイグイ引っ張っていく男らしさがあるタイプではないが、私の気持ちに寄り添い、人の悪口を言わず真面目に農業に取り組んでいる。そしてコツコツと信頼を築いていった両親を尊敬している、見た目よりもずっと実直な性格を私は好ましいと思った。
「クラスメイトにも僕たちの婚約を発表した方が良いよね」
チェリオから言われて私はハッとなった。
「ごめんなさい、ちょっと待って!私浮かれていてすっかりアンドレアのことを忘れていたわ」
私は放置していた問題を思い出し青くなった。
「実はアンドレア・バイオムント伯爵令嬢は私の幼馴染なんだけど」
「あはは、もちろん知っているよ」チェリオは何を言っていいるの?と笑った。
「彼女に、先に婚約したことを伝えないとややこしい事になりそうで」と私は続ける。
「え?どうして?」
私はどこから話したら良いのか眉を下げた。
「何と言ったら良いのか……実はね……」
私はアンドレアと幼い頃から付き合いがあるが、彼女の夢見がちな性格を矯正することはできなかったことを伝え現状を話した。
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遡ること夏休み前。
私はチェリオからハンクス子爵家に招待を受けていた。
彼から『交際をしませんか?』と申し込まれたのが一週間前。
本気にしないと笑ったら、家族宛に立派な招待状が届いた。
チェリオ・ハンクス子爵令息は本気で交際宣言をしてきたのだ。そのことに私はとても驚いた。
と、同時にアンドレアから相談を受けたのだ。
『ジェシカ……私、ハンクス様から多分好意を寄せられているわ。参っちゃう……彼がずっと私を見ているの』
アンドレアは柔らかな髪のカールを指でクルクルと絡め取りながらため息をつく。
「困っちゃうわ。私には恋ってよくまだわからないのに……男の人って勝手に盛り上がってどんどん近づいて来るのよね。私ってばまだまだお子ちゃまだからそういうの理解できないっていうのに。ねぇジェシカ〜何かあった時は怖いから絶対に助けてね!」
大きな瞳をウルウルさせ、アンドレアは唇を尖らせる。
実際困った時に頼っていた数人の男子生徒が『アンドレア嬢が自分に想いを寄せている』と勘違いし、交際を申し込むことが増えてきている時だった。
伯爵家の令嬢で見た目も可愛らしいアンドレアは男子にウケがいい。
アンドレアの言葉を私は否定はしきれなかった。困ったな〜と言いながら自信満々であることが手に取るようにわかるからだ。
『それ、貴女じゃなくて私を見ていたのかもよ』とはとてもじゃないが言い出せない。
なぜならアンドレアが私をどことなく女として下に見ているのは分かっている。
赤毛で美人でもない。そばかすの散った棒切れのような体型の私と、人形のようなアンドレア。どちらが容姿で優っているかなんて聞くまでもない。そんな私の言葉なんて彼女に届くはずがない。
男の人にどちらが人気があるかなんて一目瞭然だ。チェリオ・ハンクスの趣味が変わっていただけなのだ。
「ああ……どうしよう……彼ったら少し策士なのかもしれないわ。私が『史学の調べ物はグループでしないといけないわね』と声を掛けただけで『ジェシカ嬢と一緒になら協力しますか?』なんて言うの。貴女を引き合いに出したら私がついてくる事を理解してるんだわ」そう言って憂い顔をし『困ったなぁ〜』と物思いに耽る。
その姿にほんの少し苛立ち聞いてみた。
「フゥン……それ、私がお目当てかもよ?例えば私の作る資料が目当てってことはないかしら……」
意気地なしの私は、『私が好きとか?』とは言えない。
少し暈して言ってみたが、アンドレアはその言葉に弾けるように笑った。
「やだっ!ジェシカったら男の人のこと本当にわかっていないんだから!史学の資料如きでハンクス様はグループ勉強に貴女を誘わないわ。私が目当てだから言ってくるのよ!」
キャッキャと笑うアンドレアの様子を見て
『そんな彼から交際を申し込まれたんだよね……』とは言いづらい。
「そっか……」
「そうよ」
自信満々のアンドレアの言葉をひっくり返すことなどとてもじゃないが私は出来なかった。アンドレアが子供のように癇癪を起こすことを幾度も見てきていたからだ。
(正式にことが運んでからにしよう。まだどんな風に展開するかもわからないし)
私は目の前の問題を先送りにした。
そして夏休みに入り我が家は家族ぐるみでハンクス子爵家と交流を深め、婚約までがとんとん拍子で進んだ。
婚約式が終わり、晩餐を済ませた後、二人で夜の庭を散歩している時思い切って彼に聞いた。
「私のどこが良いのですか?もっと可愛いクラスメイトは沢山いたのに」
幸せすぎて怖くなった私にチェリオははにかんで言った。
「ジェシカはね、とっても可愛いんだ。自分の可愛さに気がついていないけど、綺麗で艶のあるサラサラの赤毛もすごく魅力的だし、真っ白な肌も儚げで僕の理想なんだ。それにとっても頭もいい。昔童話で読んだ知恵の妖精みたいだなってずっと思っていたんだ。話すと男の僕にも会話を合わせてくれてすごく面白いしね」
チェリオのその言葉に私は耳まで真っ赤になってしまった。
そのような褒め言葉両親たちからしか言われたことがなかったからだ。
「ありがとう。私は貴方の少し垂れた優しそうな瞳と、家業に一生懸命取り組んでいる姿が好きよ」
チェリオはそれを聞くと同じく真っ赤に頬を染め、私をギュッと抱きしめた。
「というわけで、私はアンドレアの勘違いを正していないんです……」
私の告白にチェリオは物凄く驚いた顔をした。
「あー何というか、その……彼女は……うーん」
「……痛々しい?」
「勘違いが凄いんだね」
二人の間に沈黙が落ちる。
チェリオはまさか自分がアンドレアに思いを寄せた男子だと祀り上げられているとは夢にも思っていなかっただろう。夏休みが明けて私たちは会話が増えたのだが、それをまたアンドレアが曲解しクラスの女生徒たちに言いふらしているのだ。
『彼からすごく迫られているわ。休憩時間もすぐに私とジェシカの席にやって来るのよ。鬱陶しいけれど無碍にもできないし困るわ』
この言葉を聞いた時は仰天した。
すぐにでも撤回して回らなければと思ったがアンドレアの方が私より影響力が強く、『えー可愛そう!』と囃し立てる女子相手に地味オンナ代表の私が
『実は私とチェリオ・ハンクスが付き合っていて誤解なんです』とは言いづらい。
絶対にそんなの嘘でしょう?!と一笑に伏されてしまう。
「困ったね。親を通じてバイオムント伯爵家に婚約の件を知らせてもらおうか。家族から聞けば彼女も納得するんじゃないかな?」
チェリオの提案が一番良さそうに私も感じたのでウンウンと頷く。
「そうよね、親から聞けば信用もするだろうし、その場で母親が癇癪を収めるでしょうし」
「ちょっと厄介な人だから、自分たちで解決するのはやめておこう」
その日はその様に話は終わった。




