【番外編】生命力にあふれている夫
そう言えばオーランドの見た目などをお伝えしていませんでしたね笑
ガッシュ男爵家での日々が安定し、お茶会なども開けるようになった頃、イングリッドは久しぶりに王宮に呼ばれていた。
キュリア王子妃が息抜きの話し相手として選ぶのは三年前からずっとイングリッドだ。
それは王宮では密かに知られていることで、イングリッドも二人だけの時間を大切にしていた。
「ロマーノが言うにはね、ガッシュ男爵は『漢』って感じなんですって」
キュリア王子妃はクッキーを摘むと誰も見ていないことをいいことに大きな口を開けてポイと放り込む。そしてロマーノ殿下のことを思い出したのかクックックと笑った。
イングリッドはその姿を見ながら(この方は高貴なお生まれだけど、ちょっと男の子みたいなところがあるのよねぇ)とこっそり思う。
キュリア王子妃の長い手足にスッと通った鼻筋は思わず惚れ惚れする。学生時代は、乗馬姿など多くの女生徒が『その辺の男子学生の何倍も素敵だ!』と心をときめかせていた。
無意識なのかもしれないが彼女の動作がどことなくヤンチャで、乙女心を掴んでしまったことは一度や二度ではない。
ポッチャリ気味のイングリッドはそんな公爵令嬢のキュリアに憧れ、生徒会に抜擢された時は素直にそれを口にし褒め称えた。キュリアは大笑いし、それからは気軽な友人としてイングリッドを側に置いてくれた。
学生時代の二年間という短い関わりであったが、高貴な彼女が身分を超えて親身になってくれることが今でも心底誇らしい。
ハッと意識を戻すとキュリアがフフフと不敵な笑みを浮かべている。
「夫の逞しい胸板でも思い出してた?」
「ち!違うわよ!」真っ赤になりながら否定する。まさか昔のキュリアのことを思い浮かべていたなんて流石に言えない。
「ロマーノ殿下はオーランド様をどう思っていたの?」
「学生時代の話を聞くと結構ガッシュ男爵には逸話が多いよね」
イングリッドが興味深そうに目を細めると、キュリアは身を乗り出して話し始めた。
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ガッシュ伯爵家は建国からある歴史の長い家だ。
領地は一番大きなものは王都から程近い場所にあり、遠くは辺境地で森林に囲まれている。
男兄弟の末っ子は大概要領の良い人間になると言われているが、オーランドは要領が良い男……にはならなかった。
兄三人に囲まれて逞しく育ち、体も一番大きく成長したが、どちらかというと、自然の中で育った猿……いや、元気いっぱいのわんぱくな少年であったそうだ。
金髪に碧眼とこの国では王道の色味である男だが、彼の背中には何もしていなくても『闘魂』と言う文字が浮かび上がりそうな雰囲気があった。
貴族が通う学園でも体の大きさと力の強さで騎士科の生徒たちが『ぜひ放課後だけでも剣を一緒に学ばないか?』といつも誘っていたらしい。
だが、当の本人は高学年に誘われても『興味ないんでな』とスパッと断っていた。
顔立ちは彫りが深く眼光が鋭いので威圧感もある。武の家系であればオーランドはさぞかし持て囃されたであろう。だが、ガッシュの家は文官を多く輩出する家であったので両親が気にしていたのは『成績』一択であったようだ。
オーランドは成績の順位を頭の良い兄たちに揶揄われることが多かったので学校自体を嫌がっていた。
真面目な雰囲気を出すのも腹立たしいと言わんばかりに制服は毎日着崩して登校しているので、多くの生徒は彼を避けて遠くから恐る恐る観察しているようだった。
胸板が厚いからか、シャツのボタンを二つほど開けっぱなしにして袖も捲り上げている。ジャケットは『暑い』の一言で肩に引っ掛けた状態。ネクタイは『苦しい』とダラリと緩めに結ばれたまま。オーランド・ガッシュは先生からは密かに『野生児』と呼ばれていた。
ロマーノはそんな彼に真面目になって欲しいという気持ちで最初は声をかけた。
「オーランド君、君はどんなものが好きなんだい?」会話のネタを求めてロマーノ殿下が話しかけると
「……牛肉だな」
という答えが返ってきた。
ロマーノ王子は好きな食べ物を聞きたかったわけではない。
何に興味があるのかを聞きたかったのだ。
例えば『法律』であったり、隣国の『風習』や、『大陸共通語学』であったり、『銀狼騎士団の伝説』であったり。
なのに答えは『牛肉』。斜め上の回答であった。
ロマーノ王子はいつも皆にチヤホヤとされる立場だ。気を使われ、挨拶は向こうからが当然。なのにオーランドはいつもロマーノ王子を視界に入れない。
ガッシュ伯爵家では王子と懇意にできる機会だとうるさく言っていたようだがオーランドはそれを全く気にしていない。むしろ『面倒だ、静かにしてくれ』と両親に言ったらしい。ロマーノはそんなオーランドのことが気になってしまう。
彼の周りは常に整いすぎていて反抗期の男というものを全く見たことがなかったのだ。
王子としてではなく、一人の人間としてオーランドのことをロマーノはずっと気にし始めた。
オーランドは本当に自由で気ままだった。
授業中はよく寝ているし真面目とは言い難い。なのに乗馬の授業で気難しい馬を一瞬で手懐けたりしてその授業のヒーローに躍り出たり、クラスメイトが実験道具を取り落としかけたら、すんでのところでキャッチして助けることもある。身長が190センチはあるのに動きが素早く、長い手足に色気がある(ようにロマーノ王子には見えた)。
詩の朗読は『恥ずかしくて無理』と言い教室から居なくなるのに、クラスの発表会用に作る作品のためには夜遅くまで協力を惜しまない。
学園の壊れかけた棚をあっという間に修理した時は女教師もお礼を言っていた。
またある時は横柄な騎士科の男子生徒に体術実習で勝利したりするものだから、男子生徒に隠れファンも多い。友人にイタズラすることもあるので悲鳴が上がるような事件も起こすが、野良猫にこっそりミルクをあげている姿が目撃されたりもする。
クラスメイトは彼のことを、掴みどころはないが気になる存在だと言う。顔が恐いし、言葉も乱暴だと思いながらも、どこかで頼り甲斐がある人物と捉えている。
だから困ったことが起こると『ガッシュ様にお願いしようかな?』と口に出す。
真面目になんでも取り組んでいるのにロマーノ王子はそんな彼にいつも負けているような気がして、そばに置きたいのに逃げられて……と、恋をする乙女のように追いかけっこをしていた。
極め付けはキュリア公爵令嬢が卒業後に思い出したように話した内容だった。
「ああ、彼はとても興味深い男子ですよね。以前一年生の彼を生徒会に誘ったけれど断られたんです!ああいう男子が一番リーダーに向いていると思うんだけど」
と言う何気ない一言だった。
婚約者の女性が、他の男性を手放しで褒める衝撃にロマーノは耐えられなかった。
そしてそれを気にして心にモヤがかかったままのある日。オーランドに言われた一言でロマーノ王子は爆発する。
『王子っぽく解決しようとしてるけど、大したことしてないな』
ロマーノは人生で初めて我を忘れて飛びかかった。しかしあっという間にカウンターで拳を叩き込まれノックアウトされた。
キュリア公爵令嬢には呆れられ、王妃からは窘められた。『なんで?あなたは王子でしょう。彼と同じ土俵に立ってどうするの?』その言葉で我に返った。
この事件は学校では勿論大きく取り上げられてしまったが、最初に手を挙げた自分の責任が大きいと気がつき慌てて収束に奔走した。教師たちには『自分が悪いのです』と丁寧に説明をし、ことを穏便に収める様に頼んで回ったがガッシュ伯爵家には『厳重注意勧告』の手紙が送られた後だった。
なんとか事態を収束したと思っていたから、学園を卒業した後オーランドが家を出されたと聞いた時は仰天したそうだ。王子としての詰めの甘さと貴族を甘く見過ぎていたとロマーノ王子は語ったそうだ。
その後調べた結果、オーランドは両親、兄と関係性があまり良くなかったんだと分かったが、全ては遅かったとのことだった。
キュリアはそこまで話した後イングリッドを見ると、彼女は『ほぉ〜』と感心したように頷いていた。
その顔は『旦那様の武勇伝を聞けて心底嬉しい!』と書いてある。
「イングリッド。貴女は男爵位の問題児を縁談で押し付けられたと思わなかった?貴女だって社交界に出回っていた噂を知らなかったわけではないでしょう?不満も漏らさずに王子殿下の縁談を引き受けたわよね。どうして?」
キュリアは最初とても心配していたのだ。
オーランド・ガッシュ男爵をロマーノからの話で知ってはいたが、イングリッドが彼について根掘り葉掘り聞かぬまま縁談を引き受けたからだ。もしかして人生に投げやりになっていたんじゃないかと今更ながら思い至る。
イングリッドはその質問に暫く考え込んだ。
「一つは、もうホーライゾン伯爵家をどうやってでも出たかった……それはあります」
やっぱり……キュリアは眉根を寄せた。
「でも、お相手がオーランド様だと知って私は『彼とならどんな困難があろうとも頑張れる』とも思えたんです」
イングリッドの目は確信を持って輝いた。
「実はね、三年前くらいになるかしら?キュリア妃殿下に初めて謁見を申し込んだ日、王宮で彼を見かけたんですよ」
「もう三年にもなるのね……あの時は驚いたわ。急に『王宮の隅っこで良いのでお仕事をもらえませんか!』ってすごい勢いで頭を下げてきたからね」
キュリアは思い出し笑いをしながら今より萎れていたイングリッドを思い出した。
イングリッドは学生時代から明るく、ハキハキした印象の良い女性だった。美人で小柄で胸が大きく男子にも人気があり、生徒会では頼りになる女性だった。そう、貴族学園で輝いている女生徒の一人だったのだ。
だが、あの日現れたイングリッドはキュリアの知っているイングリッドとは程遠かった。ドレスは立派であったが化粧は肌に乗っておらず、目は落ち窪み、髪はパサパサと艶がない。そして疲れたオーラが滲んでいるのに、目が釣り上がったまま爛々と光っている……異様な姿であった。
話してみれば変わらず、気遣いのできる良い女性だと思ったがとにかく彼女は疲れていた。
『私も考えておくわ』そう返事をして帰したが、出ていく背中は丸く、両肩がガックリと落ちていた。
「あの日、私はキュリア妃殿下に一縷の望みをかけて来ていたんですが、もらえる仕事がないと分かって死にたいくらい落ち込んでいたんです」
イングリッドは紅茶で喉を湿らすと微笑んだ。
「ですが、私よりもっと酷い目にあっているオーランド様を見かけたんです」
文官のことに詳しいホーライゾン伯爵家でもガッシュ伯爵家で起こったことは幾度も話題に上っていた。当主の素早い判断で多くの領地を手放し、それに伴った降爵が決まったことは知られていたそうだ。
長男の失脚、次兄の投資詐欺被害、三男の平民との駆け落ち。全てが踏んだり蹴ったりの爵位を継がなければならない四男。
今貴族社交界で最もツイテいないガッシュ家。
そんな渦中の人と偶々同日に渡り廊下で擦れ違う。
オーランドは父親の代わりに手続きを終わらせ、すでに申し渡しが終わったのであろう。立派な巻紙の書状を握りしめていたそうだ。
だがその姿は胸を張り、眼光鋭く前だけを見つめ王宮の廊下の中央を闊歩していた。
「背中を丸め、負け犬のような私とは大違いでした」そう言ってイングリッドは遠い目をする。
「彼の姿に私は勇気づけられたんです。彼は自分で絶対に道を切り拓くって決めているんだと一瞬で理解したんです。年下の男性に私はあの日希望を見出しました。彼はどんな状況でもきっと最善の道を選び、最善を尽くす人なんだと感じました。爵位が男爵になり、お兄様たちにも頼れず、母親は病気で臥せっている。そんな中でも彼は微塵も人生をあきらめている目ではなかったのです」
イングリッドの唇がほんの僅かだが震えているのをキュリアはわざと見逃す。
彼女が最も人生のどん底にいた時、彼はもっと深い底を見ていたに違いない。
なのに『諦めることを諦めていた』ように見えたのだとイングリッドは話した。
「だから私は、後ろ向きだったお見合いも全て引き受け、就職も全力で取り組めました。そして王子殿下が私に縁を繋いでくださったのです。キュリア妃殿下……縁談が持ち上がった後、私は結婚式まで彼に会ってもらえなかったし、避けられていましたが、ずっと思っていましたよ」
「まあ、どんなことを?」
「私は彼に見合う女性であろうと。後ろを向かない女性でいようと。そうすればいつの日か必ず分かり合える日が来る筈だと希望を捨てませんでした。だって人生は自分で切り開くものじゃないですか」
キュリアはその言葉に胸を打たれた。
(ああ、やっぱりこの子は私が思った通りの人間だ)そう思えた。
「この縁談がうまくいって良かった。イングリッドが幸せに暮らしていけるのが私は嬉しい。きっと辺境地も数年後には目覚ましい発展を遂げるでしょう」
そう言われたことが嬉しかったのだろう。イングリッドは華やかな微笑みを浮かべた。
「はい、私の旦那様は幸せを与えられるのを待っているのではなく、掴みに行く方ですから」
キュリアはその言葉に声をあげて笑った。
ロマーノ
「なあ、男爵に降爵された日、私はオーランドが会いに来てくれるんじゃないかと思って待っていたんだぞ。サッサと帰るなんて水臭いじゃないか」
オーランド
「ああ、あの日か。あの日はめちゃくちゃ面倒だったな。あの長い書状を渡すのに知らないおっさんがずーっと書いていることを読み上げるの何とかならないのか?あの習慣は無くしたほうがいいぞ」
ロマーノ
「……うん、そうか」
オーランド
「しかもオッサンが調子に乗ってずっと喋るからトイレが我慢できなくってな。大急ぎで外まで行ったよ。親父も面倒なこと頼んできたなと思ったらイライラした」
ロマーノ
「学生時代と君があまりに変わらなくて私は今驚きで腰が抜けそうだよ」
オーランドが闊歩していた理由。
走っちゃいけない王宮でトイレを探していたから……




