レイコール子爵夫人のアドバイス
女性に対しての不快なお話が入ります。
少しだけご覚悟を!
書き上げた事業計画書を持っていくとレイコール夫人は静かに読み進めていった。
オーロラとイングリッドの緊張感はピークであったがやがて夫人はにっこりと微笑み『いい案だわ』と褒めてくれた。
「やはり若い方の考えは面白いわ。スイーツ食べ放題の店なんて絶対に注目を集めるに決まっているもの。いろんな種類のケーキが一度で楽しめるなんて、女性の隠れた夢よ。それに採算が取れるかの確認を数回確認しているのも良いわね。これはご実家にお願いしていたの?」
そう言うと彼女は少し冷めた紅茶に口をつける。
淹れ直すより冷めたものが飲みたかったらしい。頬が上気しているの見るとレイコール夫人も少し興奮している様子がわかった。
「はい。どうしても採算の計算の仕方が分からず、兄に相談したところ昔から我が家に勤めている経理の男性を紹介してくれたんです」
「そう……だったら大丈夫ね」
「はい、数字に間違いはないかと」イングリッドが胸を張るとレイコール夫人が首を横に振った。
「違うわ。そうじゃないの。経理を担当した彼が信頼のおける為人かを聞きたかったのよ」
「「え??」」
「イングリッドさん、この発案したカフェは物凄く画期的だと思うわ。男性の視点では思いつかないことだし、女性は身分に関わらず行ってみたい場所となると思う。そうなると心配なのは、この情報を持った者が他の人間に横流ししていくことを防いでいかないとダメなのよ」
「「えぇぇぇぇ!!」」
オーロラもイングリッドも場所を忘れたように素っ頓狂な声をあげてしまった。
「あのね、商売の基本ですけれど、お金を生み出す案や情報は他の人が盗んで自分のもののようにすぐに扱ってしまうことが結構多いのよ。または人気になった製品や商売の仕方を盗むのもよくあること」
オーロラはその言葉を聞いて青褪めている。
「だからね、事業計画ができた時は信頼のできる人たちの間で、少ない人数でやり取りをし、仕上がるまで内密にすることは必須なの」
イングリッドは今更ながら妄想をオーロラにしか話さなくて良かったと胸を撫で下ろす。
「こんな風に案がすぐに事業書になったのは良かったわ。私のところで留め置いて貰えたら他のところに流すこともないから心配しないで。あ!私は横取りはしないわよ」
そう言うとレイコール夫人はコロコロ笑った。
「若き事業主の誕生を私は嬉しく思っているわ。貸せる力はあるからなんでも相談してちょうだいね」
「ありがとうございます!夫人!でもどうしてこんなに私に力を貸してくれるんですか?」
レイコール子爵夫人はホホホと声をあげると扇子をパチリと閉じた。
「もちろん協業できるところは一緒にさせて頂こうと思っているのは一つ。そして若く、やる気のある女性を支援したいって今は本気で思っているのよ。私みたいに年齢が上になって、周囲に話が合わない方達が増えてくると段々と次世代を育てたいって思うみたい」
「まあ!夫人はご友人に沢山囲まれていらっしゃるじゃないですか?」
イングリッドは首を傾げる。
レイコール夫人の机には沢山の招待状が積んであり、友人が決して少なくないことを語っている。
すると少しだけ夫人は頬に手を当て考えた。
「私の歳をご存知かしら?」
イングリッドは首を横に振る。オーロラからの話では四十代だと聞いているが正確な年齢は知らない。
「今年で四十七歳になるわ。もう孫もいるの」
「「ええぇ!!お若いですわ!!」」オーロラとイングッドの声が被った。
するとレイコール夫人は嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう。お褒めいただいて調子に乗ってしまいそう」
「本当に良い年の重ね方をされていますね」
イングリッドは頷きながらオーロラと頷きあう。
できればこのように美しく歳を重ねたいと思うのは全女性の希望だろう。
「ワタクシの年になるとお茶会で話すことはみんな一緒なのよ。子供がどんな仕事に就いたのか、夫の出世や領地の話。そして夫の不満と生活の不安」
その言葉はほんの少し柔らかく耳に届く。
レイコール夫人が憂いているのが言葉のニュアンスで伝わる。
「若い頃は素敵な男性に愛されて、彼と共にゆっくり老後が過ごせればと思いながら生きてきたけれど、この国ではあまりにも夫に主導権がありすぎるのでしょうね。夫が失脚すれば、妻も同じ目に遭い、夫が浮気すれば女性関係で胸を痛めるだけではなく金銭的にも脅かされる。そして夫が病で亡くなれば生活が立ち行かなくなる方もおられるわ」
イングリッドは息を呑んだ。そんな先の未来まで想像したことなどなかったからだ。
「商売をしている私のことをみんながなんて言っていたかご存知?」
そう聞くとオーロラが少し眉を寄せて困った表情をした。
「お金にがめつい平民の女。男でもないのに商売の話ばかりして夫人には品位が足りない。成り上がりの卑しい女……」
「ですがレイコール夫人に憧れている女性も多いですわ。先駆者、自立の女神、幸運を引き寄せる右手、女性の中でも貴女のようになりたいと切望する人々は沢山です」
オーロラが慌ててフォローする。
「そうね、結果的に今があるからその言葉が貰えるけれどまだまだこの国では仕事をする女は認めて貰えないわ。そして女性のことを自分自身を信じきれない人が殆ど。だから……だからこそ貴女には成功してもらいたい。そして私と同じ感覚を共有する人たちと未来についてずっと前向きな話がしたいのよ」
そう言われた瞬間二人の胸に熱い気持ちが込み上げる。
「できるでしょうか?」
イングリッドはほんのりと頬を上気させ上擦った声で夫人を見つめた。
「大丈夫ですよとは言わないわ。でも未来を決めていない人に進んだ明日は来ないわ。幸運はね、何もしていないのにやってくるものじゃないの。自分の考え、自分の在り方を変えるところから始まるの。もし、未来を掴んでいきたいと思っているなら自分を変えてでも成功したいと思っているのかは大切よ?その覚悟はお有りかしら?」
イングリッドは一瞬黙り込んでしまった。そこまでの覚悟を持てていたか自分に疑問符が湧いたからだ。
すると横にいたオーロラが声をあげた。
「私はあります!」
思いの外大きな声にメイドたちが目を向けたのが分かるほどだった。
「私はイングリッドからこの事業の話を聞いた時自分の何かが変えていけるそんな未来にワクワクしたんです」
オーロラの気持ちにイングリッドが驚いて目を見開く。
するとオーロラは恥ずかしそうに笑った。
「私は正直に言えばいつも貴婦人らしくないと指を刺されるような人間です。夫は良い人間で彼のお陰で生活も何不自由なく過ごせていますわ。でも私を笑っていた人たちをいつか見返してやりたいって思っていました」
「オーロラ……」
オーロラは苦く笑うとハンカチを目尻に当てた。
「沢山の罵りの言葉と共に、『私はこんな風に言われて終わる人生は嫌だ』ってずっと考えていたんです。そんな時にイングリッドの話を聞いて『一緒に成功させたい』って思ったんです。この素晴らしい思いつきを思いつきで終わらせたくない!絶対にみんなを笑顔にする、素晴らしい何かをやり遂げたいって強く感じたんです」
イングリッドはオーロラの言葉に胸を打たれた。
自分もずっと思っていたからだ。
夫を支えていくのはもちろんだが、でも自分の力で彼らを幸せにする方法がどこかにないだろうかとずっと模索していた。そしてお金を稼ぎたいと心底思ったのだから。
「私のきっかけは父の死でしたわ。きっと貴女たちにもそう思う切っ掛けがあるでしょう。二百万ヴェルのせいで人生を狂わせるような生き方はもうしないと私は心に誓っていたから事業を成功させることができたわ。貴女たちも心の原動力は大切にしてね。心が挫けそうになった時助けてくれるのは、自分の原動力よ」
イングリッドはレイコール夫人の言葉に覚悟を決めた。
私は絶対にこの事業をやり遂げる。夫やガッシュ家の人々が喜ぶようなプレゼントをするために、ここから必死で取り組むんだ!と決意を新たにした。
帰りの馬車でオーロラがポツリポツリと話し始めた。
「私ね……ホルスティン前伯爵に結構嫌われてたの」
イングリッドは初めて聞く内容にオーロラの手を掴んだ。
「どういうこと?テイラーは?!」
「彼はあまり知らないのよ。私っていつも思ったことが口から飛び出てしまうでしょう?それをお義父様はとても嫌っていたの」
オーロラは学園でも少し騒動を起こした令嬢として社交界では言われていた。
結婚はテイラーが彼女に惚れ込んでプロポーズしたので、全てうまくいっているとばかり思っていた。
「お義父様は私より、隣の領地の大人しくて静かな男爵令嬢を結婚相手にしたかったそうよ。テイラーが婚約を断って私を選んでくれただけなの」
オーロラは、『まあ、仕方ないってわかっているんだけどね』と独り言ちた。
「嫁いでから男児の双子が産まれるまでお義父様は毎日にのように嫌味を言われていたわ。『お前ではテイラーの仕事先の貴族たちに会わせられない。夜会の招待状が減っているのはお前のせいだ』とか、『子供が中々できないのは女として色気の一つもないからだ』とか、『ホルスティン伯爵家が取り立てて貰えない原因は出来損ないの嫁のせいだ』ってね」
「テイラーには言わなかったの?」
「言えなかったわ。だって彼を産んで育てた人たちよ。私が我慢すれば大丈夫だってずっと考えていた。だからできるだけ余計なことを言わないように気をつけたり、学生の時よりずっとマナーは丁寧に心がけてやってきたの」
オーロラの瞳に浮かび上がる水分をイングリッドはハンカチでそっと押さえてあげる。
「双子が生まれたらお義父様ももう離縁は難しいって諦めたみたいで、ちょっと大人しくなられたの。笑っちゃうわね。娘のチェイリーはお義父様のお気に入りなんだから……だけど……だけど自分の人生がずっとこんな風に軽んじられたりするのはもう嫌だってずっと考えていたわ」
「私みたいにレールから外れた時、女は本当に困るわよね。修道院しか選択肢がない人生ってよく考えたらどれだけ狭い世界なのかしら」イングリッドも同意する。
従姉妹は両親にもイングリッドにも打ち明けずに義父の怒りを静かに受け止め続けていた。
子供が生まれたから認められたのも癪だったとオーロラは笑う。
「女のことをみんな便利で少し喋れる雌鶏くらいにお思っているんじゃないの?って考えたこともあるわ。テイラーは良い夫よ。でも自分で自分の舵をとる人生を送りたいって私は思っているの」
オーロラの言葉がイングリッドは骨の髄まで染みる。
ブリジッドに婚約者を取られてから、自分の人生の選択肢の少なさに何度も悔し涙を流したからだ。
「改めてオーロラ、私と一緒に事業をしてくれると決めてくれてありがとう。絶対に失敗しないように頑張るわ」
「私もよ。二人で成功させましょう」
帰りの馬車の中二人の涙声と笑い声が響く。
夕日は爽やかなオレンジ色に二人の頬を染め、その姿は未来を明るく示しているかのようだった。
オーロラとイングリッドは3歳差です。
オーロラは双子の男の子と、妹の三兄妹を出産しています。
今回はオーロラのターンでした。




