職人探し
イングリッドは教会に持っていくためのクッキーをオーロラと二人で朝から準備していた。
教会のバザー活動は貴族が主催で行うものが年に二回。こちらは大々的に宣伝される。
教会内の敷地に屋台のように出店を広げて販売を行うのが常だ。
シスターたちが企画するものより高価な商品を取り扱うので警備員も立っている大掛かりな企画だ。
毎年オーロラはバザーの参加を行っており、いつもは家の料理人たちに頼んで焼き菓子を作ってもらっていたそうだが、今年はスイーツ店の足がかりとして自分たちでクッキーを作ってみようと言う話になった。イングリッドも学生時代以来の参加となる。
オーロラ曰く教会にとってこの日の売り上げはとても重要で、その稼ぎで学校に行ける子と行けない子が決まってしまうくらいなのだと言う。
「私たちがある程度援助してあげることも考えたんだけど、一部の子だけ贔屓するのは難しいの。よほど成績が良ければ不満は上がらないんだけどね。だからバザーで一年の学費をみんなの分稼がなきゃいけないのよ」
クッキーを箱に詰めながらオーロラは肩をすくめる。
高価な品物をバザーに寄付してくれる貴族も勿論いるがその売り上げだけを当てにするわけにはいかず、孤児院の子供達も学費を稼ごうと一生懸命バザーに来てもらうための工夫をしているそうだ。
また、この日がご縁で引き取られる子供も一定数いるそうだが、それは大体六歳までの子供達らしい。
里親も自分の子供として育てるなら、やはり小さいうちに引き取ることを前提としている。現実は決して甘くないのだとイングリッドは改めて考える。
今まではオーロラが一人で準備していた菓子作りも今回は少しだけ余裕の出来たガッシュ家もお手伝いだ。
しかし、僅かでも経費を掛けているからには勿論考えていることがある。
まず、今回販売予定のクッキーはジャムやデコレーションも施した庶民の店より少し上等な品物だ。バターも使い貴族が購入しても良いような高級ラインのクッキーを作り、バザーにしては少し高値で販売すると決めている。
手伝うために貴婦人も多く来るバザーだから平民ばかりを相手にするのではなく、彼らに買ってもらう作戦を立てたのだ。
「今回リボンを沢山提供いただけたのは助かったわね〜」
レイコール夫人が『バザー用に何かで使ってね』、とリボンを沢山送り届けてくれた。
彼女の慈善の好意に二人も甘えてただ販売するだけではなく、少しばかり自分たちの事業のリサーチもやってみようと考えている。
彼女は抜け目のない人なので『そういうことじゃないか?』とイングリッドも考えた。
ゴートンに頼んで窯の使い方もずっと教えてもらっていたので今ではかなり上手に火加減を見ることが出来るようになった。
だが煤だらけのイングリッドを見たら、ホーライゾン伯爵家の両親は腰を抜かすかもしれない。
実際ガッシュ男爵家の義母であるアデレードはイングリッドがパンを焼くために煤だらけなのを見て
『労しい!本当に苦労をかけてごめんなさい!!』と卒倒する勢いで謝ってきた。
まさか『え?気にしないでください!趣味と仕事のためなんです』とは直ぐには言えず宥めるのにかなりの時間を必要とした。
お嬢様育ちのアデレードは最近体を動かすリハビリだと掃除を一緒にしてくれているので厨房に入ることなど気にしないのかと思いきや、そこは貴族。
『どんなに空腹でも厨房に行くなどはしたない』と育てられていた世代からすればイングリッドの姿はかなりの衝撃であったらしい。
ゴートンや侍女たちもアデレードになんて説明すれば良いのやらと困っていた。
「ねえ、ゴートンはガッシュ家に来る他の曜日は『銀の鈴蘭亭』で働いているのでしょう?あそこのお客様に出すお菓子と、このクッキーはどれくらいのレベルの差があるかしら?」
オーロラが料理人のゴートンに気軽に話しかける。
「そうですねぇ、『銀の鈴蘭亭』は老舗ですから貴族の皆様はクッキーはその場では召し上がらないんです。食後はケーキとフルーツを使ったデザートですから。大体の方達は焼き菓子は手土産でしか買いません。ですがこのクッキーの出来栄えは文句のつけようがありませんよ。ジャムの色も綺麗ですし、貴族の方が好まれる装飾は良いと思います」
ゴートンは形が崩れた一つを口に入れて咀嚼する。
「味もかなり良いです。オーロラ様のお持ちになられた紅茶葉が良いアクセントになっている」
満足そうに頷き二人の夫人を励ますと、沢山積み上げられた箱を一人で更に大きな箱に入れて運ぶ準備を始めた。
イングリッドたちはそれらを『よろしくお願いね』と頼むと厨房から部屋へと移っていった。
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メイドが淹れてくれたお茶と先ほどの型崩れクッキーを摘みながらオーロラは事業計画書を広げた。
「イングリッド。このお店のケーキ職人だけど最低でも六人は職人が必要だわ。今から募集を掛けていくとして半年後のオープンに向けて間に合うかしら?どういうふうに考えているの?」
オーロラは職人が思った以上に多く必要なことが不安らしい。確かに伝手のない女二人でどうやって人を集めるのか早くも最初の難関がやってきた。
イングリッドが事業書を作った時から頭を抱えている問題である。
ケーキ職人は男性も女性も平民が選ぶ仕事であるからそれを生業にしている人間は少なくない。しかしその仕事のレベルには大きく差があることも最近わかってきた。
店を開くことを考えていなければ、舞台裏のことなど考えたこともなかったことだ。
庶民のお店でも美味しくセンスの良い職人はいるが、高級な食材を使い慣れている店で修行した者と、貴族の専門店で働き続け飾り付けまで完璧な者。この差はかなり有るなと二人は話していた。
食べ放題のスイーツ店であるから、プレートに細かな装飾までは必要ないかもしれないが、女性が気持ちが昂るくらいにはリッチで美しい見た目は必要だ。
そして貴族じゃない彼らをどうやって探すのかは大きな課題となっている。
「ゴートンが一人は紹介してくれたの。元々地方に住んでいた方で、王都で独立を考えていたホテルのパティシエよ。お店も三軒の経験を積んでいらっしゃる方。四年で資金の目処をつけるそうだから契約をしてくれることになったの。実力のある人だから半年で働きたい人を二人ほど育ててもらうことが出来そうなの」
「え!!すごいじゃない!!」オーロラはうれしい悲鳴をあげた。
「だけどやっぱり新人だけでお店を回すのは無理だから経験者は重要だわ。どこかに経験者で今無職の人いないかしら……」
イングリッドは困ったなあと腕を組む。
思いはあるのだが求人を大きく打つことはまだ早い。今日のように自分たちが厨房に入ることが叶わず、人を使って提供するものだからどうしてもここは乗り越えなければいけない壁だ。
心底困った顔をしたイングリッドを見てオーロラはパンッと頬を両手で叩く。
「ごめん!私ったらすっかりイングリッドに任せていたわね。ヤダヤダ!!だめねぇ。私も探すし、テイラーに聞いてみるわ。皆に紹介を頼めばきっとどこかにいるわよ」
「ありがとう……!ああぁ!!よく考えたら、オーランドも商会で働いていたんだったわ!すっかり忘れていたけれど、オーランドにも聞いてみる!」
そう言うとオーロラが破顔した。
「そうよ!二人で知恵を出し合いましょう!旦那様たちに聞くのは決して悪いことでは無いのだし、自分で見つけれなくても紹介先からいい人が出れば問題はないわ!!職人はお店の要。これだけは絶対にやり遂げなくっちゃ」
「そうよね!ゴートンだけにしか聞いてなかったけれど、メイドや他のみんなに聞けばいいのよ!私たちがじっとしていても交友関係が狭すぎて、これじゃ誰も雇えないわ」
そう言うと二人は吹き出した。
『見つからない』『いい人がいない』と決めつけるのではなく、『誰かいい人知りませんか?』と聞いてまわればいいのにそんな単純なことに気が回らなかったのが急に可笑しくなった。
「ねえ、私今思うと結婚相手を探していた数年間一人でもがき続けていたわ」
そう言うとオーロラがほんの少しだけ悲しい顔をした。
「でもね、キュリア妃殿下に相談してから『仕事』じゃなくて『相手』でお願いしたらすぐにオーランドが現れたの」
「そうね、貴女は本当に幸運な女性よ」
「私その時に思ったの。一人でなんでもしようとしたっていい結果は生まれないって。キュリア妃殿下のお力とロマーノ殿下の思いやりでこの結婚は始まったでしょう?きっと私たちが誠実に人を探していけば素敵な方が現れるって信じているの」
オーロラはその言葉に感動したように頷く。
「そうよ!きっといい職人が見つかるわ。私たちと一緒にお店を盛り立ててくれる素敵な人たち……とにかく家に籠っていても誰にも会えないんだもの。外に出てなるべく多くの方にお声をかけていきましょう」
イングリッドはフンと軽く息を吐く。
「オーランドにも聞いてみるわ。今週中に誰か会えないか聞きましょう!」
そう言ってその日は解散となった。
鼻息も荒く帰っていったオーロラは勢いのままにテイラーにその晩早速相談し、料理人の従姉妹を紹介してもらえることになったとすぐに知らせが来た。
ホルスティンの料理人の従姉妹は『東の豚亭』という庶民向け肉料理屋で働いていたが子供が生まれてから夜に出られなくなり昼間の仕事を探していたらしい。
厨房の経験があり、パンや焼き菓子を焼くのが得意だそうだ。料理長曰く、蜂蜜ケーキは絶品なので保証するとのこと。彼女はシフォンケーキまでなら作ることが可能だと連絡が来た。
今週オーロラの家でシフォンケーキの試作品を作ることになったと聞いた時は思わずガッツポーズをしてしまったほどだ。
あまりの嬉しさにその報告を晩餐の席で話してしまった。
あ、興奮しすぎたかも……と俯きかけたが意外なことに義両親もとても喜んでくれた。
イングリッドは少し前までオーランドに自分のしようとしていることを打ち明けるのが怖かった。
兄のマットでさえ商売をすると言うと眉を顰めたくらいだ。
経済状況がわかっているから手を貸してくれているが、兄も女が仕事をすると言うことに抵抗が多少はあるのだろう。なのにオーランドはそれが一切ない。
「俺は平民で過ごした数年間があるからな。女性は普通に働いて食うために頑張っているもんだ。貴族もいずれそうなると考えている」そう言われイングリッドの肩の荷がスッと降りた。
「オーランド、今まで私も聞けていなかったんだけどあなたの働いていた商会の方で誰か私のお店で働いてくれる知り合いはいらっしゃらないかしら?」
オーランドはフムフムと頷いて切り分けた最後の一切れの肉を頬張った。
「商会時代の商工会議所に聞いてみよう。多分知り合いが何人か飲食店を経営していたが、今辞めている従業員なら教えてくれるだろう。そこからは自分で交渉することになると思うが大丈夫か?」
フォークを置いたオーランドは微笑んだ。
「俺の妻が頑張っているんだから俺も協力させてくれ。いい職人が見つかるといいんだがこればっかりは期待しすぎないでくれ」
「いいんです!ぜひお願いします!」食事が終わったイングリッドは嬉しそうにオーランドの腕に手を添えた。
「旦那様〜本当に嬉しいです!お願いしますね!」
そう言うとオーランドがニヤリと笑ってイングリッドの頬にキスをした。
「妻の頼みは何でも聞いてやりたいものだ。俺の頼みも聞いてくれるかな?」
そう言って今度は優しく唇にキスをした。
「もう!!旦那様ったら」
イングリッドは文句を言いながら真っ赤になって食事の終わったオーランドに寄り添う。
義父と義母はそんな二人を見ながら優しく微笑んだ。
「仲が良くて何よりだ。二人とも、もうここはいいから部屋に戻りなさい」
義両親の言葉に赤面したイングリッドを抱えるようにオーランドは食事のナプキンを執事に手渡した。
「風呂を頼む」
イングリッドは協力的な夫に感動しながら、寝室に向かう彼の手に大人しく引かれるのであった。




